装備を整えよう!
衝撃の夜から一夜。いやもちろん、名前付けてもらった方の衝撃であって、決して少年妖精のことじゃありませんよ?
とにかく朝になって、私達はいよいよ冒険に向かう……前に、色々と準備をした。
何よりまず最初にやったことは、私の服。とりあえずハンカチをバスタオルみたいに巻いてたけど、さすがにそのままってわけにいかないし、羽を出すために穴ぶち開けちゃったし。
そんなわけで、ちょっと早起きしてお裁縫。私みたいに優秀なサポート妖精ともなれば、服くらい自分で作れちゃうのだ、ふふん。
で、憧れの制服風セットを作ったところ『スカート短すぎて目のやり場に……あと下着!下着履いて!』と言われたので、しょうがないから下着も作って……忘れてたわけじゃないですよ?痴女でもないですよ?
とにかくワンピースに仕立て直したら『飛ぶんだからスカートやめて!?僕すごく目のやり場に困る!』という評価。エロガキめ、急に色気づきやがって。
じゃあということでレオタード風。『ぴっちりしすぎて、何だか裸よりエッチ……』と食い入るように見つめられたので私がギブ。性的な目で見られるって、なんかすっごく恥ずかしいのね。知らなかった。
もうこれでよかんべと、貫頭衣にもんぺみたいなズボンを履くようにしたら、ようやくオッケーが出た。やれやれだ。もうお昼ですよお兄さん。
休憩2時間銅貨40枚、延長30分につき銅貨10枚、などということもなく、普通に宿を出る。まあ払うのは国だし、延長料金あったって私達の懐は痛まないんだけどね。
まずは勇者こと、ザインの装備。何はともあれ、装備がなくっちゃ始まらない。
「でも、その、僕戦ったことなんかないんだけど……どうすればいいのかな?」
当のザインは、不安げに私に聞いてくる。ふっふん、早速サポート妖精の力の見せ所ね!
「『戦う』選んでれば楽勝だから、ドーンと構えてて!」
「た、戦うを選ぶ……?ちょっと何言ってるのかわからないけど、本当に任せて大丈夫?」
失礼な、大丈夫に決まってるのに。どこに不安要素があるというのか。あ、もしやザインって魔法使いタイプ?それだと毒針持って戦う連打だな。
まあともかく、私達は武具屋に来ると、まず武器のコーナーに向かった。
「じゃあザイン、この中で使えそうな物ってある?」
周囲には色んな剣、槍、鈍器など、不穏な物が目白押し。人でも殺しに行くのかってくらい物騒な物しか置いてない。
「う、うぅ~ん……棒とか、斧なら一応は……?」
「じゃあいらないね」
「えっ?」
「んじゃこっちこっち!防具の方見ようよ!」
防具コーナーは防具コーナーで、鎧、盾、兜、手袋、脛当て……と色々置いてある。人をロボットにでも改造する気かね?
その時、店主がこっちを見て二カッと笑った。
「おう、いらっしゃい!お前、勇者って奴の一人か?」
「え?あ、お邪魔してます。そうです、昨日勇者って言われまして、装備を見に来ました」
ザインはちょこんと頭を下げて挨拶する。ちなみに、私はまた姿を隠しているので、店主には見えていない。
でも勇者は一度妖精を視認すると、その後は姿を消していても見えるし聞こえる状態になるらしく、私とザインの間には何の障害もない。だから恋は燃え上がらない。元々恋してないけど。
ただ、まあ、気を付けないと怪しい人一直線になるので、勇者の人達は声の音量には気を付ける必要がある。
「そうか、若いのに大変だなあ。どうだ、気になる装備はあったか?何なら試着しても構わねえぜ」
「あ、えっと~……」
ザインが助けを求めるように私を見てきたので、優秀なサポート妖精である私は革の全身鎧を試着してみるよう勧めた。
「これ、試していいですか?」
「おう、いいぜ!試着室はそっちだ!」
「ありがとうございます」
試着室に入ると、ザインはふう、と息をついた。
「急に話しかけられるとびっくりするね」
「実入りの良いお客様を逃がすわけにいかないから、店主も必死だよね」
「君は相変わらず目の付け所が違うよね」
褒められちゃった。えへへ、嬉しい。なんか視線は冷たかった気がするけど、気のせいだよね。
「とりあえず、試しにそれ着てみて。重さとかの確認」
「あ、ちゃんとした理由はあったんだね。えっと、これどうやって……?」
もちろん、鎧なんか着たことがないザインはめっちゃくちゃに手間取った。私が手伝ってもなお着られず、しまいには店主を呼んで着るのを手伝ってもらったくらいだ。
結果、着辛い、重い、暑いといいとこなし。しかもお値段銀貨6枚とお高かったので、当然買わない。
「ま、そんなもんだよねえ。えっとね、じゃああれとこれとそれと……うん、その三つでいいと思う」
「な、なんか弱そうだけど、本当にいいの?」
「丈夫だけどくっそ重いんじゃ、町から出た瞬間野垂れ死に確定でしょ?まずは軽いのから慣らしていこう!」
「……ちゃんと考えてるんだ、正直意外」
「張っ倒すよ?」
