魔王軍って、入るものなの?
拒否すれば即バトル、受ければ魔王軍入り──謎ルールのスカウト試験に巻き込まれたカグラ。相手は属性盛り盛りの模擬魔将。棒立ちのまま無傷で完封するバグっぷりに、ついに「幹部候補」認定!?
「……え、何、オレ、今なんか悪いことしました?」
カグラはというと、まだ床に座り込んだまま、焼きそばパンの余韻を引きずっていた。
だが、周囲の空気はもう完全に“それどころじゃない”モードだ。
黒ローブの男は、一歩、カグラに近づく。
その背後に控える護衛兵たちは、全員が一糸乱れぬ動きで囲いを作った。
「繰り返す。君に対し、魔王軍より正式な“スカウト”が届いている」
「……は? いや、なんで俺の就職先がいきなり反逆コースなんだよ!」観客席からも「進路指導どこ行った!?」と総ツッコミが飛んだ。
「スカウト? いや、魔王軍って……そっちの人材不足どうなってんの?」
何を言ってるのか、自分でもよく分かっていないカグラ。
一方で、観客席は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
「魔王軍!? え、国家反逆!?」「なにあのスカウト、職安かよ!」
「ていうか、こんな公の場で!?」
「これ、歴史の教科書に載るやつだ……」
騎士団の教官たちは即座に魔力を展開し、警戒態勢に入る。
「名を名乗れ。貴様、何者だ!」
「私は、魔王直属・暗黒特務部隊《第七戦線》所属──“ゼファ”」
黒ローブの男──ゼファと名乗ったその人物は、静かに名乗りを上げた。
「所属名がすでに物騒すぎるんだが!?」
カグラのツッコミが入るも、ゼファは淡々と話を続けた。
「貴様のスキル──“絶対無効”。これは魔王陛下自らがご注目なされた存在だ。ゆえに我らは、誠意をもってスカウトに参上した」
「いやいやいや、“誠意”のあるスカウトって、重装兵で囲むんですか!? 完全に連行じゃん!」
だが、ゼファの顔に揺らぎはない。
「無論、断る選択肢もある。その場合──この場で“お試しバトル”を行ってもらう」
「……それ選択肢って言わないだろ」
こうして、カグラの「なんか巻き込まれ体質」ライフが、静かに幕を開けた。
「……ってことで、なんで俺が“魔王軍スカウト試験”とか受ける流れになってんの!?」
試験場の片隅。
カグラは、囲まれた簡易バリアの中でひとり、頭を抱えていた。
「いや、たしかに俺、“属性全部効く”って言われた時は落ち込んでたけどさ……」
「だからって、全属性効かないスキル発動して、魔王軍にスカウトされて……って、意味わからん!」
そんな中、ゼファは淡々と準備を進めていた。
重装備の護衛兵たちが訓練場中央に並び、何やら魔法陣を刻みはじめる。
「試験は単純だ。我が部隊の“模擬魔将”たちと戦ってもらう。それに耐えきれれば、正式なスカウトとして“保留”扱いになる」
「保留って、なんだその謎システム……」
ざわざわと周囲の観客たちが固唾をのんで見守る。
「魔将って、あの……“一人で騎士団一つ壊滅させる”とかいう……?」
「えっ、それに“試験”で戦うの!?」
「こいつ……ほんとに落ちこぼれだったのか……?」
試験官たちは騒然、王国側の教官たちは完全に頭を抱えていた。
「そもそも、国の教育機関の中で“魔王軍スカウト試験”ってなんなんだ……」
「教科書に載せられない出来事がまた一つ……」
そんな中、カグラはひとりごちる。
「……俺、焼きそばパン買いに行こうとしてただけなんだけどな」
しかしもう逃げられない雰囲気。
観客の視線、謎の緊張感、そして何より“スキルのおかげで全然ダメージ食らわない”自分。
「えーっと……とりあえず立ってりゃ勝手に敵が爆発するんじゃね?」
そう思ったその時、中央の魔法陣が輝いた。
「模擬魔将、召喚!」
バシュウゥゥンッ!!
現れたのは、漆黒の鎧を纏った巨人。
両腕には凶悪な大剣が二本。そして何故か、仮面にはピエロみたいな模様。
「……誰がデザインしたんだよそれ」
周囲が凍りつく中、カグラだけがマイペースに突っ込む。
「────カグラ・シノノメ、試験開始だ」
ゼファの合図とともに、模擬魔将が動き出す。
ギィィ……ガシャンッ!
