(五右衛門の心遣い)1
先に逃げた五右衛門は隠れ家で待っていた。
ヤマトを見ると飛び込めと言わんばかりに両腕を開いた。
その胸にヤマトは飛び込んだ。
「無事で良かった」と五右衛門。
長い牢獄暮らしのせいか、臭い、臭い、臭い。
鼻が曲がる。
虱もいた。
けれど我慢、我慢。
下手は打てない。
五右衛門が胡散臭い猫を傍に置くはずがない。
化け猫と露見すれば捨てられる。
ヤマトの居場所は大好きな五右衛門の傍。
そこを失うつもりは毛頭ない。
ヤマトの危惧に気付かぬ五右衛門が言う。
「お前は強いな、まるで化け猫のようだ」感嘆した。
予期せぬ言葉にヤマトはビクッにゃん。
五右衛門が、「猫又というのを知ってるか」脳天気に問う。
返事を期待していないのは分かっていた。
が、思わず、「しらにゃ~ん」とそっぽを向いた。
聞き取れなかったのか、五右衛門がヤマトを嬉しそうに抱きしめた。
「猫又というのはな、猫の妖怪のことだ。
見分け方は簡単だ。
尻尾の先が二つに割れているそうで、見れば直ぐに分かるそうだ」
五右衛門は胡坐をかいてヤマトを膝に乗せた。
尻尾に触れた。
ヤマトは五右衛門がするがままに任せた。
その五右衛門は慎重な手付きで尻尾の先を丹念に調べた。
そして深い溜め息をついて手を止めた。
「違ったか、期待していたのに残念だ」心底から落胆した。
五右衛門はヤマトを抱え上げた。
ようやくオッドアイに気付いた。
表情を変えた。
両の目を大きく見開き、破顔した。
「おおー、これは」
繁々と観察した。
「珍しいな」
頭を優しく撫で回した。
五右衛門が食事を用意した。
ヤマトの前に小皿を並べた。
燻製した肉や魚をふんだんに盛ってくれた。
酒も小皿になみなみ注いでくれた。
猫の胃には余る量だ。
五右衛門は囲炉裏で炙った雀を囓り、ゆっくり酒を味わう。
「娑婆はいい」しみじみ漏らした。
少しして落ち着くと、捕らえられた時の様子を、
ヤマトに事細かに語り始めた。
返事は期待していなかった。
口にしながら、あの時の状況を振り返った。
所司代にも手の者を入れ、万全の態勢をとっていた。
なのに隠れ家の一つで捕まった。
気付いた時には蟻の這い出る隙間もないくらいに包囲されていた。
それで裏切り者の存在に気付いた。
捕らえられた際に抵抗して斬り殺された者、牢内で病死した者、
磔にされた者、一人一人の名前を口にした。
あの日、逃げおおせた者は一人もいなかった。
隠れ家に呼び寄せなかった者の名前を口にした。
次の次の仕事先に潜入させている者。
飼ってる所司代の者。
老いて隠居した配下の者達。
配下の者が寄せる年並みに勝てぬと判断するや、
古着屋や古道具屋、宿屋を営ませた。
翌朝から五右衛門はさっそく行動を開始した。
行商人を装って都大路に出た。
都は逃走した五右衛門の噂で持ち切り。
辻々に所司代の者達が張番し、何組もが巡廻に出ていた。
堂々と行商していたせいか、五右衛門は誰何すらされなかった。
五右衛門はそれでも慎重に行動した。
ゆったりした足取りで行商して歩いた。
露見していない筈の隠れ家三軒を回り、遠くから様子を探った。
予想通り何れにも所司代の見張りがついていた。
五右衛門が立ち寄れば大手柄と皮算用しているに違いない。
これで裏切り者の存在が証明された。
五右衛門は配下を見捨てない。
隠居した者達が営む商家をも見て回った。
古着屋二軒に古道具屋二軒、それに宿屋一軒。
いずれも大路に店を構えるほどではなく、ほんの小商い。
文字通り小路に暖簾を出していた。
こちらに見張りはない。
彼等の引退後の生活は五右衛門だけが把握していたので、
裏切り者にも掴みようがなかったのだろう。
三日目は裏切り者の確証を得るためではなく、
公金の現状を確かめるために行動した。
公金と言っても本物の公金ではなく、石川党の公金という意味だ。
仕事で得た金は仲間内で分けるが、全てを分けるわけではない。
一部を次の仕事の支度金として五右衛門が預かった。
次の仕事をするにあたり、色々と金がかかるのだ。
大金が唸っている商家の情報を仕入れるのに金。
目的の商家に仲間を仕込むにも金。
出撃する臨時の隠れ家を構えるのにも金
逃走経路の確保にも金。
金、金、金々々。
稼ぐためには支度金をふんだんに投入する必要があった。
支度金なくしての成功は覚束なかった。
五右衛門は公金を普通の商家に貸し付け、利息を得ていた。
支度金と言っても全て使い切る分けではなかった。
毎回、結構の額が残った。
それが積もり積もって利息を生むようになった。
このことは配下には内緒にしていた。
けっして私利私欲の為ではなかった。
彼等が余計な雑念に囚われぬように配慮した。
それにこの手の仕事は怪我する者や、
捕らえられる者が出るのが当たり前の世界。
そんな彼等の家族を路頭に迷わせないように、
公金で生活を支えるという目的もあった。




