運命の章 26話
血と硝煙の余韻が未だ消えぬ海竈門岬に、新たな緊張が走った。それは潮風に乗って運ばれる不吉な予感のようなものであり、あるいは――運命の歯車が、さらに別の方向へと回り始めた音であった。
東雲の心は、今まさに崩壊の危機に瀕していた。
理想と現実の乖離。それは時として、人の心を深く傷つける。幼き日より憧れた英雄の姿が、目の前で粉々に砕け散る様を目撃することほど、残酷なことがあるだろうか。
蛮夷大将軍――その名は、東雲にとって、武人の頂点を示す輝かしい称号であった。市井で語られる物語の中で、蛮夷大将軍は常に勇猛果敢で、誇り高く、弱きを助け強きを挫く人格者として描かれていた。東雲は、そのような物語を聞きながら育った。いつか自分も、師で父である阿久刀を助けるために、蛮夷大将軍のような立派な武人になりたい――そんな純粋な夢を、心の片隅に秘めていた。
しかし、現実は――あまりにも残酷であった。
目の前にいる男。震駭と名乗るこの巨漢は、確かに圧倒的な力を持っている。その威圧感は、東雲がこれまで出会ったどの武人をも凌駕するものだ。しかし――その人格は、東雲が夢見ていた英雄像とは、あまりにもかけ離れていた。
破廉恥。下劣。蛆虫の極み。
東雲の脳裏に浮かんだ言葉は、どれも侮蔑に満ちたものであった。しかし、それ以外に、この男を形容する言葉が見つからなかったのだ。
東雲は、袖で目元の涙を拭った。そして――その瞳に、怒りの炎が燃え上がり始めた。
悲しみは、やがて怒りへと変わる。失望は、やがて憤怒へと昇華される。東雲の心の中で、そのような変化が起きつつあった。
一方――
震駭は、そのような東雲の様子など、まるで意に介していなかった。いや、そもそも気づいてすらいないのかもしれない。この男にとって、他者の感情など、さしたる意味を持たないのだから。
震駭の視線が、ゆっくりと移動した。
そして――白帝を捉えた。
その瞬間、震駭の表情が一変した。
先ほどまでの豪快な笑みが消え、代わりに――深い畏敬の念が、その顔に浮かんだ。それは、震駭という男が、生涯において唯一示す感情であった。
震駭は、白帝の前に進み出た。
その足取りは、先ほどまでの乱暴なものではない。慎重に、しかし確実に、白帝へと近づいていく。まるで、聖域に足を踏み入れる信徒のような、厳かさすら感じさせる歩みだ。
そして――
震駭は、白帝の前で、深く平伏した。
その巨体が、地面に額をつける。両手を広げ、全身で敬意を表する。その姿は――先ほどまでの破天荒な振る舞いが嘘のように、真摯である。
「白帝聖上に御挨拶申し上げる!」
震駭の声は、大きかった。しかし、そこには確かな敬意が込められている。
「我が生涯の主よ!」
その言葉には、絶対の忠誠が宿っていた。
震駭という男は、確かに破天荒である。常識など欠片も持ち合わせていない。しかし――ただ一つ、この男が決して裏切らぬものがある。
それは、テンへの忠誠であった。
震駭にとって、テンは唯一絶対の存在である。金枝王にも、朝廷にも、この男は従わない。しかし、テンにだけは――無条件に、絶対に従うのだ。それが、蛮夷大将軍という存在の本質であった。
白帝は、平伏する震駭を見下ろした。
その表情には、僅かな戸惑いが浮かんでいる。白帝――いや、今は器の方が表に出ている。ハクは、この巨漢の突然の変貌に、驚いているのだ。
ハクの身体が、僅かに震えた。それは恐怖ではなく――震駭の放つ圧倒的な存在感に、気圧されているのだ。この男の威圧感は、たとえ平伏していようとも、決して消えることがない。
「おお! 器のお方であったか!」
震駭は、顔を上げた。そして、ハクの姿を認めると、さらに深く頭を下げた。
「誠に失礼した! この震駭! 不徳の至り!」
その声には、心からの謝罪が込められていた。
震駭にとって、テンと器は――どちらも変わらぬ主である。テンは神そのもの。器は、その神を宿す聖なる依代。どちらも、震駭が命を賭して守るべき存在なのだ。
「……蛮夷大将軍様」
ハクの声は、震えていた。しかし、その声には――確かな気丈さが宿っている。
