(東の辺境伯領へ)10
ダイキン王国の王都。
その中央に座する王宮に近い位置に貴族庁があった。
三階建ての古びた庁舎で、その外観は異様の一言。
古代の石組建物を思わせ、他の建物とは一線を画していた。
一階には受付があり、
内郭の警備を受け持っていた近衛兵がそこを訪れた。
「本日配達された分です」
門で受け取った封書等を入れた箱を手渡した。
「ご苦労様です」
受付の女子職員が箱の中身を改めた。
それほど多くはない。
今は閑散期なのでこれが普通だ。
とっ、気になる封書が一通。
分厚い。
女子職員はそれを取り上げた。
紙質が良く、手触りが他の物と明らかに違った。
差出人はルルーシェ辺境伯家。
宛先は確かに貴族庁長官。
気になる点は二つ。
一つ、辺境伯家であればタウンハウスがあるので、まずそこへ送り、
受け取った執事が関係する部署へ届けるのが通常であった。
二つ、封書の受け取り印に、駅馬車ギルドの印があった。
辺境伯ほどのお家が部外者の手を借りるとは・・・、まず有り得ない。
女子職員は頭を捻りながら、上司の手元へ届けた。
受け取った上司はさらに上の上司へ、また上へ、上へ。
封書は最終的に貴族庁長官の執務室に届けられた。
受け取った長官秘書は目を疑った。
辺境伯の封書に駅馬車ギルドの印。
時間の掛かる駅馬車ギルドの配送網に委ねるとは。
さしたる用件ではないのだろう、と思って開封した。
驚かされた。
中に三通の封書があった。
その一通目が貴族庁長官宛。
二通目は宰相閣下宛。
三通目は国王陛下宛。
途端にルルーシェ辺境伯家が置かれた状況に思い至った。
届けられた長官は自分宛を開封した。
一読するにつれ、顔色を変えた。
読み終えると急ぎメモし、手元の封書に入れて秘書を呼んだ。
「これを宰相閣下に届けろ。
本人に直接だ、余人には渡すな」
貴族庁長官の応接室を宰相が訪れた。
メモが効いたのか顔色が悪い。
「すまんな、気を遣わせた」
宰相は秘書と護衛騎士を伴っていた。
「いいえ、事情が事情ですのでお構いなく」
対して長官は秘書のみ。
女子職員がお茶を配って退室すると、
長官は開封した分厚い封書を取り出した。
「駅馬車ギルドより配達されたものです」
宰相はそれを手にするや、印を確認した。
「駅馬車ギルドか、確かに」
「まず私宛から検分ねがいます」
長官宛は然したるものではなかった。
王都のタウンハウスを商人ギルドに売却した、と。
ついては今後、用件はルルーシェ盆地のルルーシェ大公宛に、と。
短い用件に続いて、残り二通は国王陛下と宰相閣下に届けて、と。
手短な文章であったが、容易ならざる事が書かれていた。
ルルーシェ大公。
かつての戦乱の時代、辺境伯家は群雄の一つであった。
それがここに至り大公を自称するとは・・・。
簡略すれば、独立宣言そのもの。
読み終えた宰相は表情にこそ表さないが、落胆の色が窺えた。
しかし、長官は何も尋ねない。
ルルーシェ伯爵家は無論、宰相を取り巻く状況も聞き知っていた。
敵国の侵攻が止まぬというのに、政に現を抜かす王宮。
内憂外患。
そこへ踏み込むつもりはなかった。
宰相は今度は自分宛を手にした。
読み進めるに従い、ますます顔色が悪くなって行く。
時々溜息を漏らした。
たぶん、自覚してないのだろう。
困った時の癖を出した。
顎に手を当て、目を眇めた。
読み終えると天井を見上げた。
それからもう一度読み直した。
「読んで見ろ」
宰相は自分宛を長官の前に置いた。
予想外の事に長官は顔を突き出した。
「はあ」
「読んで見ろ」
長官は渋々ながら、手を伸ばした。
読んで驚いた。
辺境伯家は兵数不足に陥っていて、
とてもこれでは侵攻を防ぎ切れない、と。
よって、無念ではあるが故地のルルーシェ盆地へ撤退する。
一連の責任を取って、辺境伯領と爵位は無論、
国籍をも国王陛下に返上するとの結論に達した、と。
領民の避難の為に要塞に一ㇳ月籠るが、それが限度である、とも。
本日の日付より一ㇳ月である、との念押し。
長官は日付を見た。
もう半月が過ぎていた。
半月では辺境伯領に軍は送り込めない。
宰相が長官に尋ねた。
「元武官としてどう思う」
長官はかつては近衛の参謀部に所属していた。
最終肩書きは参謀第三席、階級は少佐。
順調に階段を上がっていたのだが、運の悪いことに、
軍内の政争に巻き込まれて飛ばされた。
そのお陰で、こうして長官の椅子に坐る事ができた。
運が良かったのか、悪かったのか。
「手元に情報がないので、何とも」
「それでも耳には入って来るだろう」
「噂なら」
「それでいい」
「辺境伯が駅馬車ギルドの普通便に託したのは、おそらく、
しっぺ返しでしょうね」
「やはりそう思うか」
「ええ、やられたらやり返す。
辺境伯らしいと思いませんか」
「こちらは味方なんだがな」
「その味方に救援要請を三度も送ったのに、梨の礫。
それはもう完全に敵です」
長官は言い切った。
対して宰相は反論せずに苦笑い。
「これから兵を送り込むとして、無事に着けると思うか」
「無理です。
まず街道が問題です。
避難民で溢れていると思います。
日数からすると、その先頭がもうじき王都に辿り着く頃合いかと」
「ああそうか、受け入れ準備せねばならぬな」
宰相は立ち上がった。
歩くつもりであったのだろうが、固まったように動きを止めた。
長官を見返した。
「辺境伯領から王都までは平地続きではあるが、
それでも間に幾つか要塞や砦が有る。
それで敵の侵攻を止められるか」
「国内を一つに纏められるのなら可能でしょう」
「まるで纏められないように聞こえるが」
「心ある貴族達は口にこそしませんが、
ルルーシェ辺境伯家に同情しています」




