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黒緋色の翽  作者: 瑞ノ星
第三章
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第二十七話:僅かな距離

クロアケ、チェディー、リュクナ、アドペロの四人は、魔法店に集まり、それぞれが役割を引き受けた。

決まったことは、チェディーとリュクナで日記を読み進め、クロアケがまとめる。アドペロは、進んで境界の様子を観察することを選んだ。


そんな作戦会議をしてから、何週間か経った。


境の森は、昼でも薄暗い。

木々が重なり合い、光を拒むように枝葉を広げている。アドペロは音を殺して進んでいた。


数は多くないが、境界から出てくる魔族はいる。アドペロはそれらが人界に流れ込まないように、ひっそりと始末していた。龍の力を借りる度、拒絶反応で口から血が溢れる。


進んだ先に、境界はあった。


「やっと…ついた…ゲホッ…。」


ガラスのように透き通る門。

触れれば冷たく、覗き込めば向こう側の影が歪んで見える。数日間で、一気に綻びが目立つようになってきているのを、アドペロは観察していた。


「…やっぱり、変だ。こんな急に劣化するなんて。」


アドペロは尻尾を強く抱きしめる。

魔族が流れ込んでくる理由は、ここにある。だが原因は、それだけではない。

境界そのものが、何かを待っているようだった。


その時だった。

(…ッ!…人の、気配…どうして…。)


遠くで、押し殺されたうめき声が聞こえた。

アドペロは息を呑み、咄嗟に木の陰へ身を隠す。


視界の先、境界に近づく人影があった。神父服を纏った男、アルノー。

アドペロはこの男に会ったことがある。


それは暴走していた日だった。魔界から出てきたばかりのアドペロに、容赦なく杭を向けた。アドペロは龍化した硬い鉤爪でアルノーを襲った。長い戦闘の末、落ち着きを取り戻したアドペロは、アルノーに謝罪した。アルノーも満身創痍だったのか、見逃す代わりに情報提供をしろと交換条件を出した。月に一回程しか顔を合わせたことがないため、この男のことをアドペロはよく分かっていない。


それでも、目の前のこの男が危険な人物であることは分かっていた。

境界から飛び出してきた魔族に対し、アルノーは迷いなく杭で魔族の体を貫く。抵抗は一瞬で終わり、血が土に染み込んでいく。次々と魔族は飛び出してくる。アルノーは作業のように、魔族を殺していく。


「……。」


アドペロは唇を噛み締めた。

声を出せば見つかる。動けば、終わる。ただ、目を逸らすこともできず、殺戮を見届けるしかなかった。


やがて、アルノーは息を切らしながら杭を肩に担ぎ、境界を一瞥すると、何事もなかったかのように街の方へ消えていった。


しばらくしてから、アドペロはようやく息を吐いた。


「…アイツも、境界の様子がおかしいことに気づいたのかな…。」


そう呟いてから、もう一度、門を見る。境界は何も語らない。ただ、読めない文字が浮かんでは消えていくだけで、静かにそこにあり続けていた。


___。


同じ頃、街角魔法店。


机の上には、アルケイの遺した日記がいくつも積み上げられていた。

チェディーとリュクナは、向かい合うように座り、ページをめくっている。


「…この記述、錬金術じゃないよね。」

リュクナが眉をひそめる。


「うん。完全に魔術…ほんとに何も知らなかったんだね、アルケイがやっていたこと。」


「ご主人が個人的に研究していたことは、何も…。」


チェディーはため息をつきながら、別のページを指さした。

「ほら、ここ。代償について書いてある。命そのものを、量として扱ってる。」


「……ご主人、本当に…。」

リュクナは言葉を飲み込んだ。


分からない部分が出る度、二人は確認し合う。知識と記憶を繋ぎ合わせながら、アルケイが辿った思考の跡をなぞっていた。


「ていうか、こんな量の日記が本棚から出てくるとは思わなかった、これじゃ鍵が何なのか一生分かんないよ!」

チェディーは立ち上がり、魔法具を弄り始めた。


その少し離れた場所で、クロアケは黙々と日記を整理していた。

境界や門について書かれたものや、鍵について調べられたものを中心とし、その他のものは内容ごとに分ける。書かれている言葉は難しく、全てを理解できる訳ではない。それでも、読めば読むほど、胸の奥に小さな違和感が積もっていった。


「…。」


クロアケは一瞬、手を止める。


『境界の門は__』

『時を超えた赤子__』

『古代人__』


文字を追う度、あの笑顔が脳裏をよぎる。

無邪気で、残酷なほど真っ直ぐな、クエラの存在。


(…まさか、な。)


顔を振り、日記を閉じる。確信にはまだ遠い。

チェディーも、同じ事を考えていた。


静かな魔法店に、紙をめくる音だけが響いていた。

答えはすぐそこまで来ている。


けれど、誰もそれを言葉にする勇気を、まだ持てずにいた。

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