第二十七話:僅かな距離
クロアケ、チェディー、リュクナ、アドペロの四人は、魔法店に集まり、それぞれが役割を引き受けた。
決まったことは、チェディーとリュクナで日記を読み進め、クロアケがまとめる。アドペロは、進んで境界の様子を観察することを選んだ。
そんな作戦会議をしてから、何週間か経った。
境の森は、昼でも薄暗い。
木々が重なり合い、光を拒むように枝葉を広げている。アドペロは音を殺して進んでいた。
数は多くないが、境界から出てくる魔族はいる。アドペロはそれらが人界に流れ込まないように、ひっそりと始末していた。龍の力を借りる度、拒絶反応で口から血が溢れる。
進んだ先に、境界はあった。
「やっと…ついた…ゲホッ…。」
ガラスのように透き通る門。
触れれば冷たく、覗き込めば向こう側の影が歪んで見える。数日間で、一気に綻びが目立つようになってきているのを、アドペロは観察していた。
「…やっぱり、変だ。こんな急に劣化するなんて。」
アドペロは尻尾を強く抱きしめる。
魔族が流れ込んでくる理由は、ここにある。だが原因は、それだけではない。
境界そのものが、何かを待っているようだった。
その時だった。
(…ッ!…人の、気配…どうして…。)
遠くで、押し殺されたうめき声が聞こえた。
アドペロは息を呑み、咄嗟に木の陰へ身を隠す。
視界の先、境界に近づく人影があった。神父服を纏った男、アルノー。
アドペロはこの男に会ったことがある。
それは暴走していた日だった。魔界から出てきたばかりのアドペロに、容赦なく杭を向けた。アドペロは龍化した硬い鉤爪でアルノーを襲った。長い戦闘の末、落ち着きを取り戻したアドペロは、アルノーに謝罪した。アルノーも満身創痍だったのか、見逃す代わりに情報提供をしろと交換条件を出した。月に一回程しか顔を合わせたことがないため、この男のことをアドペロはよく分かっていない。
それでも、目の前のこの男が危険な人物であることは分かっていた。
境界から飛び出してきた魔族に対し、アルノーは迷いなく杭で魔族の体を貫く。抵抗は一瞬で終わり、血が土に染み込んでいく。次々と魔族は飛び出してくる。アルノーは作業のように、魔族を殺していく。
「……。」
アドペロは唇を噛み締めた。
声を出せば見つかる。動けば、終わる。ただ、目を逸らすこともできず、殺戮を見届けるしかなかった。
やがて、アルノーは息を切らしながら杭を肩に担ぎ、境界を一瞥すると、何事もなかったかのように街の方へ消えていった。
しばらくしてから、アドペロはようやく息を吐いた。
「…アイツも、境界の様子がおかしいことに気づいたのかな…。」
そう呟いてから、もう一度、門を見る。境界は何も語らない。ただ、読めない文字が浮かんでは消えていくだけで、静かにそこにあり続けていた。
___。
同じ頃、街角魔法店。
机の上には、アルケイの遺した日記がいくつも積み上げられていた。
チェディーとリュクナは、向かい合うように座り、ページをめくっている。
「…この記述、錬金術じゃないよね。」
リュクナが眉をひそめる。
「うん。完全に魔術…ほんとに何も知らなかったんだね、アルケイがやっていたこと。」
「ご主人が個人的に研究していたことは、何も…。」
チェディーはため息をつきながら、別のページを指さした。
「ほら、ここ。代償について書いてある。命そのものを、量として扱ってる。」
「……ご主人、本当に…。」
リュクナは言葉を飲み込んだ。
分からない部分が出る度、二人は確認し合う。知識と記憶を繋ぎ合わせながら、アルケイが辿った思考の跡をなぞっていた。
「ていうか、こんな量の日記が本棚から出てくるとは思わなかった、これじゃ鍵が何なのか一生分かんないよ!」
チェディーは立ち上がり、魔法具を弄り始めた。
その少し離れた場所で、クロアケは黙々と日記を整理していた。
境界や門について書かれたものや、鍵について調べられたものを中心とし、その他のものは内容ごとに分ける。書かれている言葉は難しく、全てを理解できる訳ではない。それでも、読めば読むほど、胸の奥に小さな違和感が積もっていった。
「…。」
クロアケは一瞬、手を止める。
『境界の門は__』
『時を超えた赤子__』
『古代人__』
文字を追う度、あの笑顔が脳裏をよぎる。
無邪気で、残酷なほど真っ直ぐな、クエラの存在。
(…まさか、な。)
顔を振り、日記を閉じる。確信にはまだ遠い。
チェディーも、同じ事を考えていた。
静かな魔法店に、紙をめくる音だけが響いていた。
答えはすぐそこまで来ている。
けれど、誰もそれを言葉にする勇気を、まだ持てずにいた。




