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カムサリガタリ  作者: 夢物語草子


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運命の章 19話

海竈門岬――その名を冠する断崖絶壁は、まるで天地創造の際に神々が忘れ去った未完の造形のごとく、荒々しき岩肌を空高くそびえ立たせていた。

明保能阿久刀が愛馬の手綱を引き、その蹄を大地に留めた刻限は、既に午の刻を過ぎ、未の刻へと傾きつつある時であった。太陽は中天よりやや西へと傾き、その光は黄金色を帯び始めている。しかしその温もりは、この地に立つ者の心を暖めることはなかった。

岬の先端から眺める海景は、まさに二つの世界の境界を示していた。

近場の海は、嘘のように穏やかであった。透き通った碧い水面が、陽光を受けて無数の宝石のごとく輝いている。波は静かに岩場を洗い、白い泡を立てては消えていく。その音は優しく、まるで子守唄のようである。海鳥たちが上空を舞い、時折、水面に飛び込んでは魚を捕らえる。その光景は、平和そのものであった。

しかし――

遠目で見れば、その平和は幻影に過ぎぬことが明白となる。

水平線の彼方、おそらくは数里ほど離れた海域において、海は荒れ狂っていた。いや、「荒れ狂う」などという生易しい表現では、到底その凄まじさを言い表すことはできない。

巨大な波が、山のように盛り上がり、そして崩れ落ちる。その波頭は、城壁をも優に超える高さである。波と波とが激突し、轟音を上げて砕け散る。水飛沫が空高く舞い上がり、白い霧となって視界を遮る。

そして、その上空には――竜巻が舞っていた。

一つや二つではない。数え切れぬほどの竜巻が、まるで天上の神々が大地を罰するために放った鞭のごとく、海面へと降り注いでいる。その竜巻は、海水を吸い上げ、空へと舞い上がらせる。まるで、海と空とが一体化したかのような、混沌とした光景であった。

八岐大蛇――それが、この魔の海域の名である。

神話の時代より語り継がれる、伝説の大蛇の名を冠したこの海域は、島全体を厚く囲み、入ることも出ることも不可能にしている。絶対の障壁。神の怒りが形を成したかのような、畏怖すべき存在。

あの中に入れば、どれほど巨大な船であろうと、一瞬で粉砕される。船体は木片となり、人は海の藻屑と消える。それは、誰もが知る真理であった。

しかし――

「あの中を、越えた船がある」

阿久刀は、低く呟いた。その声には、驚嘆と、そして興味が混じっていた。

界外の者たちは、あの八岐大蛇を越えてこの島に辿り着いたのだ。それは、常識では考えられぬことである。神の領域を侵す行為。禁忌を犯す所業だ。

「一体、どんなものを用いたのか」

阿久刀の脳裏には、様々な可能性が駆け巡った。強力な結界を張ったのか。それとも、船そのものに特別な加工を施したのか。あるいは――神をも欺く、何らかの秘術を用いたのか。

答えは、おそらくこれから明らかになるだろう。

阿久刀は深く息を吸い込んだ。潮の香りが、鼻腔を満たす。しかし、その香りには、何か別のものが混じっているような気がした。血の匂い。死の匂い。これから起こるであろう惨劇の、予兆のような――


阿久刀が馬から降り立つと、他の者たちも同様に馬を降りた。

東雲は、白帝を慎重に地面へと降ろす。その動作は、まるで最も貴重な宝物を扱うかのように、細心の注意を払ったものであった。白帝は無言のまま、岬の風景を見つめている。その横顔には、何の感情も浮かんでいない。しかし、その瞳の奥には――ほんの僅かに、何か複雑な想いが宿っているようにも見えた。

アティヤもまた、馬から降りた。しかし、その足取りは重かった。地面に足をつけた瞬間、まるで全身に鉛を詰め込まれたかのような重さを感じる。

「アティヤ」

阿久刀の声が、アティヤの思考を現実へと引き戻した。

「案内を頼む」

その言葉は、簡潔であった。しかし、その奥には、有無を言わさぬ強さがあった。これは命令ではない。しかし、拒否することもできない。そんな、微妙な力加減の言葉であった。

