名前をもらおう!
宿屋に着くと、そこには他の勇者達も泊まっていた。ていうか宿全部勇者で埋まってた。アリの巣かここは。
私達の部屋……というか、ザインの部屋は三階。こんなに高い建物は町に無かったので、ザインのテンションは爆上がりしている。何とかと煙は高い所が好きって言うけど、まあこの年代の男の子なんて馬鹿ばっかりだししょうがないね。
ついでに私も一緒にわいわい楽しんだ後、夕食の時間ということで一階の食堂に向かう。すると他の勇者達も来ており、見ず知らずの勇者と相席になり、最初こそみんなやりにくそうにしていたものの、ご飯を食べ始めると急速に打ち解けていく。やっぱり、同じ釜の飯を食うって有効なのかな。
私達と一緒にいるのは、太っちょ勇者と縦ロール勇者とマッシュルーム勇者。昼間私が見てた奴等だ。何たる偶然。
「それにしてもさ、こんなに勇者がいるなんて思わなかったね。僕びっくりしちゃったよ」
ザインが言うと、縦ロール勇者が答える。
「あたしも、あたし以外にこんなにいるのは意外だったわ。もっと特別なものだと思ってた」
「いやー特別だよ。こんなにうめえもん、ただで食えるんだから」
お察しの通り、今の台詞は太っちょ勇者。こいつずっと食ってんな。ていうか、食べながらなのにはっきり発音できるってどういう技能?地味にすごいんだけど。
「わたくしの見立てでは、それだけ魔王が強大なのかと。これほどの勇者を用意しなければ、勝てないということでしょう」
マッシュルームは意外に理知的な喋り方をする。なんか鼻に付くな、背中を蹴っ飛ばしたくなる。
そんな感じで勇者達は勇者達で盛り上がりつつ、私達、つまりサポート妖精も一緒に盛り上がっていた。
「痴女だ」
「ああ、痴女か」
「痴女ね」
「みんなそれひどくないかなぁ!?私だって好き好んで裸だったわけじゃないってば!」
なんかもう、私すっかり痴女扱いなんだけど。納得いかぬ。
「ま、おかげでいいもの見せてもらえたし、僕は君のこと嫌いじゃないよ」
「いいものって何よ、いいものって!?やめて!忘れて!忘れさせてやろうか!?」
「普通にそんだけ恥ずかしがるのに、なんで服の存在を忘れることができるのか、私はそっちが知りたいわ」
「そういうものだと思ってたの!だってもう、裸で生まれて、その時には何でもできたじゃん!?だから動物みたいに、服着ないのかって……!」
「人間だって生まれた時は裸だけど、すぐに服着るぞ。あと『だから』が一体どこにかかってるのか謎だ」
「むきー!いいじゃんいいじゃん!ちょっとした微笑ましい失敗でしょ!?いちいち蒸し返さないで!忘れて!お願いだから!」
「何一つ微笑ましくないと思うよ」
なんでこうみんな私の裸について話したがるのかな!?みんな忘れてしまえばいいのにね!?
と、そこで私はふと別の事が気になり、みんなに聞くことにした。
「ところで話変わるけど、勇者達って男3女1じゃん?」
「えっらい変わったね。うん、それで?」
「でもさ、私達って男女半々じゃん?これってなんで?」
私の言葉に、サポート妖精ズのみならず、勇者達も首を傾げた。
「……そういえばなんでだろ?ちょっとみんな、自分の勇者のとこに集合ー」
縦ロールの号令で、私達はそれぞれの勇者の元に戻る。結果、私はいいとして無骨な感じの男妖精は縦ロール。少年っぽいのは太っちょ。気の強い女妖精はマッシュルームのところにいた。
「太っちょだけ同性なんだね。でも、他の勇者見ても、ほとんど異性の妖精みたいだけど?」
「あー、ちょっと待ってね。今調べてみる」
そう言うと、マッシュルームの妖精は目を閉じた。しばらくして目を開けると、小さな溜め息をつく。
「ん、情報出てなかった。まあ、異性になりやすいだけで無作為に選ばれてるのかもね」
その言葉に、私は驚いて聞き返す。
「え、『情報出てなかった』って……?」
「まさか、知らないわけじゃないでしょ?神様から、色々情報受け取れるじゃない?その中に無いか見たんだけど、なかったってこと」
いや、そうじゃない。もちろんそれは知ってるけど。
「そっか、じゃあ調べようもないね。気にしなければいいか」
いやいやいや、まさかみんなそういう認識?マジでそれでいいつもりなの?
私は思わず手を上げた。周りのみんなは、一体何をしているんだというような目で私を見ている。
「じゃあ、私聞いてくる!ちょっと待ってて!」
「え、聞いてくるって何を……?」
私は神様から貰える情報へのパスを繋ぎ、色々な情報へとアクセス可能にした。どうやら、みんなここで検索を終えてるみたいだけど、私はそんな甘っちょろい事はしない。
情報が来る場所を探し、意識を集中。そこからアクセス経路を探し出し、そこを辿っていく。途中で外敵を排除するような……パソコンのファイヤウォール的な物もあるけど、それをきっちり迂回しつつさらに上へと向かう。
そして、目的の場所を見つけると、私は躊躇いなくそこに飛び込む。
「やっほー神様!元気してる!?」
『貴方は本当に遠慮というものがありませんね。まあ言っても無駄でしょうから、用件を聞きますよ』
神様から情報が来るってことは、そこを遡れば神様に辿り着ける。こんな簡単なことなんだけど、なんで誰もやろうとしないのやら。
「ありがとね。えっと、サポート妖精ってどんな基準で憑いてるの?異性が多いっぽいけど、同性のもいるからさぁ」
『それは性的嗜好に合わせているからです。かつては同性の妖精を付けたこともありますが、旅のストレスは性的対象として見られる相手がいた方が少なかったのです』
「へー、そうなんだ……ん、んん!?」
そ、それってつまり、あの太っちょ勇者って……あの少年妖精、知ってるのかな……?
