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第31話 新たな刃

「料理大会に出るとなれば……そろそろ、自分専用の包丁を持ってもいい頃じゃないか?」


 朝の厨房での仕込み中、ふとした合間に料理長バルドが鷹也へ声をかけてきた。


「これまでは厨房にある包丁で十分だったろうが、大会の場では自分の手に馴染んだ道具が必要になる」


「……そうですね」


 鷹也は手を止めて、小さく頷いた。辺境の村ではリリアの家にあった包丁を使っていたし、王宮に来てからも、辞めた料理人が置いていった包丁を拝借してきた。不自由はしていなかったが、本当は元の世界の時のように、自分に合った一本が欲しいと思っていた。

 


「この世界に来てから、あまり余裕がなかったけど……そろそろ買ってもいいかもな」


――――――――――――――――――――――


 その日の午後――。


 王都の鍛冶屋が並ぶ道を、鷹也とリリアは並んで歩いていた。陽射しは強くないが、石畳に反射する光が街を明るく照らしている。


「いよいよ決心したんだね」


「あぁ。料理長に言われて、背中押された気がした。大会のためにも、自分の包丁を持っておきたいって思ったからな」


 歩きながら、鷹也は静かに笑った。その表情に、リリアも安心したように微笑みを返す。


 目指すは、王都でも評判の高い「ザック鍛冶工房」。

 厨房用の道具にも力を入れている老舗で、王宮の料理人たちもここで包丁を手に入れているという。


 工房の扉をくぐると、鉄と火の匂い、そして鋭く澄んだ刃物の気配が二人を包み込んだ。


 カン、カン――と金属を叩く音が奥から聞こえてくる。


「いらっしゃい。今日はどういうご用件かな?」


 現れたのは、無骨で年季の入った職人風の男。白髪混じりの髪に眼光鋭く、見るからにベテランという風格だ。


 鷹也は軽く頭を下げる。


「料理大会に出ることになりまして、自分の包丁を探しています」


「ほう……あんたが例の“異端の料理人”か。話には聞いとる。好きに見ていっとくれ」


「ありがとうございます。見させていただきます」


 そう礼を言って、包丁の置かれている方へと歩を進める。

 一本手に取っては戻し、また一本手に取っては戻し……。

 そうやってじっくりと吟味していく。


 どのくらいの時間が経っただろうか。

 最初は色々な道具を見ていたリリアも、だんだんと心配になってきた。


「どう?タカヤ」


「うーん……。良いのはあるんだけど、どうにも手にしっくりこない……」

 

 鷹也が悩んでいると、背後から声がかかる。

 

「どうやら、そこにはお眼鏡に適うものは無かったようじゃな。それなら……こいつはどうかな」


 老人はそう言って、奥の棚から一本の包丁を取り出した。


 滑らかな黒鉄の刃に、わずかに青味がかった光。柄の部分には王都の高級木材が使われており、握った瞬間にしっくりと手になじむ。


「これは……」


「“蒼鋼そうこう”の鍛造品さ。切れ味は鋭く、重さもバランスも一流。ただし、扱うには技術が要る。そいつを選ぶかどうかは、あんた次第だ」


 鷹也は無言で包丁を手に取り、刃の感触を確かめるように、指先でそっと撫でた。


(いい……これは、使える)


 胸の内に、静かな高揚が湧き上がる。


「これにします。……お願いします」


 そう言った彼の声に、迷いはなかった。


 リリアがそっと隣で笑う。


「良かったね。きっと、その包丁も喜んでるよ」


 鷹也は頷き、新たな相棒をしっかりと握りしめた。


 その刃に宿る決意が、近づく大会の舞台を切り拓いていくのだった。


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