アティヤは、黙って頷いた。

しかし、その内心は――激しく波立っていた。

零零七部隊が野営する拠点。そこには、アティヤの「仲間」たちがいる。いや、「仲間」と呼べるのかどうか、アティヤ自身にも分からなかった。

貧民街で育ったアティヤにとって、「仲間」という概念は曖昧であった。互いに利用し合い、裏切り合う関係。それが、アティヤの知る「仲間」であった。しかし、軍に入隊してからは――ほんの少しだけ、その概念が変わり始めていた。

特に、アティヤを認めてくれた数人の友人。

アティヤを「仲間」として扱ってくれた。混血児であることを理由に差別することなく、対等に接してくれた。その優しさが、アティヤの心を確かに温めてくれた。

しかし――

「(本当に、連れて行っていいのか)」

アティヤは、心の中で自問した。

阿久刀たちを拠点に連れて行くということは、仲間たちを危険に晒すことを意味する。阿久刀の剣技を、アティヤは目の当たりにしている。あの速さ、あの威力。常人の域を遥かに超えている。

東雲もまた、只者ではない。銃を一瞬で両断する剣技。それは、人間離れした技術である。

そのような者たちを、武器も十分でない部隊に連れて行けば、どうなるか。

「(でも……)」

アティヤの心に、別の声が囁いた。

「(白帝を連れて行かなければ、任務は失敗だ)」

任務。それは、アティヤにとって必要のものであった。任務を成功させれば、認められる。仲間として受け入れられる。もう、「穢児」などと蔑まれることもなくなる。

その希望が、アティヤを支えていた。

「どうした?」

阿久刀の声が、再びアティヤの思考を中断させた。

アティヤが立ち止まったまま、動かずにいることに気づいたのだ。阿久刀の目は、アティヤの内心を見透かしているかのようであった。

「……あんた、みんなをどうする気?」

アティヤは、ようやく口を開いた。その声は、僅かに震えている。

阿久刀は、しばしの沈黙の後、静かに答えた。

「話し合いをするのが目的だ」

その言葉は、真実であった。阿久刀は、無益な殺生を好まない。できることならば、言葉で解決したい。それが、阿久刀の信条であった。

しかし――

「…………」

アティヤは、その言葉を信じることができなかった。

話し合い? この状況で? 神を宿す器を連れて、界外の軍隊の拠点に乗り込んで、話し合い?

それは、あまりにも楽観的すぎる。いや、むしろ――傲慢ですらある。

アティヤの心の中で、様々な思考が渦巻いた。

白帝だけを連れて行きたい。それが、アティヤの本心であった。阿久刀と東雲は、ここに残ってもらう。そうすれば、不要な衝突を避けられる。部隊も、白帝を手に入れることができる。全てが、丸く収まる。

しかし――

そんなことが、可能なのか?

阿久刀を出し抜くことができるのか?

