(五右衛門の心遣い)4
五右衛門が山小屋に辿り着いた。
粗末な戸口に手を掛け、開けようとした。
力を入れた瞬間、戸板が大きな音を立てて外れ落ちた。
朽ちかけていたものが、引導を渡された格好になった。
五右衛門は中に入るのを躊躇、二歩三歩、後退りした。
山小屋が壊れるのを恐れたらしい。
脇の空き地に移動し、周囲を見回した。
隠れていた三人が動いた。
次々に立ち上がった。
揃って農夫の格好で頬被りをしていた。
その頬被りを外し、山小屋の方へ歩み寄って行く。
予期していたのか、五右衛門は身動ぎ一つしない。
三人は五右衛門の前まで行くと、片膝ついて五右衛門を仰ぎ見た。
「お頭、ご無事でなによりです」口を揃えて言う。
五右衛門の配下と分かれば問題はない。
ヤマトは山小屋から離れた。
それでも五右衛門の一挙手一投足は見逃さない。
五右衛門が懐から巾着袋を取り出した。
一つ。
加えて文一枚。
それを手渡し、事細かく指示した。
声は聞こえないが、友好的な雰囲気である、と見て取った。
その日はそれで終わった。
二日後、五右衛門は戻るとヤマトを連れて家移りした。
町中の小さな商家だ。
この商家は五右衛門が万が一に備えたもの。
ここでも徹底した秘密主義。
商人に偽装した配下以外は知らない。
その商人と家族、使用人は逃がした。
所司代は石川五右衛門捕縛を決して諦めないだろう。
そこで山小屋で落ち合った三人に手切れ金と、最後の仕事を与えた。
所司代に密告しろ、と。
場所はここだ。
ここへ所司代を、否、今一番の憂いである連中を誘き寄せたい。
忍者群主力を誘き寄せ、潰したい。
裏切り者の始末は先伸ばしだ。
家移りして三日目の朝、ヤマトは外の気配に目覚めた。
商家が取り囲まれたていた。
河原で戦った足軽達とは明らかに質が違う。
あの傾奇者が「明で剛」とすれば、外にいる者達は「陰で剛」
数こそ少ないが、侮れない。
五右衛門も気付いた。
起き上がると、野太刀を引き寄せた。
囲んでいるのは「柘植の喜蔵」と配下の者達。
喜蔵の足元には、忍びの技を仕込んだ犬、忍犬が五頭控えていた。
老人自慢の弟子犬達である。
老人は五右衛門も同じ伊賀忍者であるので、その腕前尋常ならず、
と聞き知っていた。
それで率いるのは手練れ者ばかり。
八名を選んだ。
問題は忍猫ヤマト。
唯一の波乱要因だ
そこで忍犬五頭を引き連れて来た。
これで対抗できる、そう踏んだ。
配下を二人一組で四方より商家へ忍び込ませた。
暫く後、太刀と太刀の触れ合う音。
足元の忍犬達が頭を上げ、老人の顔色を伺う。
「行け」
その一言で五頭が駆け出した。
跳躍して板塀を越え、音のする方へ向かった。
五右衛門は忍び込んで来た二人を斃して裏庭に出た。
幸いこちら側には敵の気配がない。
逃げられそうだ。
脱出する逃走経路はすでに考えてある。
表に出て走り出せばこちらのもの。
奴等は必ず追って来る。
それを都度都度、削って行く心算であった。
右の灯篭の影より剣先が繰り出された。
五右衛門はかろうじて身を捻って避けた。
第二撃に備えて左に飛び退って構えた。
五右衛門は二人目の存在に気付いた。
遅かった。
反対側から手槍が繰り出された。
躱しようがない。
すると、遅れて出てきたヤマトが脇から、
手槍を持つ奴に襲いかかった。
跳躍しながら身体を丸め、相手の顔面に体当たり。
ついでに身体を捻って顔面を引っ搔いた。
噴き出す鮮血と、忍者に非ざる悲鳴。
それをよそに、一人目が五右衛門に斬りかかって来た。
五右衛門は受け止めるので精一杯であった。
金属音が夜空に高々と響き渡った。
反撃の機が見出せない。
二合、三合と防戦一方。
新たな四名が公然とこちらに駆けて来た。
目の前の相手は、仲間達が包囲するまで足止めするつもりのようで、
無理して攻めてこない。
ヤマトの内なる血が騒いだ。
新たな者達も手練ればかり。
ヤマトの全身を沸騰した血が駆け巡った。
相手が強ければ強いほど喜びが倍加する。
素早い跳躍で、五右衛門の足止めをしていた奴の顔面に体当たり。
これまた顔面を引っ掻いた。
ヤマトの力を続けて目の当たりにした五右衛門は、
倒れた相手とヤマトを見比べながら首を捻った。
が、愚図愚図はしない。
首を捻りながら、庭の奥に姿を消した。
ヤマトの目の前に忍犬五頭が現れた。
先頭の一頭がヤマトに体当たりして来た。
それをヤマトが躱すと、別の犬が襲い掛かって来た。
ヤマトが灯篭の上に跳躍すると、五頭が的確に包囲した。
ヤマトは灯篭の上で瞬時に状況を読み取った。
新手の忍者四名が五右衛門を追い、忍犬五頭がヤマトを包囲した。
忍犬五頭の個体としての攻撃力はたいしたもの。
これが連携するとなると凄まじい。
ヤマトは躱すので精一杯。
それでも五右衛門への追っ手を見過ごすつもりは無い。
襲い来る忍犬より高く跳躍した。
ヤマトは宙にて奥の手を披露した。
【始祖龍の加護】《飛翔》起動。
その加護を活かして飛翔した。
羽根も翼も、ムササビのような飛膜もないが、不思議にも飛べた。
五右衛門を追う最後尾に追い付き、
その後頭部に猫パンチと引っ掻き。
二人目には猫キックと引っ掻き。
そのままクルリと回転して着地した。
ヤマトは残り二名を追う。
その視界の隅に忍犬五頭が現われた。
ヤマトに追い付こうと全力で駆けて来た。
ヤマトは身体に異常を感じた。
初飛翔には成功したが、疲労が半端ではなかった。
体内に痛みも走った。
このままでは直に力尽きる。
忍犬の餌と化してしまう。




