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黒緋色の翽  作者: 瑞ノ星
第三章
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第二十九話:犠牲になる

小さな子供が、自ら犠牲になろうとしている。

その事実がクロアケ達にのしかかる。


「待って下さい、確か、ご主人の日記に…。」

リュクナは日記を読み返す。そしてあるページを見つけ、読み始めた。


「『魔術は使用者の命を代償に、事実を捻じ曲げるようなことさえできてしまう』…魔術を使えば、クエラ様が犠牲になることはないはずです!命を削るなら、削る量を一人に集中させず、僕らで分担すれば、きっと…!」


その言葉を、チェディーは首を振って否定した。

「境界は分からない。でも、魔術の代償は、そんな融通が利くようなものじゃない。魔法みたいに便利だと思ったら間違いだよ。きっと…仕方のないことなんだ。」


「じゃあクエラを犠牲にしろって言うのか!」

声を荒げ立ち上がったのは、クロアケ。


「アケちゃんなら、分かるでしょ。ここで迷ってたら、街が死ぬ。」

チェディーは否定も肯定もせず、ただ短く言った。


「…クソッ。」

吐き捨てながら椅子に座る。日記の内容をまとめたメモを見ながら、眉間にシワを寄せる。


「こんなに調べても、境界のことは誰もわからない…そうだよね、リュクナ。」

アドペロは問う。


「はい…。神話の時代に造られた門…それを開ける鍵が人の形をしていて、今この時代に生きている…異形の存在が言っていたことも、境界の開け方そのものも…謎が多すぎてどうしたらいいか分かりません…。」


「アルケイなら…こんな時、助言してくれただろうか。」

クロアケは天井を見上げ、ぽつりと呟く。


静寂が落ちる。

誰も代替案を思いつかないまま、刻み時計の音だけが店内に響く。


「ねえ、みんなの言ってること、分かるよ。」

静寂を破ったのはクエラ。


「門にして鍵。女神さまが教えてくれたの。門にして鍵っていうのは、あたしっていう鍵が生きてるから門があるっていうこと…。だからね、あたしがやらなきゃいけないの。みんなを向こうに連れて行くために。」


「……貴方は、それでいいのですか。」

リュクナだけが声を発した。


「うん。それに…魔界には、今も苦しんでるひとがいるって、女神さまが言ってた。」

手を後ろに組みながら、クエラは言った。


「ずっと気になってたんだけど…その女神様って、誰なの?」

チェディーは頬杖をつきながら質問する。


「おねえさん達があの村で会った、髪が長くて、目がきれいなひとだよ。」


クロアケは拳を握りしめていた。クエラがここに来てから、左目にずっと違和感があった。クエラを失うことが、どうしようもなく怖かった。この感情が何なのか、クロアケには分からない。


「…なあ、やっぱり、魔術で開けることはできないのか?いくらなんでも、こんな小さい子が鍵だなんて認めたくない。鍵の役目を私に移すとか、どうにか命を分け合うとか!魔術は…事実を曲げられるんだろ!?一番役立たずの私が犠牲になればいい!」


「…ッそれができないから今困ってるんじゃんか!魔法みたいに楽に使えるわけじゃないの!半端な覚悟で魔術は使えない!アルケイみたいに…術者が命をかけて使うものなんだから!」

クロアケの胸ぐらを掴んで、チェディーは叫んだ。


「アケちゃんが犠牲になるのだけは…絶対に嫌なんだ…。」

掴んだ手の力が弱まっていく。チェディーの目から涙が零れ落ちた。


クエラはひとつ深呼吸をした。

小さな胸が上下するだけのはずなのに、その間だけ店の空気が重くなる。


「ねえ、みんな。ありがと。」

笑った。いつもの、鈴のような声だった。けれど、笑みの端が妙に落ち着いていて、年齢にそぐわない。


「境界の開け方を知ってるのはあたしだけ。みんなは何も知らない。そうでしょ?」


その問いに対し、口を開くものは居なかった。


「ね、やっぱり…あたしが鍵なんだから、戻れないのは、あたしだけでいい。」

クエラは、誰の顔も見ないまま言った。そして、店の扉へ歩き出す。


「…クエラ、待て…ッ!」

クロアケが伸ばした手は、空を掴む。


「境界の前で…待ってる。」

その言葉だけを残して、扉が閉まる。

扉の鈴の音が、静かな魔法店に乾いて響いた。


残された四人は、立ち尽くす。


もう、元には戻れない。

誰もがそれを、言葉にしないまま理解していた。

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