第二十二話:異変
アルケイの死後から、半年。
夏の暑さが過ぎ、季節は秋になろうとしていた。
「今年も暑かったな…。」
クロアケは食べ終えた夕食の皿を片付けながら、呟いた。
「そうだねぇ…。」
チェディーは考え事をしながら、天井を見つめていた。
不意に、扉を叩く音が聞こえた。
「クエラか?」
「いや、多分違うと思うよ。」
そんな会話をしながら、二人は扉の近くまで歩いた。
扉を開くと、そこにはアドペロが立っていた。
「やあ。緊急なんだけど。」
アドペロは尻尾を揺らし、言葉を続ける。
「…ちょっと、伝えたほうがいいかもしれないことが起きた。特に母さ…チェディーにとっては、大事なことだと思うから。」
アドペロはクロアケとチェディーを交互に見ながら話した。
「大事なこと…それって?」
チェディーは顔をしかめる。
「最近、境界の様子がおかしい。魔界から魔族が流れ込んできてる。」
「…理由は分かる?」
問われたアドペロは、恐怖で震える体を抑え込むようにして、下を向きながら語った。
「……ボクの予想だと、ハースティアっていう組織のせいだと思う。あいつらの中に、ボクをこんな姿にした研究者もいるし、リーダーは正気じゃないって噂がある…。境界の綻びが目立ってきた今、逃げ出すには絶好のチャンスだと思うんだ…。」
それを聞いたクロアケは、突然左目に激痛が走る。
「は、ハースティア…聞いたことがあるような…。」
チェディーはふらついたクロアケを支えながら、唇を噛み締めていた。
「…チェディー、そろそろ、戻らなきゃいけないかもしれない。」
クロアケは痛む左目に苦しみながらも、チェディーに問う。
「戻るって…魔界に行く方法は…あるのか?」
「ない。きっと、境界には何かしらの問題があって、たまに開くんだと思う。危険だから…クロアケは、ここで待ってて。」
チェディーの突き放したような言葉に、クロアケは怒りの表情を浮かべる。
「ふざけるな…お前がいない生活なんて考えられない。私も行く。」
チェディーが目を見開く。
「…クロアケ、冗談じゃ__」
「冗談じゃない。」
クロアケは、左目を包帯越しに撫でながら言った。
「何か、思い出したんだ。少しだけ。確信があるわけじゃない、でも…どうしても、否定できない違和感なんだ。」
チェディーの瞳が揺れる。クロアケは言葉を続けた。
「両親の行方も、何も分からないままだ。でも、境界の向こうにいけば…はっきりするんじゃないかって…。それに、ずっと思ってたんだ。“私の記憶はここじゃない”って。おかしいだろ、人界の思い出が何一つないなんて。」
クロアケはまっすぐにチェディーを見る。
「どんな手段を使っても、私は行く。私も行かなきゃいけないんだ。」
アドペロは尻尾を揺らしながら、チェディーを見た。
「どうするの?チェディー。」
沈黙が、三人の間に落ちた。
やがて、チェディーは力なく笑った。
「…頑固だなぁ、ほんと。いいよ、一緒に行こう。アケちゃん。」
チェディーはアドペロの方を向き、アドペロにも笑って言った。
「君も、その様子だとアルケイの薬を飲んでないでしょ。どうして?」
アドペロは拳を握りながら答えた。
「それは…まだ戻る覚悟がないんだ。兄さんが死んだのだって、まだ受け入れてないし。それに…。」
一呼吸置いて、言葉を続ける。
「…薬を飲むのは、全てが終わってからにしたいんだ。ボクも魔界に行くよ、ボクをこんな目にした奴らをぶっ飛ばしたい。連れてってよ。」
チェディーはクロアケとアドペロを抱きしめながら、言った。
「二人とも、大好き…。」
そして、一歩後ろに下がると、窓の外の街角を見た。
「…でもまずは、境界を開く“鍵”を探さなくちゃね。多分、アルケイが何か残してくれてる筈。リュクナに頼ってみようか。」
アドペロはそれを聞いてハッとする。
「ぼ、ボクもあそこに行くの…?」
チェディーの袖を掴む。それでも、チェディーは依然として視線を変えずに言った。
「アドペロ、外に出るってことは、そういうことだよ。大丈夫。怖くない。」
「…分かった。」
クロアケは外に向かって歩き出した。数歩歩いたところで、振り返った。
「それじゃ、リュクナにも協力してもらうか。仲間は多いほうがいい!」
微笑み。それは、記憶を失っているクロアケだからできること。魔界を知っている者からすれば、魔界に行くことがどれほど怖いことなのか、容易に分かる。
目的は魔界に向かい、異常の原因を探ること。
クロアケが森で目覚めてから、一年と半年経った頃の出来事だった。




