第1話 灰色の食卓と、拾われた男(前編)
初投稿です。
20話くらいまでは毎日更新しますが、その後はのんびりまったりやっていきますので、よろしければお付き合いください。
ステンレスの厨房に、緊張感が満ちていた。
肉の焼かれる音、ソースが煮詰まる香り、命を宿すように仕上げられる料理たち。
「コンソメを濾し直せ。少しでも濁ってたら料理が死ぬぞ」
冷静で鋭い声が響く。
天野鷹也、三つ星レストラン「CLARTE」の総料理長。
料理の鬼。才能の化け物。だが、誰よりも真摯に「食」と向き合い、極限まで味を追求し続けた男だ。
「料理ってのはな、魔法と同じだ。口に入れた瞬間、人の心を動かせる」
その日は、海外メディアが取材に訪れていた。
目的は鷹也のスペシャリテ「黒トリュフと鴨のコンソメ・エスプーマ仕立て」。
彼が生涯をかけて完成させた一皿だった。
だが――
「シェフ、厨房の配電盤が……!」「火花が――っ!」
突然、眩い閃光が走り、次の瞬間、鷹也の視界は真っ白に染まった。
――――――――――――――――――――――
…………
――雨の匂いがした。
目を開けると、そこは見知らぬ森の中だった。
空は曇り、鳥とも獣ともつかぬ鳴き声が響いている。
周囲には見たことのない植物、木の葉がざわめき、どこか生ぬるい空気が肌を撫でた。
「……は? 何だここ……」
制服のコックコートは泥にまみれ、手にはかろうじて銀のペティナイフだけが握られていた。
「これじゃ、料理人じゃなくて遭難者だな……」
歩けども歩けども出口は見えず、倒れかけたところで、ふいに声がした。
「き、君、大丈夫っ!?」
金色の髪、快活な瞳。
年の頃は十六、七。布のワンピースに、狩人のようなブーツ姿の少女が駆け寄ってきた。
「酷い怪我してる……。村に来て! 治療師もいるから!」
鷹也はそのまま気を失い、意識が戻ったのは数日後のことだった。
…………
「あそこは“ティナの森”って言うの。旅人がよく道に迷ってしまうから、村の人が交代で見回りをしているの。あっ、私の名前はリリア。君は……名前、ある?」
見知らぬ世界、聞いたことのない言語――だが、なぜか理解できた。
「……天野。天野鷹也。職業は……料理人だ」
彼の新たな人生は、ここから始まる。
――――――――――――――――――――――
「……これが、朝ごはん?」
テーブルに乗っていたのは、焦げたパンの欠片、ぬるい水、そして何かの干し肉を煮ただけのスープだった。
例えるなら灰色の食卓だ。
「うん。今日のは贅沢なんだよ? お肉も少しだけ入ってるし」
リリアは笑って言ったが、鷹也は絶句していた。
味がない。色もない。香りすらない。
料理ではない。ただの、腹を満たすための物体。
「……ダメだ、これはもう、犯罪レベルだ」
「へ? 犯罪って……なに?」
「俺の中の料理人魂が、このまま黙っていろって言ってくれないんだよ」
鷹也は立ち上がり、台所へと向かう。
石炉と曲がった鉄鍋。ぼろぼろの欠けたナイフ。
それでも、食材はあった。見慣れない根菜。硬そうな干し肉。香草らしき葉。……可能性だ。
「……よし、やってやる。料理で、ここを“色のある世界”にしてやる」
その瞬間、鷹也の中に炎が生まれた。




