第十六話:年明けの合図
帰路は雪が深く、足がもつれて転びそうになった。頭の奥に、冷たい霧が張り付いたような感覚を抱えたまま、クロアケは家に帰る。
寝室へ向かうと、チェディーが布団を開けてくれていた。
「…まーたどっか行ってたでしょ。ほら、入っちゃいな。」
「……ありがとう。」
最低限のやり取り。
二人はそれ以上言葉を交わさず、身を寄せ合って、眠りにつく。
…。
雪が降り積もる、ある日の深夜。
クロアケはチェディーに連れられ、魔法店へ向かっていた。
「なぁ、こんな夜遅くに連れ出して何なんだ、アルケイに悪いだろ。」
チェディーは明るく光る灯し石を片手で握り、辺りを照らしながら言う。
「年明けが来るんだよ、アルケイに教えてもらったの、忘れたの?」
クロアケは明かりを頼りに、慎重に足を運びながら進む。
「そういえばこの間焚き葉を買った時、そんなこと言ってたなぁ…今日だったか?」
チェディーはたどり着いた魔法店の前で、クロアケの方を向いた。
「今日の夜、十二の刻ピッタリに、面白いことが起こるって!人間のそういう行事は、参加するのが楽しいんだから!」
扉が開く。
「…あ、ご主人、来ましたよ。」
出迎えたのはリュクナ。
アルケイはいつも通り、勘定台の机に魔導書を広げていた。遠くからひらひらとクロアケ達に手を振って挨拶する。
クロアケとチェディーは、リュクナが入れてくれた紅茶を啜りながら、今年の思い出を振り返る。
「…で、クロアケってばその時、チェディーが洗ってあげた服を転んで落として〜…。」
「そんなどうでもいい話、しなくていいだろ!」
こうして振り返れば、クロアケ達の生活はありふれたものだった。クロアケが目覚めた日は春。暖かくなれば、チェディーと出会ってから一年が経つ頃になるだろう。
あっという間だったと、チェディーは語る。
「ケホ…僕も、よく実験でリュクナを巻き込んで、一緒に髪がチリチリになっちゃったことがあるんだ。」
「本当、散々な一年でした。おまけにご主人の風邪は一向に治らないし、心配です。」
アルケイ達の生活は、変わったものだった。実験や錬金術の勉強、薬草や魔法具、魔法薬の研究など、クロアケには想像がつかないような生活をしていた。特にアルケイは、リュクナに錬金術を教えることが多いらしい事が分かった。
話をしているうちに、時間は過ぎていった。アルケイが店内の刻み時計を見て、クロアケに言った。
「もうすぐ十二刻になる。窓の外を見てご覧。」
そして、窓の近くまで歩いた。
クロアケも窓の近くまで歩き、外を見たが、明かり一つない街が広がるだけだった。が、刻み時計の針が動いた瞬間__街の奥から鐘の音が響いた。街の家に飾られている小さな石が、一つ、また一つと光りだす。
人々が家から出て、石を硬い物で叩いて発光させている。
夜の街が、淡く光っていった。
「うわぁ、綺麗だね!アケちゃん!」
チェディーは跳ねながら窓の外を見る。
「本当、綺麗ですよね。」
リュクナも、窓から少し離れた位置で、外を見ていた。
「あれって、灯し石じゃないか?魔力がないと光らないっていう…。」
クロアケがアルケイに尋ねると、アルケイは首を振った。
「あれは巡灯の石。灯し石と違って、魔力は必要ない。」
「じゃあどうして光ってるんだ?」
クロアケは疑問をアルケイにぶつける。
「そうだね…強い衝撃を与えると、一度だけ淡く光るのさ。この街で最近できた、年明けの合図だよ。」
その会話に、チェディーが割って入る。
「面白いね!そんな石、誰が提供してるんだろ!」
アルケイは微笑みながら答える。
「僕さ。グレンシック家の人が、この日のために街の人の分をまとめて買っていくんだ。で、教会の神父が石を配る。神父は変わった人だけど、街のことをちゃんと見てる。いい人だろう?」
クロアケは街の灯りが消えていくのを眺めながら、淋しげに口を開いた。
「……思ったより、短い間しか光らないんだな。」
「一般人でも使えるものだからね。利便性はない。ただの風習のために存在しているようなものさ…ケホ。」
アルケイは咳をしながら答える。そして、窓から目を離し、二階へと続く階段へ歩を進めながら言葉を続ける。
「もう遅いから、早く帰りなさい。」
「分かってるよ。」
チェディーはもう暗くなった街を窓越しに眺めながら、返事をした。
そうして、年明けの合図を見終わった頃、クロアケとチェディーは帰路につく。
クロアケを見送ったリュクナは、戸締まりをしながら深く息を吐いた。
「ご主人、今日は早く寝てくれるといいなぁ…。」
その言葉がアルケイに届くことはなく、アルケイは自室で魔導書を読んでいた。