重厚な鎧の軋む音とともに、巨体がゆっくりと前進してくる。
その両手には、見ただけで一級の冒険者が尻込みしそうな大剣が二本。
しかも、どっちにも火と雷のエフェクトが乗ってる。属性てんこ盛り。
「えっ、なんか嫌な予感するんだけど……」
カグラは軽く身構えた。──と言っても、本人は構えてるつもりだが、周りからはただの棒立ちにしか見えない。
「おい、あの落ちこぼれ……ガードも取らないでどうすんだよ……」
「ていうかあの鎧、王国軍の最新鋭試作魔将じゃね……?」
「待って、魔王軍って何出してきてんの!? 教育機関の枠、ぶち壊してるんだけど!?」
模擬魔将の両目(のような光)が赤く光る。
──そして次の瞬間。
ズドォォォォォン!!!
右手の炎剣が、地面を焦がしながらカグラめがけて振り下ろされた。
だがその瞬間、火花と煙が舞うなか──
「……うおっと、すっげぇ火力。けど……」
カグラは、相変わらず無傷でそこに立っていた。
鎧の表面だけがススで黒くなっているが、本人はケロリ。
むしろ、ちょっと暑かったかな?くらいの反応。
「次、いったーいっ!」
模擬魔将、今度は左手の雷剣でなぎ払う!
高圧の雷光がカグラの全身を包み──観客席から悲鳴が上がったその直後。
ピカッ! ビリビリビリ……パスンッ。
「──あれ? 雷、止まった?」
カグラの髪が一瞬ふわっと逆立ったあと、元通りに戻った。
「ちょっと静電気っぽかったな。あと、服がまた焦げた」
「え、何この人……本当に何……?」
「こっちがバグだよ!? ログバグってんの俺らのほうだよ!?」
観客席がザワつくなか、模擬魔将が硬直する。
──解析結果:全属性無効。状態異常、耐性判定、すべて無効化。
──戦闘継続、不能。再起動、不能。
そして──
ゴゴゴゴゴ……ッ
「……お?」
模擬魔将が、ついに自壊をはじめた。
ドッカァァァァァン!!!
大爆発。ものすごい音と煙と炎。
でも──カグラは、ぽつんと中央で無傷。ススまみれだけど、ケガひとつない。
「……うん。やっぱり、俺なんもしてないのに勝っちゃう流れじゃんコレ」
そうつぶやいて、ススを手で払う。
「ちょっと待て、ログ確認!」「……だめです、数値が∞になって止まりません!」「バグの中でも“シナリオ破壊級”です!」そんなやり取りが観客席の解析班から聞こえてきた。
ゼファがゆっくり歩み寄ってくる。
「……君、“魔王軍の幹部候補”として、正式にスカウトする価値があると判断した」
「や、待って待って待って!? 俺、魔王軍とか入りたくないんだけど!?」
「断るなら、魔王様に直接断ってもらう」
「出たーー!! めんどくさいパターンーー!!」
カグラの騒ぎ声が、試験場に響いた。
「いや俺、まだ何もしてないのに──」
「……えっ? 魔王軍?」
カグラはぽかんと口を開けたまま、目の前の黒ローブの男を見上げていた。
「はい。あなた、カグラ・シノノメさんですね」
「え、まぁ……はい」
「ご安心を。我々は敵ではありません。むしろあなたの“才能”に大変興味がありまして──」
黒ローブ男がスッと何かを取り出す。
それは──漆黒のカード。
「こちら、“魔王軍推薦状”です」
「いや、就活!?」
カグラが思わずツッコミを入れる。
「な、なにあれ!? あれが噂の“闇のスカウト”!?」
「やばいよカグラ! あれ、受けたら……マジで“闇堕ち”だよ!?」
ざわつく生徒たち。
教師たちも事態の急展開に混乱を隠せない。
「ちょ、いやいやいや!? 俺、なんもしてないよ!?」
「むしろ、なんもできてないよ!?」
「いえ、あなたは“何もせずに勝った”。
これは魔王軍でも極めて稀な──“絶対防御型”の逸材です」
黒ローブは淡々と説明を続ける。
「現在、我が軍では“超属性攻撃”に耐えうる戦力を探しておりまして。
あなたの“スキル”……非常に理想的です」
「なんか、バグ前提の戦略立てられてる気がするんだけど!?」
カグラはゆるいツッコミを入れながらも、じわじわと背筋に汗がにじんできた。
──やばい。
これ、下手に断ったら、“消される”パターンでは……?
(おれ、ただ焼きそばパン食いたかっただけなのに……)
そのとき。
「カグラは──魔王軍には渡しません!」
声が響く。凛とした少女の声。
振り向けば、そこには金髪の少女──ユイナが立っていた。
(あれ? ユナじゃなくてユイナ?)