ハクは、震駭の威圧感に気圧されながらも、決して屈することなく、真っ直ぐに立っていた。その姿は、まさに――十年もの間、神を宿し続けてきた少女の、強靭な精神を体現していた。
震駭は、そんなハクの姿を見て、満足そうに頷いた。
「ふむ」
短い言葉であったが、その奥には、ハクへの敬意が込められていた。
震駭は、立ち上がった。そして、振り返って――
「天蓋の娘よ!」
その声が、向日葵に向けられた。
「お主の申した通りであったな! 聖上様に御会いできた!」
震駭の声には、喜びが満ちている。それは、まるで子供が欲しかった玩具を手に入れたかのような、純粋な歓喜であった。
向日葵は、優雅に微笑んだ。
「わたし嘘はつきませんよ」
その声は、柔らかく、甘い。しかし――その奥には、何か計り知れない狂気が潜んでいることを、阿久刀は感じ取っていた。
「がははははは!! すまん!」
震駭は、豪快に笑った。疑ったことを詫びているのだろう。しかし、その笑い声には、一片の悪気もない。ただ、純粋に――再会の喜びを表現しているだけなのだ。
そして――
「向日葵!」
アティヤの叫び声が、岬に響き渡った。
その声には、様々な感情が混じり合っていた。驚き、喜び、そして――僅かな不安。
アティヤは、向日葵の肩を掴んだ。その手には、力が込められている。
「今までどこにいたの!? あのとき何があったの!? ねぇ答えて!!」
アティヤの問いかけは、矢継ぎ早であった。それは、幻夢郷宮を脱出してから今まで、ずっと心の中に溜め込んでいた疑問が、一気に溢れ出したのだ。
向日葵は、アティヤの手を優しく握った。
「恵み野ちゃん。あぁ、えーっとお……本当はアティヤちゃんと言うんですよねぇ」
その言葉に、アティヤは僅かに眉を寄せた。
「え? う、うん。そうよ」
アティヤの声には、困惑が滲んでいる。
「ごめんなさぁい……愛してる人の名前を間違えるなんて、わたし愛の人、失格です…」
向日葵の声は、悲しげであった。しかし――その悲しみは、どこか演技めいている。まるで、舞台で台詞を述べる役者のような、作られた悲哀であった。
"愛の人"――それは、界外では"恋人"を意味する、島の言葉である。
アティヤの心臓が、激しく鼓動し始めた。
その言葉の意味を、アティヤは理解している。しかし――それを受け入れることが、怖かった。なぜなら、アティヤは気づき始めていたのだ。向日葵という存在の、恐ろしさに。
「本当はアティヤちゃんのそばを離れたくなかったんですよ……でも…」
向日葵の視線が、ちらりと震駭に向けられた。
その視線には――何か、計算されたものが宿っていた。
「どうしても震駭様の手を貸して頂きたくて、あの方を探してたんです」
向日葵の声は、相変わらず柔らかい。しかし、その言葉が意味することは――恐ろしいものであった。
つまり、向日葵は――最初から、震駭を利用するつもりだった。そのために、アティヤとの逃避行の最中に、震駭を探し出し、そして――
「あの方って……あの熊男?」
アティヤの声は、掠れていた。
「ふふ。大きい熊さんです。この島でとっても強い熊さん」
向日葵の笑みが、妖しげな光を帯びた。
その瞬間――
アティヤは、おぞましさに似たものを感じて、血の気が引く思いであった。
向日葵の目。
それは、人間の目ではなかった。
もっと深く、もっと暗く、そして――もっと狂気に満ちた、何かの目であった。
「アティヤちゃん、話してくれたでしょう? 船のこと」
向日葵の言葉に、アティヤは首を横に振った。
「……え?……」
そんなの知らない。アティヤは、向日葵に船のことなど、何も話していない。
「ずうっと一緒にいたんだもん。お話を聞く機会はいくらでもあったわ。アティヤちゃんは覚えてないだろうけど」
向日葵の声は、優しかった。しかし、その優しさが――かえってアティヤの心を凍らせた。
アティヤの知らないうちに、向日葵はアティヤ自身から、色々と聞き出していたのだ。
方法は分からない。
しかし、アティヤは確信した。
この女は、恐ろしい人だと。
アティヤの脳裏に、幻夢郷宮での日々が蘇った。
向日葵と過ごした、あの甘い日々。
愛を囁かれ、抱き締められ、そして――
もしかして、あの時も?
