(五右衛門の心遣い)2
商家、明石家は都大路に店を構えていた。
老舗で商売上手なのだが、蔵で金は唸っていなかった。
金を貯めるより、金を回して増やすのを身上としていた。
蔵に金を寝かすと腐ると言うのが店主の口癖で、
手元で小金がまとまると大名公家社寺等だけでなく、
仲間内にも貸し付けていた。
五右衛門は武家の奉公人に扮して、明石屋の暖簾を潜った。
偽名を告げるまでもなかった。
顔馴染みの手代が奥に案内してくれた。
座敷の一つに通し、「少々お待ちを」と言って主人を呼びに行った。
明石屋の主人が座敷に現れた。
愛想のよい顔で挨拶し、下座に腰を下ろした。
明石屋四五郎
二代目が貸し金の取立てで、
「四ん五ん言わせまへん」と辣腕を振るったことから、
「四の五の」が代名詞となり、
いつしか、「明石屋四五郎」が名跡として定着した。
明石屋四五郎が帳面を差し出した。
店と五右衛門との取引の大福帳で、
預かりや引き出しの金額、日付が仔細に記してあった。
五右衛門は帳面に目を通しながら、世間話をした。
膨れ上がった金額を確認するのが目的ではない。
世間話のついでに四五郎の顔色を盗み見て、
所司代の影がないかと探った。
不審な色はなかった。
誰にも知られていないと確信した。
自分から口にしたことだが、世間話には閉口した。
時節がら仕方ないことなのだが、
どうしても話題が五右衛門逃走の一件に偏った。
ところが驚いたことに四五郎が五右衛門を褒めちぎる、褒めちぎる。
泥棒を褒めちぎる訳を聞くと、
「お金はんを蔵に死蔵しはる奴が悪いんや。
お金はんは生きもん。
お金はんは世間さまみんなんもん。
世間さまに流さへんと、世間さんが往生しはる」はっきり言った。
黒猫の話題もあった。
刑場に乱入し、都大路でも大暴れし、五右衛門逃走に一役買った。
「詳しいことは知りまへんけど、
かな黒猫は五右衛門はんに恩義がおしたんでしょう。
立派なことどす」
ヤマトが褒められたことが嬉しかった。
大きな犬を殺し、大勢の人間に手傷を負わせた。
技を教えた自分の手柄でもあった。
出来るなら世間に吹聴したかった。
色に出る前に話題を変えた。
懐から巾着袋を取り出して四五郎の前に置いた。
「手元の小銭が少なくなったので、両替したい」
四五郎の顔が商人に戻った。
巾着袋の中身を検めた。
「純度ん高っかい大判小判ばっかりどすなぁ。
よおこないなんかが手に入ったんやね」
「人手から人手を伝わって、俺の手元に辿り着いた。
四五郎殿の言葉ではないが、蔵に寝かせても何の役にも立たない。
これなら他の大判小判よりも交換率が高くなるだろう、違うか」
四五郎が嬉しそうに片手を振る。
「そん通りどす。
うちとしいやも願ったり叶ったりどす」
小銭に鐚銭は入れず、全て明朝銭に両替することになった。
五右衛門の巾着袋には入りきらないので、
店で巾着袋を用意することになり、
手代が近所の小間物屋に走らされた。
五右衛門は懐に巾着袋二つを入れて明石屋を出た。
その重さから周囲への警戒を怠っていた。
幾つかの辻を曲がったところの川縁に老婆。
歩き疲れて木陰で休んでいる風情。
その老婆を疑いもしない。
一方の老婆、視界に五右衛門らしき人物を捉えると、
気取られぬようにそっと確認した。
たちまちにして、しわくちゃな顔が生気を帯びた。
五右衛門はそうとは知らずにスタスタと通り過ぎて行く。
老婆の合図で近くに待機していた忍者二名が尾行を開始した。
交互に前になり、後ろになり、慎重につけて行く。
二人の後方の安全を確認した老婆が三人目として尾行に加わった。
老婆は元は女忍、くの一であった。
六年前に隠居したが、石川五右衛門の顔を知っている、
ということで急遽現場に駆り出された。
実際には人手不足の感も否めなかった。
五右衛門追跡の任にあった数人が手傷を負わされ、
療養に入ったので、彼等の代わりに隠居していた者達が数人、
現場に駆り出されることになった。
頭領の策が的中し、老婆は五右衛門を見つけた。
今、その背中が、ずっと先に見え隠れ。
若手二人が入れ替わりながら、密かに尾行を続けていた。
五右衛門の様子が上の空だからといって、油断はない。
適度に尾行の距離を空けていた。
それが功を奏してか、気取られた気配はない。
老婆の役割は五右衛門の面割りと、若手二人の背後の守り。
尾行は任せ、背後から仕事振りを見守ることにした。
日が傾こうとしていた。
五右衛門が小路に入った。
これを抜けると都の郊外も間近。
擦れ違う人影が消えた。
五右衛門の背中も辻を曲がって消えた。
と、その時だった。
先を行く若手の一人が崩れるようにして倒れた。
悲鳴が聞こえた。
若手は躓いた分けではなさそう。
起き上がる気配がなかった。
駆け寄ろうとした仲間も途中で悲鳴を上げ、不自然な格好で倒れた。
老婆は二人目の足下に黒い影を見た。
それは素速い動きで右の粗末な民家の床下に消え入った。
老婆は即座に噂の黒猫と断じた。
刑場で所司代の兵多数に手傷を負わせただけでは飽き足りず、
傾奇者と組んで、追跡途中の仲間数人にも手傷を負わせた黒猫。
おそらく五右衛門に飼われているのであろう。
忍犬ならぬ忍猫、手強い相手だ。
老婆は懐に手を入れた。
唯一の武器、苦無を握り締めた。
手の内を知られたくないので取り出さず、中腰で辺りを警戒した。
ところが幾ら待っても黒猫は姿を現さない。
尾行を途中で終わらせて満足したのであろうか、と老婆は思った。
忍猫でも所詮は猫畜生。
ただの老婆と見誤った、が正しいのではなかろうかとも。
老婆は現役を退いて久しいが、足腰だけは丈夫であった。
黒猫の襲来がないと判断するや、テキパキと動いた。
若手二人の元へ急いだ。
二人とも命に関わる傷ではなかった。
傷口を押さえて路上を苦しげに、のたうち回っていた。
一人は足首。
一人は太腿。
二本以上の爪痕が並行に残されていただけでなく、深く抉られ、
骨が露呈していた。
これだと治療が長引くし、元のように戻るのかどうか甚だ疑問・・・。
刀傷なら治療で元に戻る場合も多いが、これは・・・。
老婆に出来るのは気休めを口にし、止血を施すことだけ。




