(東の辺境伯領へ)8
土地勘のあったニコールが先導した。
イリアは文句一つ言わずに付いて行く。
地図的には直ぐなのだが、山塊なので疲労を考慮して迂回した。
途中、ベイカー王国の幾つかの分隊と遭遇した。
おそらく、こちらの伏兵を想定した警戒部隊であろう。
事前に察知したので、やり過ごした。
イリアがぼやいた。
「敵兵ばかりだな。
反対に辺境伯軍は全く見かけない。
もしかして、兵員不足か」
「たぶん、要塞で手一杯なんでしょう」
ようやく目的地に着いた。
街道が見通せる森に身を潜めた。
思っていたように敵軍が整然と行軍していた。
主力は騎兵で構成されていた。
警戒部隊を巡回させているが、それでも足りぬのか、
外縁の騎兵が時折、視線を左右に走らせた。
油断はなさそうだ。
イリアがニコールの耳元に口を寄せた。
「ここでやるのか」
「地形からすると、ここが一番なのよね」
「分かった。
魔力切れに注意しろ。
俺は周囲を警戒する」
ニコールが敵勢の旗に気付いた。
「ベイカーの騎士団じゃないかしら」
「王国騎士団という事か」
「そうよ、旗がそうだもの」
イリアも敵勢の旗を見た。
「そう言われると、そうだな。
しかし、どうしてなんだ」
「要塞攻略の手柄が欲しいんでしょう。
おそらく将軍は王族の何某かじゃないの」
ニコールは標的となる山を決めた。
向かいの、左斜めの山だ。
外見的には図太い形をしていた。
【水魔法特級】を起動した。
狙いは前面、麓の部分。
遠間だが、余裕で魔力を伸ばした。
接触して、ちょっと切り口を入れ、間口を広くした。
術式は《脱水乾燥》。
そう、水を操り、麓部分から水を抜き出して乾燥させる。
慌てず騒がず、少しずつМPを注力した。
間口を広げて広げて、奥へ奥へ。
水平ではなく、ちょっと斜め上へ、角度緩く付けた。
木を切り倒すイメージ。
敵軍にも魔法使いも存在するだろう。
それでも気付かれる恐れはない。
魔法使いはレベルが全て。
下級者でも勘の鋭い者なら、胸騒ぎがするだろうが、それだけ。
詳細な把握までは出来ない。
ただ、鳥や獣達は違った。
魔法を理解しないまでも、特有の勘働きを持っていた。
それに従って逃げ出した。
麓の様相が徐々に変化を始めた。
雑草が、蔦が、木々の葉や小枝が枯れ始めた。
そこへ予期せぬ、不意の突風が吹いた。
葉が剥がれて舞った。
何騎かの兵が怪訝な表情でそれを見遣った。
が、口にしない。
予想できないのだろう。
砂上化した麓の一角が崩れた。
木々が巻き込まれ、砂が舞い上がった。
それでも兵士達は危機感は持たない。
偶発的な、小さな崖崩れと思ったのだろう。
イリアは山全体が揺らぐのを見た。
術者の近くに居たからこそ、理解できた。
今や、お山は砂上に乗っかってる状態、と。
言い換えるなら、お山の麓が《脱水乾燥》に犯されたのだ。
イリアは素早く【身体強化特級】を起動した。
施術中のニコールをお姫様抱っこ。
「退避するぞ」
抱き抱えて、後方へ駆けた。
そこからは一気に、だった。
そのお山が街道へ向けて滑り落ちて来た。
得も言われぬ凄まじい轟音。
巻き込まれた大軍から悲鳴が上がったと思うが、
山滑りの轟音が全てを打ち消した。
イリアは後方は振り返らない、
躓かないように注意しながら、退避に専念した。
前以って決めていた山に駆け上がった。
あれを山津波と判断し、上へ上へ。
お姫様抱っこされてるニコールが言う。
「私、もう走れるわよ」
「遠慮すんな」
「あっ、ありがとう」
二人は山頂から現場を見下ろした。
生憎、砂煙が邪魔していた。
しかし、人の声は聞こえた。
「誰か聞こえるか」
「この山津波だ、生存者はいないだろう」
「将軍様はご無事か」
「真ん中に居られた筈だ」
「救援を要請しろ」
「手空きは生存者を探せ」
ニコールとイリアの陰供をしていたデストリシアンが騒いだ。
「「「凄いな」」」
「「「人間は怖いな」」」
ポーラが言う。
「二人の退路を確保するよ。
あの集落よ。
ポーリンとポール、先行して敵兵を排除して」
フリューゲル要塞はベイカー王国軍の攻撃に晒されていた。
物量にものを言わせて、五日続けての波状攻撃。
その様子をブルータス・カーズ・ルルーシェは最前線で観察していた。
そして、先の砦とは違う事に気付いた。
跳ね返されても跳ね返されても、外壁に執拗に取り付くのだ。
互いの魔法攻撃や【魔導砲】、弓の一斉射で負傷者が続出していた。
こちらに比べ、敵勢の被害が多いと見積った。
なのに一向に攻撃の手を緩める気配がない。
ブルータスは隣の将官に尋ねた。
「狂ったように兵を出して来る。
これまでとは違い、何かおかしい。
敵の後方に偵察を出せるか」
「はい、直ちに」
翌夕、偵察が戻って来た。
「敵の新手が後方に来ています」
「どこの部隊だ」
「ベイカー王国の王国騎士団の旗がありました」
これまで侵攻して来たベイカー王国軍は侯爵や伯爵が旗頭で、
寄子貴族や傭兵を率いていた。
ベイカー王国軍は一兵も姿をみせていなかった。
それは、こちらのダイキン王国宮廷を刺激せぬ策であったのだろう。
なのに、事ここに至って王国騎士団とは。
もしかして、要塞攻略の功績を貴族に与えたくないのか。
だとしたら、それは戦ではなく政ではないか。
・・・。
だからか、功を焦った目の前の貴族が、その前に要塞を攻略せんと、
こうして休みなく攻撃している訳か。
何か指示しようとしたブルータスの耳に、
遠くで何かが起こった物音が聞こえた。
大きな物が崩れたような衝撃音と地響き。
これは・・・。




