魔王って週一で会議するの!?
ルミナの押しで魔王軍おためし入隊するカグラ。快適な設備とホワイト待遇にまんざらでもないが、突然の聖騎士団襲来で即前線送りに。光属性必殺の矢を棒立ちで受け、またも無傷──敵味方問わず「チートだコイツ!」と叫ばれる。
「──というわけで、週一の定例会議を始めるぞ」
その声は、ドスンと地響きのように部屋中に響いた。
ここは、魔王軍本拠地・“黒牙の塔”最上階。
漆黒の石と血のような紅のタペストリーに囲まれた、なんとも“魔王の会議室”っぽい空間である。
長テーブルの両脇には、いかにも魔族っぽい面々がずらりと並んでいた。
「……で、今日の議題は“全属性無効の少年”についてだな?」
「あいつ、本当に人間なのか?」
「我が軍にスカウトするって話だったんだが……スカウト役のルミナちゃんが……」
会議室の一角で、椅子に座っていた小柄な悪魔少女が小さく手を挙げた。
「はい……ルミナです……その、ちょっと失敗しちゃって……」
「“ちょっと”か?」
「“爆発”してたじゃないか!!」
「む、無事だったもん……ちょっと顔踏まれただけで……」
場が一瞬ざわつく。
「まぁ……あいつの能力がホンモノなら、下手すれば魔王さまでも勝てんぞ……」
「“Ver0.01β”だろ? あれ……未完成スキルなんだろ? なぜ動いてる?」
「逆に完成されたらどうなるんだ……世界の理が壊れるぞ……」
「しかもあの男、戦う意思がまったく無いらしい」
「逆に怖いな……やる気ゼロで世界壊すタイプか」
各陣営の参謀たちは頭を抱えていた。
「魔王様からの命令は、“絶対に味方につけろ”だ。なにがあっても、だ」
「マジかよ……あんな気まぐれなヤツを?」
「しかも今、王都の上層部も動いてるらしい。『異能指定』を検討中だとよ」
「“異能指定”!? そりゃ国家レベルの厄介案件じゃねーか!」
そのとき──。
「ま、ちょっと待ってよ。私がもう一回、口説いてくるからさ☆」
ルミナがぐっと拳を握る。
「爆発はしたけど、いい感じに“顔は覚えてもらった”と思うし!」
「お前、爆発でしか印象残せてないんじゃ……?」
こうして──
魔王軍は、なぜか“超ゆるゆるスカウト作戦”を決行することになった。
「ん~……やっぱ焼きそばパン最強なんだよなぁ……」
王都・中央広場のベンチで、カグラは平和そうにパンを頬張っていた。
──昨日、試験で無双して、
──謎のスカウトを受けて、
──「異能指定」だの「魔王軍だ」だの言われた。
けれど本人はというと、ぜんぜんピンときていない。
「ま、俺の人生ってたぶんこんな感じなんだよな~。意味わかんないけど、なんとかなっちゃうっていうか」
自分のスキル欄を眺めながら、ポイッとパンの包みをゴミ箱に放る。
【スキル:絶対無効(Ver0.01β)】
説明:全ての属性攻撃を受け付けない。バグ。超ヤバい。まだ内緒。
「なぁ、これってさ……もしかして、俺、最強……?」
自分でもようやく気づいてきたらしい。
そのとき──
「……いたっ!」
ドンッ!
