第6話 リリアの挑戦と、村の宴
朝、石畳の道に柔らかな陽が差し込む頃。
鷹也はキッチン代わりの屋外の作業台を片付けながら、ふと背後に気配を感じた。
「……おはよう、タカヤ」
振り向くと、そこにいたのはリリアだった。
胸元にエプロンをかけ、少し緊張したような面持ち。両手には野菜と草を入れた木の籠。
「ちょっと……お願いがあるの」
「なんだ?」
「……今日、私にも料理をさせてほしい」
しばし沈黙が流れる。
鷹也は目を細め、口元に微かな笑みを浮かべた。
「よし。なら今日はお前が“シェフ”だ」
リリアは一瞬、目を丸くしたが、すぐにまっすぐに頷いた。
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料理場に立ったリリアの手は少し震えていた。
彼女が取り出したのは、数日前に鷹也が教えたばかりの野菜――根菜のピュルナ、苦味のあるソーヴ草、そして卵ほどの大きさのマルゴ実。
「今日は、野菜の蒸し焼きを作るの。味つけは……この“塩”と、“香草のオイル”」
火の温度、野菜の火の通り、香りの立ち方……
すべてが初めての感覚だ。けれど、鷹也に言われた言葉を思い出す。
「迷ったときは、“美味しく食べてほしい人”を思い浮かべろ」
リリアの脳裏に、鷹也が黒胡椒をふりかけていた姿が浮かぶ。
堂々としていて、でも優しくて、何よりも“料理”を大切にしている姿――
やがて、香ばしい匂いが立ち昇り、野菜が甘く色づく。
鷹也がそっと近づき、火加減を確認してうなずいた。
「悪くない。あとは最後の一手だ」
リリアは迷った末に、摘んできたばかりの酸味のある木の実を一粒だけ、すりつぶして加えた。
「“自分の味”って、こういうこと……だよね?」
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その夜、村では久しぶりの“宴”が開かれた。
旅の商人が残していった食材と、鷹也とリリアが用意した料理がテーブルに並ぶ。
「今日はなんのお祝いなんだ?」
「なんだっていいじゃねぇか。食って、笑えばそれが祝いだよ!」
村人たちの笑顔の中で、リリアが自分の作った蒸し焼きを差し出す。
「これ……私が作ったの。もしよかったら、食べてみて……」
躊躇いがちに出された皿を、一人の老婆が口に運んだ。
「……ほぉ。優しい味じゃのう。ほら、子供達にも食わせてやんな」
「おいしい!」「なんか、元気出る味だ!」
リリアの頬が、ほんのり赤く染まる。
「……やった」
鷹也はその様子を見て、静かに息を吐いた。
「……これでいい。まずは一歩目だ」
夜空の下、焚き火がぱちぱちと燃え続けていた。
その炎は、まるでこの村の中心に灯る“料理の火”のようだった。