第九話:肉食の魔族
何度か日が昇り、落ちた。夏が来る。
クロアケとチェディーは、共に魔法店へ行くことが増え、夜間の明かり用にと灯し石を購入したり、日用品を買い足すこともあった。支払いはいつもチェディーだった。クロアケが金銭はどこで調達しているのかとチェディーに聞くと、内緒、とはぐらかされた。
…。
ある夜、クロアケは悪夢にうなされ目が覚める。ヒヤリとした汗が噴き出し、息苦しい気持ちで目覚めたクロアケは、家にいることに安堵し、胸を撫で下ろす。
ふと、横を見る。チェディーがいない。クロアケはこれまで、深夜に目が覚めた時に、時々チェディーがいなくなっていることを疑問に思っていた。
「…アイツ、いつもどこに行ってんだよ。」
チェディーを探そうとして、扉を開ける。
夜の森は闇に包まれ、月明かりだけが唯一道を照らしてくれる。クロアケは、初めてチェディーと出会ったときのことを思い出していた。両親を探そうとして、結局恐怖で外に出られなかったこと。床の硬さに慣れていた気がしたこと。今は、布団の心地よさを知っている。
チェディーが居てくれることが、クロアケにとって心の支えとなっていた。
「探すか。」
クロアケは一人呟き、風が吹く夜の森に、足を踏み入れた。小枝を踏む音、土を踏む感触。クロアケはチェディーの名前を呼びながら、ただ歩く。
しかし、森の奥まで足を踏み入れても、チェディーは見つからなかった。
「こんな暗い中で、見つかるはずがないよな…。」
帰路につこうとした、その瞬間。
木々の奥から、カサ…と音が聞こえた。
クロアケが音のする方へ忍び歩くと、小さな影を見つけた。
月明かりに照らされ、姿が見える。
小さな影は少女の姿をしていた。体に対して少し大きい上着を羽織り、腕に画材一式を抱え込むようにして立っていた。まだ幼い顔立ちをしているのに、雰囲気は落ち着いていて、大人びていた。
目を引くのは、太く、長い青色の尻尾。
「おい、お前__」
クロアケが声をかけようとした瞬間、少女と目が合った。少女はクロアケを認識した途端、姿を隠すように走り出す。
「うわ、速っ…!」
慌てて追うが、すぐに見失った。追いかけた先には、ぽつりと建つ質素な小屋があった。近くには川。生活するには最低限の場所だった。
「誰だったんだろう…あの子…結局チェディーも見つからなかったし、帰るか。」
クロアケはそれ以上近づくことはしなかった。そのまま森を引き返し、帰路につく。近くに川があったおかげで、川を辿って家に辿り着くことができた。
…。
クロアケが家に戻ると、台所から水の流れる音が聞こえた。
「チェディーか?」
台所に転がる灯し石が、怪しげに光る。
チェディーは水桶の中に手を入れ、必死に手を洗っていた。流し口に、薄く赤い水が広がる。クロアケの足音に気づいたチェディーが、ビクリと肩を震わせた。
「…クロアケ?ど、どうしたの?出かけてたの…?夜の森は危ないから、寝てなきゃ…駄目だよ?」
いつもの明るい声とは違う。
調子を取り繕っているのが分かる。ひどく弱い声だった。
クロアケは黙って、チェディーの口元を見た。
血が、頬から流れて、流し口に落ちる。
「…人を、食ったのか?」
クロアケの短い言葉に、チェディーは一瞬息を止めたように見えた。
「…ごめん、怒るよね…でも、言えなくて…でもチェディーは、どうしても…人を食べなきゃいけない種族で…チェディーは…その…。」
どんどん小さくなる声。
チェディーは言い訳にもならない言葉を並べながら、目を伏せた。
「隠すつもりはなかった…ほんとに…クロアケが怖がると思って…嫌われると思って…。」
怯えと後悔がチェディーを襲う。声が震えていた。
しばらく沈黙が落ちる。
クロアケはただじっとチェディーの顔を見つめていたが、
やがて、ふっと肩の力を抜いた。
「…怪我してねぇなら、別にいい。」
チェディーは目を見開いた。
「え…?」
クロアケははにかみながら、言葉を続ける。
「喧嘩したとか、襲われたとか、そういうのじゃないんだろ?ならいいよ、お前が無事なら。」
「いや、その…怒らないの?」
チェディーは拍子抜けして、目をぱちくりさせる。
「怒る理由がない。」
クロアケは淡々と言い放つ。
「…怖くないの?」
「なんで怖がる必要があるんだ?お前、私を襲う気なんてないだろ。」
「それは…もちろん…。」
「じゃあ、問題ねぇよ。」
そのままクロアケは、寝室の方へ歩く。
「早く寝るぞ。まだ夜中だ。」
チェディーは呆然とし、その場に立ち尽くした。
台所の灯りが、チェディーの手を照らす。その手はまだ血に濡れていた。
水が落ちる音だけが、微かに響いていた。




