第2話 灰色の食卓と、拾われた男(後編)
数分後、部屋中に漂ったのは香ばしい、食欲を刺激する音と香り。
それはリリアが、いやこの村に住む人々が、生まれて初めて嗅ぐ“命の匂い”だった。
干し肉は細かく裂き、油でじっくり炒めてから、根菜と一緒に煮込んでいく。
香草を加えるタイミングは、湯気が甘く変わるその一瞬。
「ただ火を通せばいいってもんじゃないんだよ……」
鍋の中で、素材が“料理”へと変わっていく様子に、鷹也はゾクゾクしていた。
道具は貧弱。食材は未知。火加減すらままならない。
だが、それこそが料理人の腕の見せ所だった。
「……できた」
鍋の中には、黄金色のスープと、柔らかく煮込まれた野菜と肉。
「異世界風ポトフ」とでも呼ぶべきそれを、木の椀に盛っていく。
「さあ、食ってみろ」
差し出された椀を、リリアはそっと手に取った。
恐る恐る、一口。
……。
「……なに、これ……なに、これっ……!」
涙がぽろぽろと、リリアの頬を伝った。
「……あったかい……やさしい味が、する……」
その反応に、鷹也も思わず口元を緩めた。
「そいつは“料理”だ。人の心を、満たすもんさ」
木のドアがきぃと開く音。
馴染みのない匂いにつられてやってきた村人たちが、ひとり、またひとりと鍋の周りに集まってきた。
「この匂いは……なんだ……?」
「夢みたいな香りだ……」
椀を手にした老婆が、ふるえる指でスープをすすり、目を閉じる。
「こんな……温かいもの……わたしゃ、生まれてこのかた食べたことがないよ……」
その場の誰もが、無言で、ただひたすらに、食べていた。
涙をこぼしながら、笑いながら。
初めて“心”を満たされたという表情で。
――鷹也の料理が、この異世界に、確かに“生きた”。
「……料理で、この世界を変えてやる。きっとできる」
ペティナイフを握り締め、鷹也は決意した。
それは、かつて厨房で交わした弟子との会話を思い出したからだ。
『シェフ、世界一の料理人って、なんだと思います?』
『そうだな。世界を“美味い”で黙らせたら、それが一番だろ』
その“世界”が異世界になったところで、やることは変わらない。
美味い料理をつくるだけだ。
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その夜、村では珍しく小さな宴が開かれた。
笑い声があふれ、誰もが食事を囲んだ。
その中心にいたのは、森で拾われた“料理人”――天野鷹也だった。
そして彼の中には、もう一つの確信が生まれていた。
(この世界には、“味”がない。いや――“料理”が存在していない)
ならば、自分が“最初の一人”になればいい。
この世界に、「美味しい」を教える者に――。