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黒緋色の翽  作者: 瑞ノ星
第三章
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第二十八話:答えは近くに

翌日の夕刻、アドペロは三人が集まっている魔法店の扉を開けた。


「…来たよ。」


その声に、クロアケが顔を上げる。

「どうも。境界の様子はどうだった?」


「…ダメそう。魔族が湧いてる。街に被害がないのが幸運かな…。」


アドペロは森で魔族を処理しているアルノーの存在を考えながらも、そのことは口にしなかった。店内の空気が少しだけ重くなる。リュクナは日記を閉じ、チェディーは無言で尻尾を揺らした。


四人が揃っても、店内は静かだった。アルケイがいた頃と同じ場所、同じ時間。けれど、決定的に違う何かが、そこにはあった。


「……鍵の話、進んだ?」

アドペロが尋ねる。


クロアケは一瞬だけ言葉に詰まり、日記の束に視線を落とした。

「…まだ、確信はない。」


「確信、ってことは…大体の目星はついたってことですよね。教えてください。」

リュクナはクロアケを見る。


「かもしれないってだけだ。でも、もし当たっていれば…。」

その先を言いかけて、やめる。代わりに、別の言葉を選んだ。


「門にして鍵…か。」


クロアケが口にした、その時。


…コン、コン。


扉を叩く、控えめな音。

四人は同時に顔を上げた。


「…客?」

リュクナが小さく呟く。


この時間帯に、用もなく魔法店を訪れる者はほとんどいない。リュクナは警戒した。また、あの男、アルノーが来たのかもしれない。


…コン、コン。


もう一度。少しだけためらうような間があった。


「…開けますね。」

リュクナは懐の短剣に手をかけながら、扉を開けた。


扉の外に立っていた存在を見て、全員驚いた。


「よかった、みんないる。」


子供の声。けれど、どこか落ち着いた、年齢にそぐわない声音。

__クエラ。


クロアケの左目が、ずきりと痛んだ。

「……ッ。」

無意識に包帯の上から目元を押さえる。


チェディーはそれを見逃さなかった。

「アケちゃん…!」


アドペロは、背中に冷たいものが走るのを感じていた。

理由は分からない。ただ、胸の奥がざわつく。


クロアケは思った。来てしまった。

まだ言葉にしていなかった可能性が、そこに立っている。


「…あたし、全部聞いたの。」


その一言で、魔法店の空気が、静かに、しかし決定的に変わった。

沈黙を破ったのは、クロアケ。


「なんで、ここに来たんだ。」


「抜け出してきたの。みんなに言いたいこと、あって。」

クエラはそう言って、胸の前で小さく手を握る。


「変なことかもだけどね。あのね…あたし、この時代のひとじゃないの。」


その言葉に、クロアケはハッとする。

時を渡った赤子。人の形をした鍵。


全てが、クエラに繋がった。


リュクナは一拍置き、わざと淡々と返した。

「…貴方は、グレンシック家のお嬢様でしょう。由緒正しい…。」


「そういうの、よくわかんないの。」


クエラは笑った。

けれどその笑顔は、どこか大人びていて、不自然だった。


「でもね、あたし、境界に呼ばれてる気がするの。」

そして、クロアケの元まで歩いていき、手を握る。


「…あたしが鍵だよ、“お母さん”。」


その言葉で、クロアケは突然頭痛に襲われる。訳が分からなかった。ただ、遠い昔の記憶が引っかかって、消えない。思い出せないもどかしさに、クロアケは苦しむ。懐かしさと嫌悪が同時に来る。


「わ、分からない…クエラ、きっと…違う、私は…母じゃない。」

クロアケは息も絶え絶えに言った。


「そうだね、クロアケはお母さんじゃない。あたし、何言ってるんだろうね…。」


クエラはクロアケから離れた。


「ねえ…あたし、やっぱりおかしいんだよね。」


誰も答えられない。

クエラはうつむき、小さく続けた。


「わかるの。魔界にいかなきゃいけないなら、だれかが消えなきゃいけないなら…。」

静かに笑う。そして、強い決意を宿したまま、言葉を続けた。


「あたし、鍵として、役目をはたすよ。」


その言葉が落ちた瞬間、

店の空気が、完全に変わった。

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