「あ、ありがとうございましたー……じゃあ、私戻るね」
『しかし、何でも聞いてしまっては、想像の余地もなく楽しめないのではありませんか?』
「そんなことないよ。むしろゲームの攻略本に書いてある裏話とか、それを踏まえた上でやると楽しいタイプだったし」
『そうですか、まあいいでしょう。ここは神の領域なので、気軽に来るのは自重していただきたいものです』
「前向きに検討する!それじゃ、またね!」
去り際『自重する気なしですか』と聞こえた気がしたけど、まあ前向きには検討するよ!検討はね!
来た経路を辿り、情報倉庫に戻り、そして元の世界に戻る。目を開けると、みんなが私を見つめていた。
「お、帰って来た?何やってたの?」
「えっと、神様に直接聞いて来たんだけど」
「あっはは、またまたぁ~。そんなこと出来るわけないでしょ」
縦ロールが馬鹿にしたように笑う。なんだこいつ、寝てる間に横ロールにするぞ?
「で、どういう基準かって分かった?」
他ならぬ少年妖精に聞かれ、私は一瞬……本当に一瞬だけ悩んだけど、みんなには知る権利があると思い、話すことにした。決して、私の裸ネタから離れてもらいたかったからではない。
「えっとね、性的嗜好の関係だって。その方が、旅の途中のストレス少ないんだって」
「へー性的……えっ!?」
うちのテーブルの時が止まり、隣のテーブルの時が止まり、やがて食堂の時が止まる。
勇者達は自分の妖精を見つめ、別の妖精を見つめ、同性の妖精を連れている勇者を見つめる。
「……あ、あの……まさか、僕のことって、そう、いう、目……で……?」
少年妖精が、真っ青な顔で恐る恐る尋ねると、太っちょ勇者は返事の代わりに、頬を赤く染めた。
「……知りたく……なかったぁ……!」
可哀想に、少年妖精はさめざめと泣き始めてしまった。その姿がそそるのか、太っちょ勇者は慈愛に満ちた目で彼を見つめている。
うん、まあ、愛の形はそれぞれだし、少年妖精も太っちょ勇者を好きになることあるかもしれないしね!私悪くないね!
「そ、それより君は……って、そういえば名前はあるの?」
ふと、ザインがそんなことを言いだした。
「そりゃあるよ。私は……」
言いかけて、言葉に詰まった。
私、名前何だっけ?この世界の名前は……ない。誰にもつけてもらってないし。じゃあ前世での名前はって考えるけど……ダメだ、全然思い出せない。もう15年も前だし、仕方ないね!
「……ごめん忘れた」
「名前忘れるってある!?」
「しょうがないでしょー!15年間も名前呼ばれなかったんだから!だからさ、勇者様に付けてほしいな」
私が言うと、ザインは目を真ん丸にした。
「え、ぼ、僕が?」
「そうだよ?他の人に付けてもらうよりは、相棒になる勇者に付けてもらった方が良いなって思ったんだけど、ダメ?」
ザインはぶんぶんと首を振った。
「だ、ダメじゃないよ!なら、えっと……君は……」
ザインは本気で考えてくれているらしく、頭を抱えてぶつぶつ言っていた。やがて、『良い事考えた』みたいな表情で顔を上げると、私の顔をまっすぐ見つめてきた。
「リィン。君の名前は『リィン』でどうかな?」
リィン。ベルの音か。ウェイトレスとかメイド的な。なるほど、そういう名付け基準か。
「呼べば来るって意味ね?」
「いや違うよ!?どこをどうやってそう解釈したの!?ただ、君の緑の髪と目がきれいで、そこが一番印象深かったから……そこから取ったんだけど、どうかな?」
あ、グ『リーン』からの『リィン』か。なるほど安直。
でも……ちょっと顔がにやけるのが止められそうにない。そっかー、私の髪と目がきれいかー、えへへへ。
「ん……ありがと。いいよ、それで」
「あとね、僕の名前はザイン。よろしくね、リィン」
「うん!よろしく、ザイン!」
知ってるけど、やっぱり名前教えてもらえるってなんかいいな。
私達がニマニマしながら名前で呼び合っていると、マッシュルームの妖精が口を開いた。
「ねえ、私にもなんか名前付けてよ」
「え?君はエルマって名前じゃ……?」
「忘れた忘れた!忘れたから名前付けてー!」
「あ~……俺にも、『ゼル』以外に良い名前ないか?」
「ゼルでいいじゃない、かっこいい名前なんだから」
「そ、そうか。じゃあそのままでいいな」
かくして、その日食堂にいたサポート妖精達は揃って若年性痴呆を発症し、自分の勇者に新しく名前を付け直してもらうことが流行した。
何だかんだ、サポート妖精はほぼみんな自分の勇者のことが好きなんだなあと実感した瞬間だった。
……ちなみに、太っちょ勇者の少年妖精は、名前付け直してもらってはいなかった。彼には強く生きてほしい。