小型のブレストプレート、バックラー、布と革の合成帽子。お値段しめて銀貨3枚。うん、なかなかいい買い物だった。
ブレストプレートは服の上から着けられるし、帽子は被るだけでとても簡単。簡単に着脱できるっていうのも、重要なポイントだよね。
「それで、バックラーを持って……」
「あ、それは後で。じゃあ武器買いに行こ!」
「え?武器買わないんじゃ……?」
「あそこではね。でもちゃんと買うから、行くよー!」
そして、次に向かったのは生活雑貨の店。ここに一体何があるのかと、ザインは首を傾げた。
「じゃ、良いシャベル探してみて!」
「しゃべる?……シャベル?」
「そうだよ!シャベルだったら、庭でも使ってたでしょ?」
私が言うと、ザインは信じられないものを見るような目で私を見た。
「いやいやいや、武器だよね!?シャベルを武器にするの!?」
私はお返しに、信じられないものを見るような目でザインを見た。
「しないの!?あの近接最強武器のシャベルだよ!?」
私の言葉に、ザインは目を真ん丸に見開いた。
「え……さ、最強?」
「そうだよ!突いてよし、殴ってよし、斬ってよし!咄嗟の遭遇戦では、ナイフよりよっぽど強い武器だったんだよ!」
「シャベル……が?」
「斧のように斬ることもできる!平たい部分で殴れば殴打もできる!もちろん突きは言わずもがな!おまけに丈夫で手入れ要らず!町中で持ってても違和感ないから、暗殺にだって使えるよ!」
「暗殺に使う予定はないけど……う、うーん、そう言われるといい物に見えてきた……」
「そんな簡単に信じて大丈夫?将来悪い大人に騙されない?」
「いや、君が熱弁するからでしょ!?しかもサポートしてくれるんだよね、僕の!?君の言う事っていちいち疑わなきゃダメなの!?」
「わ……私の言う事、ぐすっ……信じて、くれないの……?」
「なぜ泣くの!?泣きたいの僕の方だよ!?君本当に僕のサポートしてくれるつもりある!?」
「あるある、大有り。じゃ、とにかく馴染むシャベル探してみて!」
「……疲れる」
とりあえずザインは突っ込みが結構得意っぽい。まだ若干の遠慮は感じるけど、既にかつてのお姉ちゃんよりキレはいい気がする。あんまり覚えてないけど。
ザインは大真面目にシャベルを手に取り、一つ一つの感触を確かめ、10分ほどでこれという一品を選んだ。お値段は銅貨40枚。
「……見た目的に若干違和感があるかな」
「そうでもないよ。全然いけるいける!」
服の上にブレストプレートを付け、丈夫そうな帽子を被り、バックラーを背中に吊るして、肩にはシャベル。
うん、前線工兵と考えれば全然いける。本当は勇者だけど。
「で、なんでバックラーは背中なの?」
「ブレストプレートって胸しか守れないでしょ?背当てがある奴は銀貨数枚分値段上がるし、その分重いし。でもこれなら、銀貨1枚で十分背中を守れるよ!」
「お母さんみたいな節約術だね」
呆れたように溜め息をついてから、ザインは改めて自分の全身を見回す。
「ところでさ、これって銀貨5枚に十分納まってたけど……増額の意味は?」
「え?別にないけど」
「無い!?あれだけとんでもない事して、別に無い!?」
「とんでもない事って言っても、所詮ブラフだし」
「何も知らないのに、知ってるみたいに騙したの!?国王様を!?もっと問題じゃない!?」
「でも、お金はあって困るものじゃないし、増額できるならした方がお得だよね?食料だってただじゃないし、毛布とかマントとか、そういうのもいるよね?」
「……今思いついた理由じゃないよね?」
「……」
「僕の顔見てもらえる?」
でも、まあ、実際お金はあった方がいいのは事実なので、何とか納得してもらった。なんかいけそうな気がしたからやった、なんて言ったら、またお尻ぶっ叩かれそうだし。
とにかく、装備はこれで揃った。これでついに、冒険に出られる!
「いよいよだね、ザイン!気分はどう?」
「緊張で吐きそう……」
締まらねえ男だなぁおい!
でもまあ、逆の立場だったら私もそうなるかもしれない。まだ15歳の少年だし、あまり辛く当たるのはやめよう。
「大丈夫!私がしっかりサポートするから、大船に乗った気持ちでいて!」
「大船で大波に揺られてる気持ちだよ……でも、頼りにしてるね、リィン」
「……えへへー」
名前を呼んでもらえると、やっぱりちょっと嬉しい。くねくねしてる私を見て若干緊張がほぐれたのか、ザインは小さく笑うと、いよいよ城下町の外へと歩き出すのだった。
その晩、王城の大浴場にて。
「えっさっほいっさ!えっさっほいっさ!」
国王は使用人を全て遠ざけた上で、趣味の裸踊りを満喫していた。顔は真剣そのもので、色々なものを丸出しにした老人が激しく踊り狂う姿は、見る者の正気度を激しく奪うものである。
全身汗だくになるまで続けたあと、国王は全身を流し、一息つく。
「……あの妖精、これを知っていたのか、それともただのブラフか……いずれにしろ、只者ではないな」
そう独り言ち、国王はベルを鳴らして入浴の終了を告げるのだった。