第十八話:いつも側で
まだ寒さが残る夜中、チェディーは小瓶を握りながら、森の奥にある質素な小屋へ向かう。それはアドペロが住む小屋で、クロアケに気づかれぬよう頻繁に通っている場所だった。
小屋の中からうめき声と、咳き込む声が微かに聞こえた。
「アドペロ〜、来たよ!」
チェディーは焦る様子もなく、いつもの調子で声を掛ける。
気怠そうに扉を開けたアドペロは、手に鱗を生やし、口元を血で汚したままチェディーに返事をした。
「ああ…母さん…いつもありがと。」
「母さんなんてやめてよ…ただ気まぐれに育てただけだし。」
そう言って、チェディーは複雑な表情を浮かべた。
「それより口元、血で汚れてるよ。また血を吐いたの?ほら、早くこれ飲んじゃいな。」
チェディーは小瓶をアドペロに渡し、アドペロはそれを受け取った。青色の液体が揺れる。それは、アルケイがアドペロの為に作っている、“龍化を抑える薬”だ。材料に龍の血が必要なため、頻繁には作れないものだった。それでもアルケイは、無理をしてでも定期的に作っていた。
アドペロは小瓶の中の液体を飲むと、手の鱗が消え始め、顔色も良くなっていった。深く深呼吸をして、体が楽になったのを実感すると、アドペロはチェディーに疑問を投げた。
「…気づいたんだけどさ…兄さん、錬金術じゃなくて魔術で薬作ってるよね。魔術のことはよくわかんないけどさ。」
それを聞いてチェディーは、そっぽを向きながら返事をする。それは、チェディーが“別の代償”を知っているからだ。
「今更気付いたの?アルケイはずっと…。」
その先を言いかけて、チェディーは躊躇った。
「…いい加減素直になって、魔法店に顔出せばいいのに。」
代わりに出たのは、お節介な言葉。
「行けるわけ無いだろ、あの人間がいるんだぞ!」
アドペロは声を荒げる。
「…近い内に、後悔することになるよ。」
「いい。ボクらはもう、一生分かりあえないから。」
不機嫌になったアドペロは扉を締め、チェディーは一人、取り残された。
「チェディーは忠告したからね。」
___。
同時刻。
森の最奥、境の森と呼ばれる場所に、“それ”はあった。
ガラスのように透き通る境界。その側で、アルノーは長い杭を持って佇んでいた。杭の先には、魔族の血が滴っている。アルノーを囲むように、穴が空いた魔族の死体が、無惨に転がっていた。
「あの子が魔界に行ってから、もう十年は経ったか…。」
アルノーは表向きは神父として振る舞っていたが、時折こうして、境界から這い出てきた魔族を殺して回っていた。運悪く見つかった魔族は、ほとんどアルノーに殺されている。故に、境界が壊れかけていても、街まで魔族の手が伸びることはなかった。
(…前会ったアドペロってやつ、面白かったな。アイツのお陰でアルケイの正体が分かった。でも…。)
ふと、アルノーは境界に触れる。淡く光る境界は、何の反応も示さない。アルノーは昔を思い出して、無意識に涙がこぼれる。
「なぁ、神様…なんで俺は、この先に行けねぇんだ…今すぐあの子を連れ戻したいのに…どうして…。」
アルノーは境界に阻まれて通れない。それは運命か、偶然か、人を選んでいるのか分からない。ただ、現状、魔族だけが人界に来ることだけが、アルノーには許せなかった。
「…そろそろ帰るか、明日お嬢と遊ぶための体力は残しておかなきゃ…。」
杭を担いで、歩き始める。
その姿は、誰かに追いつこうとしているようだった。