カグラの背後から何か(誰か)が激突してきた。
「いってぇ!? ……あ、また会ったな、爆発姉ちゃん」
「爆発じゃない! ルミナよっ!! 魔王軍スカウト担当!」
ルミナは、肩を怒らせて仁王立ちしていた。
いつの間にか見た目も変わっていて、まるで“ちょっとデキるOL風の悪魔”みたいな服装をしている。
「聞いて! 今日はまじめにスカウトしに来たのよ!」
「んー……いや、帰っていい? 俺、いまから昼寝したいし」
「お願い! これから大事な作戦会議があるの!! それに……魔王様、あなたにめちゃくちゃ興味あるの!」
「おう……それ、怖いやつじゃね?」
「違うのよぉぉ! ええいもうこうなったら──!」
バサァッと広げられた書類には、「魔王軍入隊パッケージ」の詳細がずらり。
「寮完備、三食付き、服貸与、温泉あり……」
「……焼きそばパン、出る?」
「週三で出るわよっ!!」
「加入で」
「即決すぎない!?」
こうして──
カグラは流されるように、魔王軍の“おためし入隊”を始めることになる。
「え、ここが……魔王軍の本部?」
カグラが立っていたのは、山の中腹にある巨大な黒い砦。
ドクロの飾りやら火を吹く像やら、いかにも“魔王軍です”感が全開。
「いや、めっちゃ悪の組織っぽいじゃん! 怖ッ!!」
「だから言ったじゃない。ここ、魔王軍なのよ」
ルミナが胸を張って案内する。
その背中を見ながら、カグラはぶつぶつ文句を言う。
「これぜってぇ週刊誌で悪者扱いされるやつじゃん……」
「まぁまぁ、とりあえず見学だけでもって言ったでしょ?」
中に入ると──
「うおっ!? 何この設備!? めっちゃハイテクなんだけど!?」
「ふふん、魔王軍はね、世界でもトップクラスの技術力を誇るの」
内部は外見に反して、近未来風の施設だった。
エレベーターに、会議室に、メンタルケアルームまである。
「えっ、俺ここで働くの? 快適すぎない?」
「“働く”って言い方がちょっと違うけど……まぁ、そうね。あなたには“特別職”に就いてもらうわ」
そのとき──
「ようこそ。我が軍へ、カグラ・シノノメ君」
現れたのは、真紅のマントを纏った青年。
威厳ある佇まいに、漆黒の瞳。そして、やたら整った顔立ち。
「魔王様!? 自ら出迎えるなんて珍しい!」
「それだけ彼に期待しているのだ、ルミナ。──彼こそ、“我らの希望”となる存在」
「……えっ、オレ?」
「君は、“全属性を無効化する存在”……つまり、敵対勢力にとって最悪の“バグ”だ」
「うわ、やっぱバグって言われた……!」
「だが、バグは時に、世界を変える」
──こうして、カグラは“最強バグ”として、魔王軍に仮入隊することになった。
「では──会議を始めようか」
魔王が静かに手を上げると、黒曜石のようなテーブルの周囲に幹部たちがずらりと座った。
一人ひとりが異様な雰囲気をまとっている。
「紹介しよう。彼らが我が軍の四天王──」
「待って、待って。まさか“そういう”やつです?」
「“そういう”やつです」
カグラの目の前に並ぶのは:
•炎のように髪を揺らす筋肉オヤジ(名前は“ヘルファイア”)
•氷のごとき冷徹美女(“グレイシャ”)
•雷とともに現れるギャグ担当(“ビリビリ丸”)
•そして──
「……えっと、君は?」
「どうも、毒と闇担当の“アマリリス”です。趣味はアロマテラピーです」
「設定が重い割に、妙に現代的なの混じってない?」
「噂では、あいつは触れた武器が全部壊れるらしい」
「いや、触れる前に勝手に壊れるんだと」
「物理法則にケンカ売ってんのかアイツ」
四天王たちはそれぞれ、カグラに対して慎重な視線を向けていた。
「コイツが……例の“絶対無効”ってやつか」
「そんな存在が味方になるとはね。世界の均衡が……崩れる」
「ん? ボクがそんなすごいの? ……いや、すごいんだな、うん」
「自覚、薄っ!!」
会議は思ったよりも和やかに──いや、バラエティ番組みたいなテンションで進んでいく。
でも、内容は意外と本気だった。
「近いうちに、“聖騎士団”が動く。王国側の切り札だ」
「我ら魔王軍の存在を危険視し、戦争の火種を撒こうとしている」
「ふむ、じゃあ俺が行って、無効化してやればいいってわけか」
