第二十一話:歯車
後日。アルケイの葬儀は、驚くほど静かだった。
ただ、木箱が教会の横にある墓地の土に下ろされ、神父であるアルノーは形だけ短く祈る。葬儀に参加しているのは、事情を知って駆けつけたグレンシック家の者達と、託された耳飾りをつけたリュクナ、そして後はクロアケだけ。チェディーは人に見つからない木陰で、葬儀を眺めていた。
街は、何事もなかったように、その日を続けていた。
それほど、街角の錬金術師というのは、人々の記憶に残らなかった。
葬儀が終わった後も、リュクナは最後まで動かなかった。耳飾りの宝石を触り、アルケイの安らかな顔を思い出すと、涙が溢れて止まらない。
アルノーは、絶望しているリュクナの元に行き、声を掛ける。
「神は何も見ていない。ここで行われた葬儀も、俺が見届けるだけだ。前を向け、少年。」
それはアルノーなりの励ましだった。
「神父が神を信じていないって、おかしいですよ…。」
リュクナは袖で涙を拭いながら、嗚咽混じりに言う。
「俺はとっくの昔から、神なんざこの世にいないと思ってるよ。」
アルノーはそう言い残して、教会の中へ入っていった。
…。
日々は残酷に過ぎていく。
それでも、クロアケとチェディーの生活は、徐々に普通の日常へと戻っていった。それは、リュクナが優秀で、店の再開が手間取ることなく進んだからだった。必要なものは魔法店で全て手に入る。アルケイが居なくなっても、世界は変わらない。
「ねえアケちゃん、アルケイがいなくなってから、もうすぐ一ヶ月だね。」
「そうだな。」
チェディーは空になった牛乳の瓶を転がして、暇そうに呟く。クロアケは、何となく魔法店で購入した一冊の本を読んでいた。リュクナの説明によると、著者は不明。魔界から出てきた本だということだけが分かっていた。
「その本、面白いの?」
チェディーが尻尾を揺らしながら質問する。
「…いや、ただの歴史書だ。奴隷制度とかが書いてあった。読むと頭が痛くなってくる。」
クロアケは本を閉じ、机の上に置いた。
___。
「主様ぁ、今日もたーっくさん魔族を捕らえてきましたよぉ。美味しく召し上がってくださぁい。」
狂気の笑みを浮かべた修道服の女は、魔族の四肢を大剣で切り落とし、それらをまとめて紐で繋いで引き摺っている。主様と呼ばれた少年は、廃城の玉座の上で、無邪気に声を発した。
「やったじゃん、さすがハースティアで一番優秀な聖女、エデフィ!あんたが居ないと僕腹ペコになっちゃう!」
境界の向こう側、魔界。
魔界の空は、昼でも夜でもなかった。
赤黒い雲がゆっくりと流れ、時折、空の奥で巨大な影が飛んでいる。魔族は聖女に怯え、建物の影に隠れている。人界に逃げ出す者もいれば、ハースティアという組織に命乞いをして、仲間を売る者もいる。魔界は主様と呼ばれる少年の手によって、完全に支配下に置かれていた。
そんな絶望の世界の中、主に臆さず、ただ人生に絶望している者がいた。
「…嫌な世の中になったなァ。」
人魚の末裔、メロウ。
この男は、主の命令を程々にこなし、機嫌を取りながら、賢く立ち回っていた。しかしその目に光はなく、とっくに生きる意味を失っているようだった。
「…魔王サマよぉ、いつ帰ってくるんだ…待ちくたびれちまったよ…。」
メロウは手袋を両手に身につけると、魔法で生み出した槍を持って、まだ子供の魔族に手をかける。
その槍は無慈悲に子供を貫いた。
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魔界に住む者がどれだけ悲鳴を上げようと、人界には届かない。
それぞれの日常は、軋みながらも、まだ続いている。
世界の歯車が、回り始める。




