第二十六話:時渡りの赤子
クエラは養女だった。
今から七年前、赤子が教会の前に捨てられていた。丁度その頃グレンシック家は、なかなか子供を授かることができず、悩んでいた。街の女は誰も妊娠していないというので、この赤子は神からの贈り物だとグレンシック家は判断した。そうして迎え入れられたのが、クエラだった。
クエラが成長し、歩けるようになってからは街の外へ出たがるようになった。
喋り始めるようになってからは、繰り返し同じ言葉を言うようになった。
「あたしには弟がいたの。あたしがいないとだめなの。」
「あたしの住むとこ、ここじゃない!」
グレンシック家の者は全員頭を抱えた。クエラの言うことは頓珍漢で、そのうち誰もクエラの不思議な言葉を聞こうとしなくなった。クエラは内に秘める気持ちを抱えながら、森へ探検に行くことが多かった。最初の頃は一家総出でクエラの捜索が始まることもあったが、クエラは毎回、ケロッとした態度で無事に帰宅していた。
やがて、クエラが何処かへ行っても、誰もクエラを探さなくなっていった。
「どうせ今回もすぐ帰ってくるだろう。」
「神の子なのだから、自由にさせておこう。」
それがグレンシック家の、クエラへの態度だった。
___。
朝、クエラはいつも通り、森へ向かう。白く輝く花の下へ。
ここはクエラが初めて森に来た時、女神と出会った場所だった。
「…ここ、ふしぎ。クロアケやチェディーにも会える。あたしの特別な場所。」
クエラは一人、呟いた。
「あたし、きっと特別なちからがある。そうでしょ?女神さま。」
クエラはいつの間にか後ろに立っていた異形の存在に気づき、問いかけた。
「クエラちゃん、またここに来たの?」
異形は優しい笑みを浮かべながら、クエラの横に座った。
「聞いちゃったの。昨日の夜の話…クロアケ達と女神さま、会ってた。」
「知ってたわ。びっくりしちゃった。夜遅くに出歩くなんて、本当のお母さんが見たらびっくりするよ。」
「…あたし、捨てられてたんだって。きっと愛されてないんだ。」
「そんなことないわ。貴方のお母さんは、貴方を救うために自分を犠牲にしたのよ。」
異形は真剣な表情でクエラに訴えかけた。
「なんで女神さまはそう思うの?」
クエラは異形の顔を見つめて問いかける。
「……貴方のお母さんと、友達…だったから。もう五千年前の話よ。」
「…?よく分かんない。あたしって、むかしのひとなの?」
「そうね。貴方には酷な運命を背負わせてしまった。あの時私に覚悟があれば、きっとこの状況が起きることもなかったでしょうね…。」
クエラは目を丸くして首を傾げる。
「むずかしい話!分かんないけど、女神さまのせいじゃないと思うよ。」
それを聞いた異形は、クエラを抱きしめた。目から雫が溢れる。
「…ごめん、ごめんね!貴方に、鍵の役目なんて背負わせて…ッ!」
クエラはそっと抱き返す。
「いいよ。女神さまはきっと間違ってないと思う。だって、優しいもん。だから、クエラがしなきゃいけないこと、教えてほしいの。ずっと聞いてるのに、教えてくれないんだもん。」
異形はクエラの肩を持って、目を見る。
「そろそろ教えなきゃいけないわね。貴方は___。」
異形が語った役目を聞き、クエラは頷いた。そして微笑む。
「それがあたしのやるべきことなら、いいよ。
…だって、あたしにしかできないことなんでしょ?」
二人は朝日に照らされながら、手を繋いだ。
「…帰ろっか、クエラちゃん。」
「うん!」
クエラは異形と共に森を抜ける。
街にたどり着く頃には、いつの間にか異形の姿は消えていた。
それはいつものこと。
違ったのは、クロアケとチェディーがあの場所に訪れた時だけ。
「…次に二人に会えたら、あたしの役目を伝えなきゃ。」
クエラは家に向かって歩き出した。




