3 創麗グループ
「喉痛めるよ? 〝お姉ちゃん〟たち。お酒たくさん飲んだあとなんだから」
タイペイがいたずらっぽくそう言った。多分この状況を楽しみ始めてやがる。
「翔、言霊ってあるんだね。ルテニアの言った通りになったし」
対照的に、ルテニアはやや首をかしげていた。
「ふふ、可愛いじゃん。ルーシ〝お姉ちゃん〟は。翔お姉ちゃんもだけど」
ふたりは意気消沈し、黙り込んで俯いていた。力なく手鏡を手放し、そのまま倒れるように寝転び始めた。
「なぁ、オマエら。おれはあした、代表取締役社長として会議に出なきゃならねぇんだ」
「そうか。おれはあさって、創麗グループのお偉方のSPだ」
「公正は……あぁ、アイツなら治安維持組織〝ピースキーパー〟最精鋭部隊の隊長だったな。近けぇうちに、仕事するだろうさ」
「そりゃ、そうだろ。おれらもう、27歳だぞ」
「オマエらとは10年くれぇの付き合いになるが、女になった姿はさすがに初めて見たぜ」
タイペイが面白がりながら言う。
「仕事なんて、どうするつもりなのさ。その格好で」
ルーシと鈴木は、気だるげに長くなった髪の毛をかきあげる。残念なこと(笑)だが、その仕草ひとつとっても絵画のように様になっていた。
「もう知るか。上級副社長のオマエが出りゃ良いだろ、タイペイ」
ルテニアがやや不安げに鈴木へ尋ねる。
「翔、その姿でSPはできないよね? 〝能力〟だって劣化してるかもだし」
「あー……。そうだな。おれの〝アトミカ・デストロイヤー〟も使い物にならねぇか」
ルーシは喉が砂漠のように乾いているのにも関わらず、口を開く。
「おれだって〝エターナル・プログラム〟が、どこまで通じるか分からねぇよ」
「あーあ。なんでこうなったんだ? ルテニア、AI使って調べてくれ」
「多分AIでも分かんないと思うけど」
ルテニアが至極当然なツッコミを入れたところで、階段のほうから音が聴こえた。柴田と萌葉が登ってきたのだ。
「ルーシ、翔。やっぱりオマエらも……」
顔面蒼白になっている柴田公正と、それにつられて顔に生気のない萌葉。
「美人だぜ、公正」
「だな。思わず溜め息が出ちまうぞ、柴田」
3人が出会った10年くらい前なら、適当な理由をつけて学校をサボれば良かったが、今となればそういうわけにもいかない。3人とも、あんな馬鹿みたいな飲み方をしている割には、重要な仕事をしているからだ。
「で、これからどうするの?」タイペイが面白そうに尋ねてくる。
「とりあえず、水をくれ。酒が分解しきれてなくて、気分が悪い」
「あいあいさー」
タイペイは水を取りに行った。ルーシと鈴木、柴田の3人は全員同じベッドに座り、通夜か葬式のように静まり返る。
「ね、ねぇ。ルテニアちゃん」
「なに?」
「鈴木くん、大丈夫なの? うちの公正くんも大変なことになっちゃったけど」
「大丈夫ではなさそう。でも、なにか裏があると思う」
「裏……創麗グループが仕組んだってこと?」
「それ以外考えられないよ。だって、ルーシと翔と柴田が女体化した上で弱体化したら、創麗は不穏因子を大人しくすることができる」
ルーシ、鈴木、柴田の共通点は、なにも馬鹿なだけではない〝彼女ら〟は、超強力な〝異能力〟を持っているのだ。そしてその異能力を開発したのが、創麗グループという世界一の大企業である。検索エンジンからミサイル開発までを取り仕切り、ついには人間に異能力を授けることに成功した世界一の大企業にして〝正義〟の会社が。
「確かに……。3人とも、創麗からすれば邪魔でしかないしね」
しかし、3人の異能力のレベルは創麗の想像をも上回ってしまった。3人が本気で挑めば、世界すべての軍隊と闘っても勝ってしまう……という試算が出たことすらもあるからだ。