──似てるけど、なんか違う。
カグラの頭が混乱する中、ユイナは剣を抜き、黒ローブに向かって構える。
「私たち《王立学院》の生徒は、そんな不当なスカウトを認めません!」
「……ふむ。ならば力ずくで“引き抜く”まで」
黒ローブが指を鳴らした。
──次の瞬間、空間が歪み、数体の“闇の騎士”が召喚される。
「え、ちょ、まってまって!? これって訓練場イベントだよね!? 急にボス戦!?」
生徒たちは悲鳴を上げ、教官たちは剣を抜いて駆け出す。
その中央で──カグラは、ぽつんと立っていた。
「……あれ? 今、俺の出番?」
だが、闇の騎士たちは、全員カグラを完全スルーしてユイナたちに突っ込んでいく。
「……うん、やっぱスルーだよね!? 俺、バグだから!」
カグラのツッコミが空に虚しく響いた──。
闇の騎士たちは、次々と魔法を放ちながら突撃してくる。
火、氷、雷、闇──あらゆる属性が飛び交う中、ユイナたちは懸命に迎撃していた。
「くっ……数が多い!」
「囲まれるぞ、フォーメーションBに!」
「いや、そもそもフォーメーションBって何!? 教えてもらってないんだけど!?」
生徒たちの叫びと混乱の中──
ぽつんと立つカグラ。
「……いや、俺の前は通りませんけど!?」
バチバチと魔法が飛び交う。
けれどそのすべてが、なぜかカグラの数メートル手前で不自然に逸れていく。
「おい、何か見えない壁みたいなのあるぞ!」
「ていうか、あいつだけ“システムの外”にいる感じしない!?」
「運営すら彼を認識できてないのでは!?」
──もはやネタになりかけている。
「……まぁ、いいか。暇だし屋台行ってくるわ」
と、カグラが踵を返したそのとき──
「ま、待って! 行かないでっ!!」
ユイナが悲鳴のような声をあげていた。
彼女の周囲には、既に三体の闇の騎士。
剣を振りかぶり、止めを刺そうとしている。
「──っ」
その瞬間。
「……しゃーねぇなぁ」
カグラは肩をすくめて、ぽてぽてと戻ってきた。
「どれどれ、お前らちょっとどいてもらえる?」
闇の騎士の前に立ちはだかる。
ゴゴゴゴゴ……
騎士たちの剣が、一斉にカグラを斬りつけた──
──しかし。
「……いたっ。てか、痒い?」
剣がめり込むどころか、カグラのシャツすら破れない。
剣先が“謎の力”で弾かれ、振動だけが残る。
「な、なに……!? この防御力……!?」
「バグか!? いや、バグだな! 絶対バグだコレ!」
「この世の理を、無理やり曲げてきてる……!!」
騎士たちが後退する。
その背後から、カグラがぽつりと呟いた。
「……悪いけど、屋台に寄ってる暇なくなったわ」
──彼の目に、ようやく“やる気”の火がともった。
……いや、実際には「早く帰って寝たい」というだけだったが。
カグラが一歩、前に出た。
闇の騎士たちは明らかにビビっていた。
「こ、こいつ……本当に何者なんだ……!?」
「やばい、目を合わせるだけでMP削れてる気がするんだけど……」
そのとき──
「おい、撤退しろ! こいつは……“バグ”だ!」
後方から声が飛ぶ。
黒ローブの謎の男──どうやら敵の指揮官らしい。
「うるせぇな。人をエラー扱いすんなっての」
カグラが片手を挙げて、軽く振る。
それだけで、騎士たちの鎧が「ベコッ」と凹む。
「うぎゃあああ!?」
「何もしてないのに装備が……!?」
「魔法じゃない……現象だと……ッ!?」
……もう誰も彼に手を出そうとはしなかった。
そして。
騎士たちが撤退したあと──
「……あの、ありがとう。助けてくれて」
ユイナがカグラの隣に並び、頭を下げた。
「へ? あ、いや……腹減ってただけだし。ていうか、早く屋台行かね?」
「……うん、行こっか」
──なんか、ちょっとだけ打ち解けた気がした。
だがその裏で、王都のとある研究施設では──
「……“絶対無効(Ver0.01β)”……まさか実在するとは」
「急げ。王国はこの異常値を放置できん。魔王軍より先に、彼を確保しろ」
「はい、すぐに《コード・ゼロ》を発動します」
……カグラ本人が知らないところで、世界はすでに動き始めていた。
【第3話 完】
読んでくださってありがとうございます!
魔王軍のお誘いからの、カグラまさかの“チート無双”(本人無自覚)でした。
そろそろストーリーの軸が動き出していきますが、基本は緩めでテンポ重視で行きますので、気楽に読んでやってください。
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