アティヤの手には、ナイフが一本あるだけだ。それで、阿久刀と東雲に勝てるとは思えない。いや、勝てるはずがない。東雲にすら、手も足も出なかったのだ。

ならば――

「一つ忠告しておく」

阿久刀の声が、冷たく響いた。

まるで、アティヤの心を読んだかのように。

「お前に同行したのは聖上の御意志に従ったからだ」

その声は、鋭かった。刃のように、アティヤの心を切り裂く。

「俺を出し抜くのはお前の自由だ」

阿久刀の目が、アティヤを見据える。その瞳には、一切の慈悲がなかった。

「俺も自由に判断し、お前を斬る」

その言葉は、脅しではなかった。

事実の宣告であった。

アティヤの背筋に、冷たいものが走った。全身の血が、一瞬で凍りつくような感覚。死の予感。それが、アティヤを包み込んだ。

阿久刀は、本気だ。

もしアティヤが裏切れば、躊躇なく斬る。その覚悟が、阿久刀の全身から発せられていた。

「……ついてきて」

アティヤは、諦めたように呟いた。

愚かな考えを、捨てた。生き延びることを、選んだ。

アティヤは、先頭に立って歩き始めた。その背中は、小さく、そして寂しげに見えた。

海竈門岬の地形は、複雑を極めていた。

鬱蒼とした茂みが、行く手を阻む。高々と伸びた草木が、陽光を遮り、薄暗い道を作り出している。足元は岩だらけで、一歩間違えれば転倒しかねない。

アティヤは、その複雑な地形を、迷うことなく進んでいく。何度もこの道を通ったのだろう。その足取りは確かであった。

阿久刀たちは、無言でアティヤの後に続く。

周囲は、不気味なほど静かであった。鳥の囀りも聞こえない。風の音だけが、木々を揺らしている。まるで、世界がこの一行だけを残して、全てを消し去ったかのような――そんな錯覚を覚える静寂であった。

岩と岩との隙間を、身体を横にして通り抜ける。狭い通路である。一人ずつしか通れない。その向こうに、僅かに開けた場所が見えた。

「ここから先が……」

アティヤが振り返り、何か言いかけた――その瞬間。

「動くな!」

年若い男の声が、四人の足を止めた。

その声は、緊張に震えていた。恐怖と、そして使命感が混じり合った、複雑な響きを帯びている。

「一歩でも動けば撃つぞ!」

茂みの陰から、一人の少年兵が姿を現した。

三八式歩兵銃――界外の武器を、震える手で構えている。その銃口は、阿久刀たちに向けられていた。

少年は、十代半ばであろうか。まだ幼さの残る顔立ちである。しかし、その目には、必死の覚悟が宿っていた。

「その声……内村?」

アティヤの声が、驚きに満ちて響いた。

少年――内村二等兵は、アティヤの顔を見て、目を見開いた。

「アティヤ上等兵!?」

驚愕の声が上がる。内村は、信じられないという表情で、アティヤを見つめている。

「やっぱり内村二等兵ね」

アティヤは、僅かに笑みを浮かべた。その笑みには、安堵が込められていた。内村――この少年は、アティヤを「仲間」として扱ってくれる、数少ない者の一人であった。

「無事でよかった……って、そいつらは誰だ!? 敵じゃないか!」

内村の声が、再び警戒を帯びる。銃口が、阿久刀たちへと向けられる。

「落ち着いて。彼らは島の人間よ」

阿久刀は、両手を上げて、敵意がないことを示した。

「なんで一緒にいるんだ!?」

内村は、パニックに陥っていた。状況が理解できない。なぜ、アティヤが島の人間と一緒にいるのか。なぜ、こんなところに現れたのか。

「話をしたいの。隊長に会わせて」

アティヤの声は、穏やかであった。しかし、その奥には、強い意志が込められている。

「ムリだよ! ムリ!」

内村は、頭を振った。その表情には、困惑と恐怖が浮かんでいる。

「隊長は拠点にいるんでしょ? ならこっちよ」

アティヤは、内村の抵抗を無視して、先へと進み始めた。

「上等兵~」

内村の声は、泣きそうであった。

「あんたに迷惑かけないわよ」

「もう迷惑だよー!」

内村は、諦めたようについてくる。その後ろ姿は、まるで世界の終わりを見たかのように、落ち込んでいた。


しばし歩き続けると、奥の開けた場所に、天幕が見えてきた。

いくつもの天幕が、整然と並んでいる。その奥には、洞窟の入り口が口を開けている。おそらく、あの洞窟が本拠地なのだろう。

天幕の周囲には、兵士たちの姿があった。

軍帽を被り、軍服を着込んだ男たち。その数は、二十人ほどであろうか。皆、疲労の色を隠せずにいる。顔は汚れ、衣服は擦り切れている。長い間、この地で生活してきたことが窺えた。

