第4話 リリアと、色を取り戻す村(後編)
その日を境に、村は少しずつ変わっていった。
朝には鷹也の鍋から香ばしい匂いが立ちのぼり、昼には子どもたちが野草を集め、夕暮れには誰かが「味見してみて」と料理を差し出す。
今まで“ただ食べるだけ”だった食事が、少しずつ“楽しむ時間”へと変わっていた。
「タカヤさん、昨日のスープ……また食べられますか?」
「この葉っぱ、これも煮込みに使えるの?」
「ほら、昨日リリアが作ったやつ! あれ、うちの子も好きだったんだよ」
最初は遠巻きに見ていた大人たちも、少しずつ口を開き、鷹也のもとへ材料を持ち寄るようになっていた。
(……世界が、“味”を知りはじめている)
鷹也は鍋をかき回しながら、静かに実感していた。
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「はい、次。これを指三本で持って、こう――。指の間に空間を作って、空気を逃がす」
「う、うん……こ、こう?」
「そう、それで包丁は絶対にまっすぐ下ろせ。斜めになったら厚さがバラバラになる」
夕暮れの厨房。
リリアが今日も、根菜のスライスに挑んでいた。
緊張の面持ちで包丁を下ろす。ときおり指先を気にして止まる。
「……ねえタカヤ。どうして料理人になったの?
手を止めて、リリアがぽつりと尋ねた。
鷹也は少し驚いたように目を見開き、それから小さく笑った。
「……家が貧乏だった。毎日、残飯みたいな飯ばかりでな」
「でもある日、親父が買ってきた安い鶏肉を焼いたら、妹が『おいしい!』って泣いて笑ったんだよ。それが始まりだった」
「料理って……ただの食べ物じゃない。誰かを笑わせる“力”があるって、あのとき思った」
リリアは包丁を置いて、静かに頷いた。
「……それ、わかる気がする。昨日、村のおばあちゃんがスープ飲んで笑ったとき、わたし……泣きそうになったもん」
ふと沈黙が流れる。
それは悲しさではなく、言葉にできない喜びのような静けさだった。
「……よし、今日はそれくらいにしとこうか」
「えっ、もう? まだ練習したいよ」
「包丁は無理に握るもんじゃねぇ。明日、またやろう」
鷹也が微笑むと、リリアも肩の力を抜いたように笑った。
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その夜、村の真ん中に立つリリアの家では、二人きりの小さな夕食が始まっていた。
献立は、野菜と干し肉のスープに、香草を混ぜた石窯パン。
リリアが仕上げを担当した、自作の“初めての一皿”だ。
「……なあ、リリア」
鷹也がパンをちぎりながら言った。
「お前の味覚と手の感覚、かなりいい線いってる。真面目な話……このまま鍛えれば、“料理人”として通用するかもしれない」
リリアは目を見開き、それから頬を赤く染めて、ゆっくりと答えた。
「……わたし、もっと知りたい。もっと、食べてもらいたい。お腹じゃなくて……心が満たされる、そんな料理を」
小さな部屋に、温かな湯気と、静かな決意が満ちていた。
最初なら長くて前後編になってしまいました。
次からは1話ずつになる予定です。