戦いに勝とう!
高い壁に囲まれた町の外に、徒歩で出る。それはザインにとって初めての経験で、旅の始まりの合図でもある。
とはいえ、事前情報何もなしで放り出されてるおかげで、目的地も何もあったもんじゃない。ひとまずは近くの町を目的地に定め、そこへ無事に辿り着くことを目標にする。
「それじゃあザイン!旅の重要知識、その1!武器や防具は、装備しないと意味が無いんだよ!」
「……うん、そうだね。買うだけ買って持ち運ぶ人なんている?」
「いるいる!結構いるよ!ついうっかり装備忘れちゃうってうっかりさんが!」
私が言うと、ザインはちょっとだけ意地悪そうな笑顔を浮かべた。
「君とか?」
「なばっ……!?ち、違うもん!あれは装備忘れたとかじゃっ……わ、忘れてー!」
「えー、せっかくの初対面の記憶なのに?」
「いじわるー!」
顔を真っ赤にして頭をぺちぺち叩いていると、ザインはおかしそうに笑ってから私の頭を撫でてくれた。
「あはは、ごめんごめん。でも、ほんとあれは衝撃的だったよ……」
「うん……忘れてね?」
うーん、意外といじるタイプか。でも善性は高いらしいし、不思議と不愉快な感じはなかったし、突っ込みの一種みたいなものかな。
ともかくも、私達はフィールド画面、もとい町の外を歩き出す。
街道の近くは大きな平野になっていて、風が吹く度に草の波が押し寄せる。空には程よく雲がかかり、ハイキングには最高の天気だと言えた。
なかなか長閑でいい光景だったけど、そんな雰囲気は一匹の魔物にぶち破られる。
足元の水溜りがプルンと揺れ、こちらに向かって飛び上がる。ザインは慌てて下がると、担いでいたシャベルを構えた。
「スライム!?いきなり嫌な敵だな……!」
「雑魚じゃないの?」
「いやまあ、全体で見れば……でも、核を砕かないと倒せないし、打撃はほとんど効果ないし……!」
「大丈夫、いけるいける!難しく考えないで戦ってみて!」
「他人事だと思って気楽に言ってない!?」
そんな私達の空気も読まず、スライムは再び飛びかかってきた。それを危うくシャベルで弾く。
「うわっ!?ど、どう戦えば……!?」
そっか、そもそも戦闘なんて初めてか。だったら、ここはサポート妖精のリィンさんがサポートするしかない!
「落ち着いて!防御は今のでいい感じ!広い面は盾みたいにも使えるから、攻撃はそれで弾き返して!」
「わ、わかった!」
三度、スライムが飛びかかってくるけど、ザインは危なげなくシャベルで防ぐ。
「いいよいいよー!じゃあ次は、相手の攻撃に合わせてカウンター決めよう!」
「いきなり難易度上がりすぎじゃない!?」
「相手がポーンって飛び上がったら、うっかり造成した高台を崩すみたいにシャベル打ち込めば大丈夫!」
「うっかり高台造成するってところが既に想像できないんだけど!?」
その時、スライムがジャンプの構えを見せた。
「いいから!土壁を突き崩すイメージで、上から突き下ろすイメージで!」
「や、やってみる!」
直後、スライムが跳ねた。ザインは右手で柄をしっかり握り、左手は逆手に構え直すと、体重を込めて突きかかった。
「うおおお!」
ずぶりとシャベルが突き刺さり、スライムが地面に叩き落される。多少ダメージが入ったらしく、スライムは地面でブルブル震えている。
「今がチャンス!とどめを刺そう!」
「ど、どうすれば!?」
「……掘ろう!いつもの感じで、掘っちゃえ!」
「ほ、掘る……ていうと、こうか!」
ザインは柄の部分を両手で掴み、右足を刃の部分に掛けると、そのまま軽くジャンプしてスライムに乗りかかった。
サクリと、スライムが真っ二つに削られる。核もしっかり斬られたらしく、スライムはどろりと溶けて地面に広がり、二度と動かなかった。
「か、勝てた!」
「おめでとー!初めての殺し、実績解除だよ!」
「実績!?しかも名前がなんか嫌なんだけど!?何なのそれ!?」
「初めて蚊とゴキ以外の相手を亡き者にした記念だよ!私の頭の中でトロフィー送るね!」