「いい加減、国に帰りてえなぁ」

作業中の兵士の一人が、ぽつりと呟いた。その声には、深い疲労と、故郷への渇望が滲んでいる。

「こんな魔境と知ってたら絶対に来なかったぜ……」

別の兵士が、同意するように答えた。

「おまえら! 愚痴など後回しだ! とっとと動け!」

上官らしき男が、怒号を飛ばす。兵士たちは、慌てて姿勢を正した。

「はい! 申し訳ありません!!」

その光景を、アティヤは複雑な表情で見つめていた。

かつて、自分もあの中にいた。この部隊の一員として、任務に従事していた。しかし今は――自分は、敵を連れて帰ってきた裏切り者なのだ。

「あいつらか?」

阿久刀の声が、低く響いた。

「うん。零零七の仲間」

アティヤの答えは、簡潔であった。しかし、その声には、僅かな躊躇いが含まれていた。

「では、会うとしようか」

阿久刀に促されて、アティヤが先頭になって姿を見せた。

両手を上げ、敵意がないことを示す。しかし――

「ん……?。!!、侵入者だ!!」

アティヤを最初に見た兵士が、怒鳴るように叫んだ。

瞬時に、拠点全体が緊張に包まれた。

兵士たちが、武器を手に取る。三八式歩兵銃を構え、アティヤたちに銃口を向ける。その動きは素早く、訓練された軍人のものであった。

「あた………」

アティヤが言いかけた――その瞬間。

パン!

銃声が響いた。

一発の銃弾が、アティヤの頭上を掠めて飛んでいく。慌てた兵士の一人が、引き金を引いてしまったのだ。極度の緊張で、普段の冷静さを失っていた。

その一発が、引き金となった。

パン! パン! パン! パパパパパン!

次々と、銃声が響き渡る。

兵士たちは、連鎖的に発砲し始めた。一人が撃てば、他の者も撃つ。集団心理が、冷静な判断を奪っていく。銃弾が、アティヤたちに向かって飛来する。

阿久刀は、瞬時に動いた。

咒刀を抜き放ち、飛来する銃弾を次々と弾く。その動きは、目にも留まらぬ速さであった。刀身が陽光を反射し、銀色の軌跡を描く。一つ、二つ、三つ――身体に当たるだろう銃弾が、阿久刀の刀によって弾き落とされていく。

金属が金属を叩き飛ばす音が、銃声の合間に響く。落とされた銃弾が、地面に落ちて跳ねる。その光景は、人間の域を超えた技術であった。

東雲もまた、咒刀で銃弾を弾く。

身体を僅かに傾け、銃弾の軌道を見切る。完全に避けることはせず、最小限の動きで、弾道を変える。護身術の極意――力ではなく、技術で対応する。

東雲の衣服に銃弾が掠めた箇所ができる。しかし、肌には一切の傷がない。銃弾が肌に触れる瞬間、東雲は身体を逆らわずにしならせ、その衝撃を受け流したのだ。

白帝は、動かなかった。

いや、動く必要がなかった。

白帝の周囲には、目に見えぬ障壁が張られている。それは、神の力によって作り出された、絶対の防御である。銃弾は、その障壁に触れるなり、まるで目に見えぬ壁に跳ね返されるかのように、軌道を逸らされて地面に落ちた。

しかし――

アティヤは、無防備であった。

銃弾が、アティヤの周囲に着弾する。土煙が上がり、視界が遮られる。砂利が飛び散り、アティヤの頬を掠める。

「やめろ! 貴様ら! 発砲をやめろ!」

上官らしき壮年の男――大島が、怒号を轟かせて兵士たちを叱責する。

その声は、銃声をも圧する迫力を持っていた。軍人としての威厳と、長年の経験に裏打ちされた重みがある。

銃声が、ぴたりと止んだ。

土煙が、ゆっくりと晴れていく。そして――

アティヤは、立ち竦んだまま、身動きせずにいた。

その身体は震えている。恐怖で、全身が硬直していた。顔は蒼白で、冷や汗が額を伝っている。

幸運なことに、アティヤには一発も命中していなかった。しかし、それは奇跡に近い幸運であった。アティヤの足元には、無数の銃弾が地面に突き刺さっている。ほんの数センチ、軌道がずれていれば――アティヤは、今頃死んでいただろう。

「あたしよ! アティヤ上等兵よ!」

ありったけの大声で、アティヤは叫んだ。

その声は、震えていた。しかし、確かに、アティヤ自身の声であった。

皇国の兵士たち――二十人前後はいるだろう――は、戸惑いの表情で互いに顔を見合わせる。

本当に、あれはアティヤ上等兵なのか?