薬を飲まされた時も?
意識が朦朧としていた時も?
向日葵は、アティヤから情報を引き出していたのではないか?
その可能性に思い至った時、アティヤの全身が震えた。
「教えて……向日葵……」
アティヤの声は、震えていた。しかし、それでも――聞かねばならなかった。
「なぁに? アティヤちゃん?」
向日葵の声は、相変わらず優しい。しかし、その優しさが――もはやアティヤには、恐怖でしかなかった。
「あの……震駭って人、何をさせるつもり?」
アティヤの問いかけに、向日葵は――
にっこりと、微笑んだ。
「お掃除ですよぉ」
その言葉は、あまりにも軽やかであった。まるで、日常の雑事を語るかのような、呑気な調子である。
向日葵は、アティヤの手を握った。
その手は、温かかった。しかし――その温もりが、今のアティヤには、氷よりも冷たく感じられた。
「だって、震駭様なら二千人ぐらい殺して頂けると思ったの」
向日葵の言葉が――
アティヤの思考を、完全に停止させた。
「……………え…………?」
アティヤの声は、もはや声とも呼べぬほど、掠れていた。
二千人。
殺す。
その二つの言葉が、アティヤの脳内で反芻される。
しかし、理解できない。
いや、理解したくない。
「あ、もちろん必要な人は残しますよ。船を動かす人がいないと大変でしょう? でも必要ない人はいらないでしょう?」
向日葵の声は、相変わらず優しい。
しかし、その内容は――狂気そのものであった。
向日葵は、にっこりと微笑んだ。
そして――
アティヤを、ふんわりと抱き締めた。
その抱擁は、優しく、温かい。しかし――アティヤには、その温もりを感じることができなかった。全身が、恐怖で凍りついていたのだ。
「準備は大変でしたけどぉ。でもうまくいきました。これもアティヤちゃんのおかげですよぉ」
向日葵の囁きが、アティヤの耳元で響く。
その言葉が――
アティヤの心を、完全に砕いた。
利用されていた。
アティヤは、向日葵に利用されていたのだ。
愛されていると思っていた。
必要とされていると信じていた。
しかし――
それは全て、向日葵の計画の一部に過ぎなかったのだ。
アティヤの胃が、激しく痙攣した。吐き気が、込み上げてくる。それは、肉体的なものではない。精神的な、魂の奥底から湧き上がる、自己嫌悪であった。
向日葵が欲しかったのは、アティヤではなかった。
本当は――
船であり、そして――白帝だったのだ。
アティヤは、ただの道具だった。
使い捨ての、駒に過ぎなかった。
その事実が、アティヤの心を、深く抉った。
阿久刀は、そのやり取りを黙って見ていた。
しかし――もう十分であった。
「お前の狙いは船か」
阿久刀の声が、静かに響いた。
その声には、怒りはない。しかし――深い理解が込められていた。
阿久刀は、全てを理解した。
向日葵の真の目的を。
この少女が、どれほどの準備をし、どれほどの計画を立て、そして――どれだけの人々を利用してきたのかを。
「誰が造ったのか不明だが」
阿久刀は、遠くに見える巨大な船を一瞥した。
「あの船は侵入不可能の魔の海峡"八岐大蛇"を越えた船だ」
その言葉には、驚嘆があった。
八岐大蛇――この島を完全に隔絶している、絶対の障壁。神話の時代より語り継がれる、魔の海域。