「……うん、君の頭の中での出来事なら、自由にやっていいよ」
しっかし、割と危なげなく戦えてたなあ。勇者っていうだけあって、才能はあるのかも。
「殺しは数が重要だから、この先も慣れるためにどんどん魔物を殺していこうね!」
「言い方、言い方!いやまあその通りではあるんだけど、せめて倒すって言わない!?」
どんな言い方をしようと、お前さんが命を奪ってるってのは変わらないんだぜ、ザインよぉ。
と、その時、足元に何かが素早く飛び出してきて、これまたザインの胸元目掛けて飛びかかって来た。
慌ててシャベルで防ぐと、ガィンと硬質な音が響いた。一体何かと思ったら、飛び出してきたのは兎。だけど、頭に鋭い角が生えていた。
「ホーンラビット!焼いて食べるとおいしいよ!」
「もう倒した後の話!?その前にどんな動きするとかの情報くれる!?」
「えっと、速いけど知能は低いから、執拗に首元狙って飛びかかってくるよ」
言い終えると同時に、ホーンラビットは下から角で突き上げるようにザインへ飛びかかる。一瞬ヒヤッとしたものの、ザインは危なげなくシャベルで弾き返す。でも動きがスライムより断然速く、隙が見つからない。
「くっ……どうしよ!?どうしたらいい!?」
「えっとね、蹴り上げちゃえ!武器しか使っちゃいけないなんて法律はないよ!」
「そ、そうか!なら……ええい!」
飛びかかってくるタイミングに合わせ、ザインは思いきり右足を振り上げた。それはホーンラビットのお腹にクリティカルヒットし、『ピィ!』と短い悲鳴を上げて吹き飛んだ。
「落ちたところで、掘る!えぇーい!」
スライムでコツを掴んだようで、ホーンラビットが地面に落ちるのと同じタイミングで、ザインはシャベルに足をかけてホーンラビットに乗りかかった。
それは狙い違わず……いや、違えちゃったのかな?とにかく見事に首に命中し……そんなところにシャベルで乗ったら、まあ当然そうなるわけで。
「……うぇ、おろろろろ……!」
戦闘が終わってすぐ、ザインは少し離れた所で吐き始めた。まあ、うん、グロいもんね。顔も体も数秒は動く辺りが特に。
「お疲れ様、ザイン。じゃあ次は、倒したホーンラビットの皮を剥いで内臓を……」
「ご、ごめんちょっと待って……ちょっと、ほんと……ヴォロロロロロ……」
どうやら思ったよりダメージは大きいようだ。うーん、優しいからこその反応かなあ。でもきっと、いつかは慣れるんだろうな。
ひとまず、ホーンラビットの解体は私がやることにして、ザインにはゆっくり休んでもらう。考えてみれば、体温のある生き物を殺したのは初めてだろうし、やっぱり色々来るものがあるんだろう。
回復は意外と早く、二分もするとザインは落ち着いたようだった。
「ふぅ……リィン、ごめんね。みっともないところ見せちゃって」
「ん、いいよー。むしろ『もっと殺そうぜヒャッハー!』とか言われたらドン引きだったし」
「うん、まあ、そういう人もいるかもしれないけど、僕には無理かな。今のところ、慣れる気がしないよ……」
「それでも慣れていくんだよ、人は……」
「変に実感籠ってない?」
まあねえ。足が動かないのも、左手親指が無いのも、結局は慣れてたしねえ。まあ、死んだのは左手親指が無くて踏ん張れなかったからなんだけどさ。
「ま、そんなことよりさ、さっきのホーンラビット解体したけど、食べる?」
私が尋ねると、ザインの顔色がサッと青ざめた。
「い、いや、それはちょっと……」
「自分で狩った獲物って美味しくない?」
「自分で作った料理なんかはそうだけど、獲物は……ちょっと、さっきのが……あ、ごめ……うええぇぇ……!」
ダメだ、トラウマってる!ホーンラビットの話題はしばらく出せないねこれは!
結局、この日はそれ以上戦うこともできず、進むこともできそうにないため、私達は早々に王都へと引き上げたのだった。
今日の成果=王都から数百メートル離れた!
……先が思いやられるね!