それとも、何らかの術で化けているのか?

この島では、常識では考えられないことが起きる。人の姿を真似る妖怪。幻影を作り出す術。兵士たちは、この一ヶ月でそれを嫌というほど思い知らされてきた。

だからこそ、目の前のアティヤが本物だと、容易には信じられないのだ。

「アティヤ上等兵だと?」

壮年の男――大島は、サーベルを抜き、警戒心剥き出しで睨み付けた。

「……なるほど、見た目はアティヤ上等兵そっくりだ。だが、信用できん。この島ではな」

大島の声には、深い疑念が滲んでいた。

この島に来てから、兵士たちは数々の不可思議な現象を目の当たりにしてきた。夜中に現れる影。人の声を真似る何か。姿を消す術。この島には、理解を超えた力が存在する。

だからこそ、大島は慎重にならざるを得なかった。目の前のアティヤが偽物で、何らかの罠である可能性を、排除できないのだ。

「本物です!」

アティヤは、必死に訴えた。その声には、焦燥が滲んでいる。

大島は、顎を撫でて考え込んだ。そして――

「ならば聞く! 俺が指した奴のプライベートを述べてみろ!」

大島は、内村を指差した。

内村の顔が、一瞬で蒼白になった。嫌な予感が、内村の全身を駆け巡る。

「言え!」

大島の命令に、アティヤは躊躇なく答えた。

「任務に入る前! ある少女に告白しにいったら、間違えてその子の弟にしてしまい、誤解され玉砕したので自棄酒に付き合わされました!」

その言葉が発せられた瞬間――

拠点全体が、静まり返った。

時が止まったかのような、完全な静寂。

そして――

「ちょっと上等兵!? やめて!?」

内村の悲鳴が、その静寂を破った。

「え、まじで?」

「おまえ……そっちだったのか……」

「あの子、かわいかったのに……」

仲間たちから、憐憫の視線が送られてくる。

内村は、今すぐにでも地面に穴を掘って埋まりたい気分であった。顔は真っ赤で、耳まで紅潮している。恥ずかしさのあまり、その場から逃げ出したい衝動に駆られる。

「…なら次は川田だ!」

大島は、容赦なく次の者を指名した。

川田という名の兵士は、明らかに嫌な顔をした。頼む、やめてくれ――その懇願が、表情に浮かんでいる。

しかし、アティヤは容赦しなかった。

「隊の飲み会で泥酔し行方不明になり素っ裸で発見され警察署に保護されました! 自分が迎えに行きました!」

川田の顔が、見る見るうちに赤くなった。

「あの時はすまん……上等兵……」

「あったなぁ……上官のハゲ頭を叩くわ……卑猥な歌を歌うわ……最悪の酒癖だった……」

「おかげでブチキレた上官が連帯責任っていって1日20時間の訓練を食事無し睡眠無しで一週間やらされたなぁ……」

兵士たちから、恨めしそうな視線が川田に向けられた。

川田は、ますます小さくなった。できることならば、今すぐこの場から消えたい――そんな思いが、その背中に滲み出ている。

「……本物のようだな。よし、銃を下ろせ」

大島の命令で、兵士たちは銃口を下げた。

しかし、警戒は解いていない。依然として、島の人間である阿久刀たちを警戒している。その目には、敵意と恐怖が混じり合っていた。

「上等兵。その三人は何者だ?」

大島は、阿久刀たちを見据えた。その目には、明確な敵意が宿っている。

「島の人間です。話し合いをしたいと言っています」

アティヤの言葉に、兵士たちの間にざわめきが広がった。

「話し合いだと?」

「何を企んでいる?」

「罠じゃないのか?」

疑念の声が、次々と上がる。

この島の人間を、信用することなどできない。それが、兵士たちの共通認識であった。

その時――

「騒がしいな。何事だ?」

拠点の奥から、一人の男が現れた。

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