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黒緋色の翽  作者: 瑞ノ星
第二章
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第十八話:いつも側で

まだ寒さが残る夜中、チェディーは小瓶を握りながら、森の奥にある質素な小屋へ向かう。それはアドペロが住む小屋で、クロアケに気づかれぬよう頻繁に通っている場所だった。


小屋の中からうめき声と、咳き込む声が微かに聞こえた。


「アドペロ〜、来たよ!」

チェディーは焦る様子もなく、いつもの調子で声を掛ける。


気怠そうに扉を開けたアドペロは、手に鱗を生やし、口元を血で汚したままチェディーに返事をした。


「ああ…母さん…いつもありがと。」


「母さんなんてやめてよ…ただ気まぐれに育てただけだし。」

そう言って、チェディーは複雑な表情を浮かべた。


「それより口元、血で汚れてるよ。また血を吐いたの?ほら、早くこれ飲んじゃいな。」


チェディーは小瓶をアドペロに渡し、アドペロはそれを受け取った。青色の液体が揺れる。それは、アルケイがアドペロの為に作っている、“龍化を抑える薬”だ。材料に龍の血が必要なため、頻繁には作れないものだった。それでもアルケイは、無理をしてでも定期的に作っていた。


アドペロは小瓶の中の液体を飲むと、手の鱗が消え始め、顔色も良くなっていった。深く深呼吸をして、体が楽になったのを実感すると、アドペロはチェディーに疑問を投げた。


「…気づいたんだけどさ…兄さん、錬金術じゃなくて魔術で薬作ってるよね。魔術のことはよくわかんないけどさ。」


それを聞いてチェディーは、そっぽを向きながら返事をする。それは、チェディーが“別の代償”を知っているからだ。


「今更気付いたの?アルケイはずっと…。」

その先を言いかけて、チェディーは躊躇った。


「…いい加減素直になって、魔法店に顔出せばいいのに。」

代わりに出たのは、お節介な言葉。


「行けるわけ無いだろ、あの人間がいるんだぞ!」

アドペロは声を荒げる。


「…近い内に、後悔することになるよ。」


「いい。ボクらはもう、一生分かりあえないから。」


不機嫌になったアドペロは扉を締め、チェディーは一人、取り残された。

「チェディーは忠告したからね。」


___。


同時刻。

森の最奥、境の森と呼ばれる場所に、“それ”はあった。


ガラスのように透き通る境界。その側で、アルノーは長い杭を持って佇んでいた。杭の先には、魔族の血が滴っている。アルノーを囲むように、穴が空いた魔族の死体が、無惨に転がっていた。


「あの子が魔界に行ってから、もう十年は経ったか…。」


アルノーは表向きは神父として振る舞っていたが、時折こうして、境界から這い出てきた魔族を殺して回っていた。運悪く見つかった魔族は、ほとんどアルノーに殺されている。故に、境界が壊れかけていても、街まで魔族の手が伸びることはなかった。


(…前会ったアドペロってやつ、面白かったな。アイツのお陰でアルケイの正体が分かった。でも…。)


ふと、アルノーは境界に触れる。淡く光る境界は、何の反応も示さない。アルノーは昔を思い出して、無意識に涙がこぼれる。


「なぁ、神様…なんで俺は、この先に行けねぇんだ…今すぐあの子を連れ戻したいのに…どうして…。」


アルノーは境界に阻まれて通れない。それは運命か、偶然か、人を選んでいるのか分からない。ただ、現状、魔族だけが人界に来ることだけが、アルノーには許せなかった。


「…そろそろ帰るか、明日お嬢と遊ぶための体力は残しておかなきゃ…。」


杭を担いで、歩き始める。

その姿は、誰かに追いつこうとしているようだった。

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