「いや、そんな軽いノリで言われても……」
「でもそれ、確かに強いな」
会議の終盤、魔王が改めて言った。
「カグラ・シノノメ。君は、“力”でこの世界の不条理に抗うか、“無力”を貫いて笑い飛ばすか……」
「どちらを選んでもいい。だが、君には選ぶ力がある」
カグラは頭をかきながら──
「うーん……とりあえず焼きそばパン食べたいっす」
「腹減ってんのかよ!」
「──というわけで、カグラくんには“魔王軍研究生”としての立場を与える」
「……研究生?」
「そう、いわばバイトだ。自由度高めで、福利厚生つき」
「福利厚生!?」
カグラの目が光る。
「具体的には?」
「三食つき、寝床完備。週2休み。あとは適当に頑張ってくれ」
「えっ、めちゃくちゃホワイトじゃん」
こうして、“魔王軍バイト生活”がゆるっと始まった。
だが、当然平和なだけではなかった──
「君、今日から資料室の手伝いお願いね」
「はーい。何すれば……って、広っ!? なにこの本棚、永遠に続いてない!?」
案内された資料室は、無限に広がる本の迷宮だった。
中には、古代語、魔導式、禁呪の設計図みたいなのがずらずらと並んでいる。
「この中から“対聖騎士団用のデータ”を集めてくれ」
「無理じゃね!?」
「できると信じてる」
結局、カグラは3時間後──
「……あ、あった。“すっごく効きそうな呪文:要・生贄”。あ、これはダメか」
「いやアウトだよ!? ダメなやつ見つけるの得意かよ!」
そんなこんなで、徐々に“魔王軍の日常”になじんでいくカグラ。
「おい、そこの新人。掃除終わったらこっち手伝え」
「了解でーす」
何もかもが適当なノリで進むのに、なぜか居心地は悪くなかった。
「……あれ? なんか、ここって居心地いいな」
──だが、その瞬間。
警報が鳴り響いた。
《ピィィィィィィィ!!》
「魔王城、南方ゲートに侵入者!」
「繰り返す、南方ゲートに“聖騎士団”の斥候接近中!!」
カグラは──
「……え、いきなりクライマックス?」
魔王軍バイト、一気に現場へ突入!
「おい新人、武器は!? 防具は!?」
「えっ? 今日、雑用係って聞いてたんですけど!?」
「現場は常に戦場だ! とにかくこっち来い!」
南方ゲート前、急造の前線。
聖騎士団の斥候部隊が数十名、すでに魔法を展開しながら接近中。
対する魔王軍は、バイト・カグラを含めて……なんと12人。
「数、負けてね!? というか俺、戦闘訓練とか受けてないよ!? なんなら今まで一発も殴ってないよ!!」
「おまえ……よく今まで生きてきたな……」
そのとき、前線の一人が叫ぶ。
「来るぞ!! 光属性の弓、発射準備してる!!」
空気が震える。
光の魔力が圧縮され、矢となって放たれた――
「回避!! 回避ぃっ!!!」
カグラは──動かない。
というか、もう諦めて棒立ちだ。
「えー……また効かないでしょ、たぶん」
ズドォン!!!
光の矢が直撃した場所には、眩い閃光と爆音が走った。
砂煙が舞い上がり、全員が一瞬、目を閉じたそのとき──
「おーい、生きてる?」
ケロッとした顔のカグラが、煙の中から出てきた。
髪の毛がモサッとなって、静電気で逆立っている。
「ちょっと熱いけど……やっぱ、ノーダメっぽい?」
「……ログ解析結果、“対象未検出”」
「いやいや、そこに立ってるじゃん!」
「もしかして、観測すら拒絶してる!?」
兵士たち「「「チートだコイツ!!」」」
斥候たちは動揺し、矢の追撃をためらった。
その隙を突き、魔王軍の魔導士が一斉にカウンターを放つ。
──数分後。
「敵、撤退しました!」
「前線、無事確保!」
大団円、勝利の凱歌。
だが、その中心で──
「なぁ……バイトって、こんなハードなの?」
「……ていうか俺、これ時給出るの?」
「焼きそばパン3個までなら経費で落ちる」
「なんでパン単位なんだよ!!」
焼きそばパンを握りしめたまま、涙目のカグラがつぶやいていた。
──第5話 終わり。
読んでくれてありがとう!
ゆるゆるバグチート生活、いよいよ実戦編突入です。
本人は何もしてないのに敵が勝手に退場するって、ある意味いちばん怖い存在よね……。
次回をお楽しみください!
ではまた、第6話でお会いしましょう!