第十話:束の間
翌朝。クロアケはチェディーが用意していた水桶を使って顔を洗い、包帯を巻いて居間に向かう。椅子に座って窓の外を見ていたチェディーは、クロアケに気づいて申し訳なさそうな顔をする。
「あ…あの、夜のこと、ごめんね…。」
チェディーが謝ると、クロアケは欠伸をして答える。
「ふぁ…生きるために必要な栄養なんだろ?人間が牛や豚を食うのと同じだ。」
「でもぉ…。」
「もう終わった話だ。さぁ朝ごはん作るぞ。チェディーも食うか?」
チェディーの心配を他所に、クロアケはいつもと変わらない様子で話す。チェディーは諦めて、いつもの調子に戻った。
「…牛乳もセットじゃないと、嫌だからね!」
クロアケは頷く。そうして朝食を食べている途中、ふと、夜に出会った不思議な少女のことが気になりだした。事の顛末を話し始める。チェディーはパンを口に詰め込みながら聞いていた。
「…で、お前を探してたときに、デカい尻尾と画材を持った女の子を見つけたんだよ。」
一連の話を聞いたチェディーは、牛乳を飲み干し、口元を拭いながら答えた。
「そいつ、アドペロっていう子だね。趣味で絵を描いてる、アルケイの妹だよ。」
クロアケは驚き、机を叩いて勢いよく立ち上がった。
「は!?アルケイって妹居たのか…にしたってなんで森の奥なんかに…獣人の要素も薄かったぞ…。」
「…ワケアリなのさ、あの兄妹は。アルケイにはアドペロに会ったこと内緒にしなね。」
チェディーは窓の外を見て、少し悲しい顔をしていた。
二人の歪な日常は続く。
…。
数日後、街角魔法店にて。
チェディーの元気な声が聞こえる。
「アルケイ!遊びに来たよ〜!」
「…ケホ、遊びに来るのは良いけど、商品を傷つけないでね。」
アルケイは勘定台の机に魔導書を広げ、軽く咳をしながら答える。
「大丈夫か?顔色が悪いが、風邪か?」
クロアケはアルケイを心配して、声を掛ける。
「それ、今朝もリュクナに言われたよ…まぁ、徹夜が響いて体調を崩したって所かな?」
アルケイは苦笑いをしながら答える。
クロアケが店をうろついていると、リュクナが店の奥から現れた。
「また貴方達ですか。最近、ご主人の調子が悪いので、あまり無理をさせないでくださいね。特に、チェディーさん!貴方はご主人を困らせすぎです!」
「え〜、昔馴染みだからいいでしょ〜?」
チェディーは買うわけでもない商品を手に取りながら答える。
「良くないです!僕の苦労も知らずに…はぁ…。」
そう言いながらも、リュクナは客人であるクロアケとチェディーに紅茶を入れた。
「この紅茶、本当に美味いな。」
クロアケは紅茶を飲みながら言う。
「お茶出しも料理も、僕しかしませんからね。美味しくて当然です。」
リュクナは当然といった表情で自分の胸を叩く。
「うん、いつかリュクナが独り立ちするようになったら、茶屋か酒場の料理担当でもいいかもね。無理に僕の店を継がなくてもいいさ。」
アルケイは魔導書のページをめくりながら言った。
「そんな!ご主人、僕に錬金術教えてくれてるのに、今更離れるなんてできませんよ!」
リュクナはアルケイの方に振り向き、複雑な表情をする。
「…冗談だよ。そのくらい君の料理が美味しいってことさ。」
紅茶を飲みほしたチェディーは、アルケイに愚痴をこぼす。
「そんなことより聞いてよアルケイ、クロアケってば、何回も一人で出歩くんだよ〜。危険だと思わない?」
「ちょ、そんなことアルケイに言わなくても…それは両親を探そうと思って…昼間ならいいかと…。」
「夜の時もあるじゃん、チェディー知ってるんだからね!」
「お前だって出歩くじゃないか!」
談笑が聞こえる。アルケイは微笑み、リュクナは少し不機嫌になる。
街角魔法店は、静かな雰囲気を纏いながらも、賑やかだった。
その賑やかさの裏で、アルケイは小さく咳を噛み殺していた。