その海域を、あの船は越えてきたのだ。
それは、常識では考えられないことである。
しかし――事実なのだ。
「天蓋向日葵はそれを手に入れたかった」
阿久刀の声には、確信が込められた。
向日葵は、計画を立てた。
そして、実行した。
多くの誤算が起き、過程こそ違ったものの――
結果として、目的は果たした。
聖上を連れ出し、震駭を味方につけ、そして――船を手に入れる寸前まで来たのだ。
そして、船以上に向日葵が本当に手に入れたいものは。
それは――白帝だ。
阿久刀の視線が、向日葵へと向けられた。
向日葵は、アティヤを優しく引き離した。
そして――
白帝へと歩み寄った。
その足取りは、優雅であった。まるで、舞踏会で愛する人のもとへ向かう令嬢のような、華やかさを帯びている。
向日葵は、白帝の前で、うやうやしく頭を下げた。
「聖上様。お迎えに上がりました」
その声は、恭しい。しかし――その奥には、抑えきれない情熱が燃えている。
「あぁ……やっぱりとてもお美しいですぅ……」
向日葵の声が、陶酔に震えた。
今の白帝は、器の方である。ハクが、表に出ている。
しかし、向日葵は――気圧されることなく、堂々と白帝を見つめていた。
「こんなに素敵な器の方は初めてです」
向日葵の声が、さらに熱を帯びた。
「歴代の方は皆々様、弱い方ばかりで、テンにふさわしい方達じゃありませんでした。わたしそんなの嫌でした」
向日葵は、涙を拭う仕草をした。
しかし――その涙は、嘘である。
向日葵の目には、涙など浮かんでいない。ただ、狂気の炎だけが、燃え盛っているのだ。
「そんなの……テンに失礼です。でも、やっとテンに相応しい方が現れた……わたしが愛してやまない方が」
向日葵の声が、最高潮に達した。
そして――
向日葵は、両手を広げた。
まるで、愛する者を抱き締めるかのように。
「さあ二人とも。一緒に愛の逃避行に出かけましょう。わたしたちの愛の世界へ」
その言葉は――
まるで、陶酔した狂人のものであった。
しかし、振る舞いは優雅で、お淑やかである。その二面性が、かえって向日葵の狂気を際立たせていた。
阿久刀は、うなだれているアティヤを、慰めるように抱擁した。かける言葉はない。
そして――彼女を東雲に任せた。
東雲は、無言でアティヤを受け止めた。その腕には、確かな優しさがある。言葉はない。しかし、その温もりが――アティヤの心を、僅かに慰めていた。
白帝は、向日葵の差し出した手を取ることなく、ただ見つめていた。
その瞳には――何の感情も浮かんでいない。しかし、変化が起きた。
阿久刀、震駭、そして向日葵――三人は、その変化に気づいた。
器が、眠りについたのだ。
つまり、今の白帝は――
テンだ。
空気が、一変した。
先ほどまでとは、明らかに違う。
それは、圧倒的な神性であった。
白帝の纏う雰囲気が、変わった。人間的な儚さが消え、代わりに――絶対的な神の威厳が、その身体から発せられている。
「やっぱりかんたんには手に入らないんですね」
向日葵の声は、相変わらず柔らかかった。しかし――その奥には、諦めない執念が宿っている。
「でも、それがとっても魅力的です。聖上様」
向日葵は、白帝に触れようとした。
その手が、白帝の頬に伸びる。
しかし――
キィン!
