(東の辺境伯領へ)7
ダイキン王国とベイカー王国との間に広がる山地に国境線はない。
昔からの紛争地だったので、互いに決めるのを良しとしなかった。
それでもずっと戦争をしていた訳ではない。
互いの事情で休戦に近い状態もあった。
平時は商人による交易もあり、無舗装の街道が拓かれていた。
その街道をベイカー王国軍が隊列を組んで押し出して来て三日目。
初日の先鋒はフリューゲル要塞の手前に布陣し、
野営地の構築を終えていた。
その後ろに中軍の野営地。
本日は本隊だろう。
中軍の後ろで止まった。
ベイカー王国軍の行軍は決まり切っていた。
明日は糧食隊。
そして最後に殿軍。
四千の部隊が五つ、計二万。
この山地にダイキン王国の要塞は一つ、砦が二つあった。
それをベイカー王国は時間を掛けて削り、砦二つを陥落させた。
今は最後の局面。
ここを抜かれると一面が平野。
二日の位置に領都があった。
その領都、とても防御に優れているとは言えない。
ブルータス・カーズ・ルルーシェが敵勢を見下ろしていた。
表情に悲壮感はない。
心底は分からないが、時折、笑みを浮かべていた。
それは、最高指揮官としての矜持かも知れない。
そこへ部下が駆け寄って来た。
「皆様方がお揃いです」
要塞の奥まった所に広い会議室があった。
そこに招集に応じた者達が揃っていた。
将官ではなく、辺境伯領の有力者達だ。
各ギルドのギルドマスター、町村長、商家の会長達、富豪達、
教会や神殿の司教や司祭達。
ブルータスは全員を見回して軽く頭を下げた。
「忙しい中、お出で頂いて恐縮。
時間がないので、細かい話は省かせて頂く。
結論から申し上げる。
この要塞は一ㇳ月で放棄する。
したがい、皆様には領民にこの事を伝えて頂きたい。
勿論、当方からも領民に告知する。
漏れがあってはいけないので、皆様にもご協力願いたい」
ブルータスは口を閉じ、見回した。
司教が挙手して立ち上がった。
「放棄とは」
ブルータスは司教に目礼して説明した。
「ご存知のように、当方の兵力は二万と少々。
辺境伯家の騎士団と領兵団、これに寄子の貴族の領兵団。
これまではこれでベイカー王国や魔物を打ち払ってきた。
ところが今回のベイカー王国の戦術は、これまでとは大きく違った。
兵力に驕ることなく、ただ執拗に削るのみ。
その戦術で二つの砦は大きく削られ、陥落させられた。
この要塞でも削るつもりのようだ。
このままでは陥落する未来しか見えない。
王宮に窮状を訴えたが、それも、なしのつぶて。
・・・。
生憎、当家は王宮の飼い犬ではない。
ここで玉砕するほどのお人好しでもない。
よってダイキン王国から離脱する。
・・・。
当家は元々は北のルルーシェ盆地の住人。
百年ほど前、ダイキン王国の国王に乞われて、
友人として幕下に参じた。
上下の関係ではなく、あくまでも友人。
その友人関係が壊れた。
壊したのは偏に王宮側にある。
よって、我等は故地のルルーシェ盆地に戻る。
かと言って、これまで領民であった者達を無碍にはしない。
一ㇳ月、この要塞を死守する。
その間に領民には選んで貰いたい。
避難するか、残ってベイカー王国の民となるか」
古くからの富豪の一人が挙手して立ち上がった。
「ベイカー王国の民になっても宜しいのですか」
「民になれるかどうかは向こう次第だが、
当方は民の選択に口出しするつもりはない。
なにより生き残る事が大事だ。
ただただ幸運を祈る」
一人の町長が挙手し立ち上がった。
「望む民はルルーシェ盆地へ避難できますか」
「避難民は受け入れない。
貴君らもご存知のようにあの盆地はいささか狭い。
あそこで避難民を養う余裕はない。
それに今回、寄子貴族も当家に従って盆地に戻る。
となると街道が混雑する。
入り口の渓谷は狭いからな。
避難民には遠慮してもらいたい」
ルルーシェ盆地はこの平野と地続きで、北の渓谷の先にあった。
元々はブルータスのご先祖様が拓いた盆地で、
長らく独立勢力として割拠していた。
王国の幕下に参じても、その支配権は認められていた。
故に今も盆地はルルーシェ辺境伯家の代官が治めていた。
ニコールはこの山地に精通していた。
ブルータスが男子に恵まれなかったので、いずれは女辺境伯、
として育てられたのだ。
その教育の一環として父に連れられ、この山地を幾度も訪れた。
父は戦跡でニコールに、敵味方が如何にして戦ったのかを語り、
その戦術を理路整然と解説した。
そして最後はベイカー王国を扱き下ろした。
「馬鹿者共は負けても何度も来る。
税金の無駄遣いだと知らんのか」
ニコールは山地の裏道をイリアと共に進んだ。
こちらはほとんどが手入れされていない山道なので、馬を急かせない。
周囲に気を配りながら、奥へ奥とはいった。
途中、幾つかの小さな集落があったが、何れも無人。
入り口の木の柵が厳重に封鎖されていた。
戦争に巻き込まれたくないので、集団で避難したのだろう。
魔物との遭遇もない。
こちらも人の争いを嫌い、遠ざかっているようだ。
最後の集落に来た。
ここも封鎖されていた。
ニコールは気にしない。
イリアを振り向いた。
「ねえ貴男、開けてくださいな」
イリアに否はない。
喜んで馬から飛び降りた。
【身体強化特級】を起動した。
全体に巡らし、下半身をさらに強化、木の柵を跳び越えた。
柵を裏から繁々と観察した。
そして右脇の一角に注視した。
緩い。
おそらく力のない者の仕事だろう。
そこから柵を壊した。
二人して集落に入った。
求める物は厩舎。
大きな家屋を見つけた。
集落の纏め役の家屋だろう。
その隣に厩舎を見つけた。
乗って来た馬二頭を入れた。
水と飼葉を与えると、集落を出た。
後始末として壊した柵の補修を行った。
イリアが。




