(忍犬と忍者群)1
慶次は後姿を見送りながら声を上げて大笑い。
お天道様の下を、陽光を浴びながら大泥棒が逃げて行く。
こんな愉快なことはない。
笑いは一瞬だった。
背後より殺気が押し寄せて来た。
すぐさま野太刀を引き寄せ、振り向いた。
三条大橋方向よりこちらに向かって凶相の犬が二頭、
一目で五右衛門を追っている忍犬と分かった。
考えるより先に身体が動いた。
懐から巾着袋を取り出して縁台に置き、
野太刀を腰に差して都大路のど真ん中に足を踏み出した。
忍犬を睨み付けた。
ヤマトは五右衛門を捕らえようとした兵の一団に手傷を負わせ、
追跡を不能にすると方向を転じた。
竹矢来の下を潜り抜け、堤を駆け上がった。
この間もヤマトの内部では変化が続いていた。
純粋の猫から別のモノに・・・。
進化か、退化かは知らねど、別のモノに。
姿形は猫のまま。
ヤマトは五右衛門の臭跡を辿った。
三条大橋を渡った。
都大路を行き交う人々の波に乱れを見つけた。
それは異端の者が混じっている証し。
五右衛門を追跡している者達が掻き乱しているに違いない。
ヤマトの嗅覚視覚は前方に据えられていたが、
聴覚は別の働きをした。
行き交う人々の言葉を掬い上げた。
無自覚に掬い上げ、分別した。
蓄積され五右衛門の言葉を土台に、かなりの部分を理解した。
人波の中でも五右衛門の臭跡を見失わない。
それどころか追跡者までも視認した。
後ろ姿だが、それと分かった。
当然だが奴は先を急いでいた。
姿形こそ、ただの町人。
危急の用事が出来して走る町人を装っていた。
けれどヤマトは奴の走る様子から、ただ者ではないと見抜いた。
さらに、その先に見え隠れする犬を捉えた。
二頭。
これまた尋常ではない速さ。
五右衛門を追跡していると分かった。
ヤマトの走り方が変化した。
地表すれすれを飛ぶように、軽やかに駆けて行く。
まるで黒い影。
行き交う人々は足下の影に微塵も気付かない。
あっという間に追跡者に追いついた。
追い抜きざま、足首に爪を突き入れて抉った。
深傷。
皮膚が裂けて骨が露呈し、飛び散る鮮血。
上がる悲鳴。
男は倒れ伏した。
ヤマトは後ろも見ずに、何食わぬ顔で駆け去った。
次なる獲物は前を行く二頭。
その一頭が飼い主の異常に気付いた。
直ぐに方向を転換した。
そして飼い主とヤマトの双方を認めた。
一瞬で理解した。
ヤマトに対して低く唸って牙を剥いた。
躊躇いはない。
獰猛な顔でヤマトに向かって来た。
忍犬の目色は殺意で溢れていた。
相手は吹けば飛ぶ様な小さな猫。
自分の勝利を信じて疑わないのだろう。
行き交う人々が引き返して来た忍犬に悲鳴を上げて道を譲った。
誰もが難を避けようとした。
中には腰を抜かす者もいた。
ヤマトは足を緩めない。
人よりも厄介な相手であると承知で真正面から挑む。
はっきりとした体格差があるにも関わらず、真っ直ぐに突き進む。
と、前方のもう一頭が意外な行動に出たのを視界に捉えた。
躍りかかるかのように、大きく跳躍した。
一体なにが起こったのか。
何者かを襲ったとしか思えない。
血飛沫が舞った。
忍犬の身体が両断された。
瞬時の出来事。
そこには女かと見紛うばかりの傾奇者が立っていた。
男は刀を一振りして血を払い、こちらに視線を向けて来た。
ヤマトは男に見覚えがなかった。
しかし男に感謝した。
理由は分からないが、手間が省けた。
残りは目の前の一頭のみ。
これを始末すれば終わる。
忍犬は仲間の最期に気付いていない。
低い態勢で地を蹴り、背中を屈伸させながら、跳ぶように駆けて来た。
前足でヤマトを捕らえて嬲るのではなく、
頭突き一発で極めると見て取れた。
ヤマトは応じた。
大きな体格差があうるにも関わらず頭から、ぶちかまして行く。
予想していたように激しい衝撃。
ヤマトがただの猫であったなら一撃で首の骨が折れていた。
ところが引き分け、共に弾き飛ばされた。
軽い分、ヤマトの方が大きく飛ばされた。
ヤマトは地を二転三転したものの、直ぐに態勢を整えた。
身震いして砂を振り払った。
忍犬も同様。
両者共に息つく間もなく再度挑んだ。
二度目も同じ結果。
再び引き分け。
意地なのか忍犬が後退りして距離を空けた。
極めるつもりなのだろう。
雄叫びを上げた。
ヤマトは退かない。
忍犬も退かない。
前回と同じ距離を空けて三度目を挑む。
軒下に難を避けていた者達が固唾を吞んで見守るなか、
一匹と一頭が互いを求めて突進し、ぶちかました。
激しい衝撃と何かが折れる音。
忍犬が大きく後方に弾き飛ばされた。
二度と起き上がれない。
声一つ立てられない。
ヤマトは横たわった忍犬の上に立って雄叫び。
「ににゃ~ん、にににゃ~ん」
長々と雄叫びを上げても、周囲への警戒は怠らない。
もう一頭を血祭りに上げた傾奇者への警戒は尚更。
味方ではあるとは感じているが確証がない。
その確証を得ようと、試しに武士の方へ殺気を放った。
すると武士が応じた。
ニコリと笑って刀の柄に手を添えた。
軽く腰を落とし、いつでも抜く構え。
売られた喧嘩は買うにゃ~ん。
ヤマトは嬉々とした。
と、背後に新たな殺気が生じた。
振り返った。
異様な集団が目に映った。
武家の身形ではない。
商人、僧、百姓姿の者達が五名。
有り得ない組み合わせ。
其奴らが目を血走らせて、こちらに駆けて来た。




