(引っ越し)5
老婆は興に乗ったようで、鑑定でアルカビルの様子を調べながら、
都度都度、水魔法使い達に指示を出した。
「そうそうその調子」
「怒らせたら駄目よ」
「不快感を感じているわ。
少し手を抜いて」
「川の流れに逆らっちゃ駄目よ。
川の流れを利用するの。
水蛇は今はただの戯れよ」
老婆がジョニーに尋ねた。
「坊ちゃん、アルカビルを下流に遠ざけて終わりじゃないわよね」
「そうだよ、水蛇は始まりだよ。
他の船の為にも、ここで仕留めた方が良いと思う」
「そうよね、ではどうするの」
「警戒心が薄れたようなら、水蛇で包んで川面に持ち上げる。
持ち上がったら風魔法使いの出番。
アルカビルを川の上、狙い易い位置に浮かせる。
その際は、水魔法使いと風魔法使いは息を合わせること。
浮かせたら【魔導砲】の出番。
どこが急所か知らないけど、その急所を狙い討つ。
次に槍士の出番。
魔物の中には回復する奴がいるようだから、回復を阻止する為に、
【魔導砲】で開けた穴に槍を突き刺す。
それで終わり。
後はピラニンに任せる」
ピラニンは小型の水棲の魔物で、
群れ成して獲物を襲う習性があった。
厚い外皮は喰い破れなくても、とにかく執拗に噛み付く。
実にウザイ。
聞き終えた老婆がケタケタ笑う。
「それは良いわね」
お貴族様のエマーソンもだ。
「川のお掃除屋にお任せか。
坊ちゃんは人が悪いな」
老婆が全員を見渡した。
「坊ちゃんの作戦を採用するわよ。
仕切りは鑑定持ちの私。
皆、良いわね、お返事は」
「「「はい」」」
老婆の指示は的確だった。
水魔法使い達が水蛇でアルカビルを水面に持ち上げた。
それを待っていた風魔法使い達が動いた。
アルカビルを包み込み、水面の上に浮かせた。
見るからに思いアルカビルを軽々と。
ジョニーは納得した。
お師匠様の言う通りだった。
一人より二人、二人より三人・・・。
息を合わせれば難しい事も解決できた。
【魔導砲】がアルカビルに狙いをつけた。
槍士が待機姿勢。
と、アルカビルが意外な行動に出た。
浮かされた状態から脱した。
体勢を整え、空中でこちらを見据えた。
どうやら風魔法使い達の拘束から逃れ、
自分の置かれた状況を理解したようだ。
風魔法使い達が慌てた。
「「「不味いです、逃げられました」」」
ジョニーはすっかり油断していた。
たたが魔物と侮り、相手が反撃する事を想定してなかった。
目の前のアルカビルは水魔法だけでなく風魔法も使えた。
二属性持ちであった。
ただ、魔物なので詠唱はしない。
そのせいで複雑な魔法は使用できない。
だが、簡単な、初級程度の魔法を威力マシマシで発する事ができた。
それを証明するように、風魔法のウィンドカッターを放って来た。
お貴族様のエマーソンが面白そうに言う。
「これは私に任せてくれ」
彼は風魔法上級、
魔法杖を構え、素早い詠唱でアルカビルと船の間に風壁、
ウィンドウォールを展開した。
それでもってウィンドカッターを防いだ。
ところがアルカビルは無頓着に前進し、ウィンドカッターを連発した。
魔物なので、戦略も戦術もなしの力攻め。
ジョニーは目の前の攻防に危機感を覚えた。
いつか押し切られるのではないかと。
そう思うと居ても立っても居られなかった。
焦燥に駆られて隠し持つ【始祖龍の加護】を起動した。
《電撃》。
時折試し打ちしていたビリビリを。
ただ、使用МPの数値を忘れていた。
強烈な稲光がウィンドウォールを内側から砕き、アルカビルを捉えた。
稲光がアルカビルの全身を走り、身動きを封じた。
それを目の当たりにした老婆が、目を剥いてジョニーを見返した。
「大丈夫か、МPは大丈夫か」
エマーソンも言う。
「坊ちゃんはスキル持ちじゃなかったはずだ」
「私の鑑定でもそうだ。
おそらく、危機感から急遽生まれたのだろう。
それよりも皆、もう一度組み直す。
風魔法使いは拘束の遣り直し。
水魔法使いはありったけの魔法で攻撃。
【魔導砲】も遠慮するな、槍士もだ」
ジョニーの脳内にお師匠様の声。
『勝負はついた。
もう良いだろう、昏倒させるぞ』
途端、ジョニーはスイッチオフ、強制終了させられた。
それでフラフラと倒れそうな所、メイドノソフイアが駆け寄った。
片手で支え、強引に抱き上げた。
「ジョニー様」
言葉はない。
顔を近付けると寝息が聞こえた。
強制終了の影響だろう。
眠りについた脳内の奥底の扉が開けられた。
それは前々世の人であったころの記憶。
そして前世の猫になる直前の、狭間の記憶。
目覚めると、白い天井。
うちじゃない。
鈴木真司は、慌てて上半身を起こした。
見回すと周囲全てが白かった。
まるで濃霧に包まれているかのよう。
ここはどこ、どこなの・・。
遥か遠くに光が見えた。
それが見る見るうちに接近して来た。
音もなく間近に。
ぶつかる。
真司は思わず避けようとした。
とっ、目の前でそれが止まった。
だというのに風の揺らぎがなかった。
光から何かが抜け出して来た。
それは子豚。
背中に羽根を生やしていた。
つまりは豚の天使、・・・なのか。
『もうお前は死んでいる』
真司の頭の中で言葉が鳴り響いた。
近いよ近いよ子豚。
その子豚が、より小さな豚足で、真司の右頬を打った。
「パッカーン」
痛いよ痛いよ子豚。
子豚がその豚足を、真司の額に当てた。
「ポン」
途端、額に何かが流れて来た。
電流か、感電、否、充電、力が満ちるように感じた。
これは。
『我の力を注いでる』
やはりそうなの。
真司は思い出した。
自分は死んだはず。
・・・死んだ、はず。
手を目の前に差し出した。
ない。
見えない。
手が見えない。
足も見えない。
でも右頬に痛みを感じた。
額にも痛みを感じた。
幻肢痛・・・。
額だと思った箇所は、そもそも額なのか。
『今のお前は魂魄の魂だ。
器である魄を失った。
魂は天に帰すもの、魄は地に帰すもの』
理解できない。
『無理に理解する必要はない。
下等生物よ。
・・・。
思い出せ、最後の痛みを』
ああ、あれか。
あれは突然だった。
後頭部に今までにない激しい痛みを感じた。
それから先が思い出せない。
『そこで寿命が尽きた』
寿命。
39才、そこで寿命か。
『短命だったかも知れんな』
早過ぎないか。
平均寿命はどうした。
『人と比べるな、人と。
人それぞれだ、それも個性。
次は長いぞ、生きるのに飽きるかも知れん、たぶんな』