阿久刀の咒刀が、向日葵の手を阻止した。
刃が、向日葵の指先の寸前で止まる。あと数ミリ進めば、向日葵の指は切断されていただろう。
「それ以上は許さん」
阿久刀の声は、低く、静かであった。しかし――その奥には、絶対の拒絶が込められている。
向日葵は、阿久刀を見上げた。
そして――微笑んだ。
「阿久刀様。怒った顔も素敵です」
その言葉には、何の恐れもない。むしろ――楽しんでいるかのような、妖しい響きがあった。
向日葵は、笑顔を振り撒きながら、震駭に寄り添った。
その動作は、まるで猫が飼い主に甘えるような、柔らかさを帯びている。
「震駭様」
向日葵の声が、甘く囁く。
「聖上様が欲しくてたまりませんの。阿久刀たちを殺して手に入れて下さいませ」
その言葉は――あまりにも軽やかであった。
まるで、日常の些事を頼むかのような、呑気な調子である。
しかし――
震駭は、即座に答えた。
「うむ。無理だ」
その返答は、あっけらかんとしたものであった。
震駭は、大笑いした。
「がははははは!!」
その笑い声が、岬全体に響き渡る。
「俺様の無類の忠義故だ。許せ!」
震駭の言葉には、一片の躊躇いもなかった。
この男にとって、テンへの忠誠は絶対である。たとえ、床を共にした女の願いであろうとも――テンを害することだけは、決してできないのだ。
それが、蛮夷大将軍という存在の、本質であった。
「あらあら困りましたぁ」
向日葵は、涙を拭う仕草を見せた。
しかし――その顔には、失望の色など浮かんでいない。むしろ、予想通りだったとでも言いたげな、落ち着いた表情である。
「なあに案ずるな!」
震駭の声が、再び響いた。
「聖上を拐かす手伝いはできんが、床入りで満足させてくれた礼だ!」
震駭は、胸を叩いた。その音は、太鼓を叩いたかのように大きく響く。
「明保能の小僧の相手はしてやろう!」
震駭の視線が、阿久刀へと向けられた。
その目には――純粋な戦闘への渇望が燃えている。
「なにより!」
そして――
震駭の視線が、東雲とアティヤへと向けられた。
その瞬間――
震駭の目が、輝いた。
まるで、宝物を見つけた子供のような、無邪気な輝きである。
「そこの娘ら! 俺様と床入りしたいだろう! その願い叶えてやろう!」
震駭は、ビシッと言い放った。
その瞬間――
強烈な悪寒が、東雲とアティヤの背中を走った。
二人は、思わず――
一度は離れた阿久刀の背中に、再び隠れた。
「嫌です!」
東雲の叫びは、魂の底から絞り出されたものであった。
「願い下げよ!」
アティヤもまた、全身全霊で拒絶した。
しかし――
震駭は、全く気にしなかった。
「がはは! 照れるな! 照れるな! 愛い奴よ! 遠慮無用ぞ!!」
震駭の顔は、満面の笑みである。
その表情には、一片の悪意もない。ただ、純粋に――二人を気に入ったのだ。だから、床を共にしたい。それだけの、単純な思考であった。
「(言葉が通じない…)」
東雲の心の中で、絶望的な呟きが響いた。
「(話を聞かない…)」
アティヤもまた、同様の思いを抱いていた。
二人は、げんなりとした表情で、顔をしかめた。
阿久刀は――
深く、深く、溜息をついた。
この男を相手にすることの困難さを、阿久刀は誰よりもよく知っている。
震駭という存在は――
常識が通じない。
理屈が通じない。
そして、何よりも――
人の話を聞かない。
それが、この男の本質なのだ。
「がははは! さっさと始めようぞ! 明保能の!」
震駭の叫びが、岬に響き渡った。
その声には――純粋な戦闘への渇望が込められている。
この男にとって、戦いは――
遊びであり、娯楽であり、そして――
生きる意味そのものなのだ。
阿久刀は、咒刀の柄に手を添えた。
覚悟を決めた。
もはや、逃れることはできない。
ならば――
戦うしかない。
しかし、阿久刀の心の中には――
深い徒労感だけが、渦巻いていた。
なぜ、自分は――
この男と、再び相まみえなければならないのか。
その問いに、答えはない。
ただ――
運命が、そう定めたのだろう。
阿久刀は、深く息を吸い込んだ。
そして――
咒刀を、抜き放った。
刃が、陽光を反射して、銀色に輝く。
その輝きは――
これから始まる戦いの、幕開けを告げるものであった。




