第二十八話:答えは近くに
翌日の夕刻、アドペロは三人が集まっている魔法店の扉を開けた。
「…来たよ。」
その声に、クロアケが顔を上げる。
「どうも。境界の様子はどうだった?」
「…ダメそう。魔族が湧いてる。街に被害がないのが幸運かな…。」
アドペロは森で魔族を処理しているアルノーの存在を考えながらも、そのことは口にしなかった。店内の空気が少しだけ重くなる。リュクナは日記を閉じ、チェディーは無言で尻尾を揺らした。
四人が揃っても、店内は静かだった。アルケイがいた頃と同じ場所、同じ時間。けれど、決定的に違う何かが、そこにはあった。
「……鍵の話、進んだ?」
アドペロが尋ねる。
クロアケは一瞬だけ言葉に詰まり、日記の束に視線を落とした。
「…まだ、確信はない。」
「確信、ってことは…大体の目星はついたってことですよね。教えてください。」
リュクナはクロアケを見る。
「かもしれないってだけだ。でも、もし当たっていれば…。」
その先を言いかけて、やめる。代わりに、別の言葉を選んだ。
「門にして鍵…か。」
クロアケが口にした、その時。
…コン、コン。
扉を叩く、控えめな音。
四人は同時に顔を上げた。
「…客?」
リュクナが小さく呟く。
この時間帯に、用もなく魔法店を訪れる者はほとんどいない。リュクナは警戒した。また、あの男、アルノーが来たのかもしれない。
…コン、コン。
もう一度。少しだけためらうような間があった。
「…開けますね。」
リュクナは懐の短剣に手をかけながら、扉を開けた。
扉の外に立っていた存在を見て、全員驚いた。
「よかった、みんないる。」
子供の声。けれど、どこか落ち着いた、年齢にそぐわない声音。
__クエラ。
クロアケの左目が、ずきりと痛んだ。
「……ッ。」
無意識に包帯の上から目元を押さえる。
チェディーはそれを見逃さなかった。
「アケちゃん…!」
アドペロは、背中に冷たいものが走るのを感じていた。
理由は分からない。ただ、胸の奥がざわつく。
クロアケは思った。来てしまった。
まだ言葉にしていなかった可能性が、そこに立っている。
「…あたし、全部聞いたの。」
その一言で、魔法店の空気が、静かに、しかし決定的に変わった。
沈黙を破ったのは、クロアケ。
「なんで、ここに来たんだ。」
「抜け出してきたの。みんなに言いたいこと、あって。」
クエラはそう言って、胸の前で小さく手を握る。
「変なことかもだけどね。あのね…あたし、この時代のひとじゃないの。」
その言葉に、クロアケはハッとする。
時を渡った赤子。人の形をした鍵。
全てが、クエラに繋がった。
リュクナは一拍置き、わざと淡々と返した。
「…貴方は、グレンシック家のお嬢様でしょう。由緒正しい…。」
「そういうの、よくわかんないの。」
クエラは笑った。
けれどその笑顔は、どこか大人びていて、不自然だった。
「でもね、あたし、境界に呼ばれてる気がするの。」
そして、クロアケの元まで歩いていき、手を握る。
「…あたしが鍵だよ、“お母さん”。」
その言葉で、クロアケは突然頭痛に襲われる。訳が分からなかった。ただ、遠い昔の記憶が引っかかって、消えない。思い出せないもどかしさに、クロアケは苦しむ。懐かしさと嫌悪が同時に来る。
「わ、分からない…クエラ、きっと…違う、私は…母じゃない。」
クロアケは息も絶え絶えに言った。
「そうだね、クロアケはお母さんじゃない。あたし、何言ってるんだろうね…。」
クエラはクロアケから離れた。
「ねえ…あたし、やっぱりおかしいんだよね。」
誰も答えられない。
クエラはうつむき、小さく続けた。
「わかるの。魔界にいかなきゃいけないなら、だれかが消えなきゃいけないなら…。」
静かに笑う。そして、強い決意を宿したまま、言葉を続けた。
「あたし、鍵として、役目をはたすよ。」
その言葉が落ちた瞬間、
店の空気が、完全に変わった。




