(東の辺境伯領へ)6
ニコールは昔の疑問を口にした。
「聞いた事があるわ。
四つの辺境伯家は王宮勤めの貴族に嫌われていると。
あの頃はさほど気にしなかったけど、今思い返すと、
あれの意味が分かる気がするわ」
王宮勤め貴族、主に法衣貴族に嫌われていた。
法衣貴族は領地を持たない貴族で、王宮で文武官として勤めていた。
彼等の多くは貴族の次男三男等、中には女子もいた。
生家を継げない彼等彼女等は成人して独立する際、
生家に爵位を買ってもらっていた。
普通は一代限りの準男爵位。
しかし、王宮勤めでも努力して功を上げれば、その上に行けた。
所謂、陞爵であった。
運が良ければ領地も得られた。
その為に彼等彼女等は汚い仕事も厭わなかった。
会長の嫡子が言う。
「おそらく、ベイカー王国の謀略です。
陞爵されても今のところ、分け与える領地がありません。
そこで辺境伯家領地です。
削れば空き領地が出来る、そう吹き込んでいる節が窺えます」
辺境伯家は隣接する脅威に対抗する為に、
広大な領地と権限が与えられていた。
それを法衣貴族等は常日頃から疎ましく思っていた。
表立って口にはしないが、そんな雰囲気が王宮全体にあった。
ニコールが応じた。
「辺境伯家が正式なルートから王宮へ救援要請を上げても、
受諾される様子が窺えなかったのは、そこらに原因がありそうね。
どこかで誰かが握り潰した。
そしてそれを力ある者が黙認している、ってことよね」
状況説明が終わったところで金庫番がニコールに尋ねた。
「タウンハウスへ向かわれますか」
「そのつもりだけど」
「あそこは見張られています。
お止めになった方が宜しいかと」
「見張られてるって、誰に」
「はっきりしませんが、犯罪者ギルドらしき連中です」
犯罪者ギルドは裏社会のギルド。
表社会のギルドと違い、全体像ははっきりしていない。
「どう考えても依頼主はベイカー王国か、法衣貴族よね」
嫡子が言う。
「その二つ以外は考えられません。
おそらくこちらの出方を見ているのでしょう」
「うちの人はある意味、有名人だから身元がばれたら拙いわね」
イリアは元はこの国の暗殺業界に身を投じていた者。
犯罪者ギルトに見知る者がいる可能性が高い。
ニコールとイリアは王都の空気を感じ取ると、
翌日には東へ向かう事にした。
王宮が頼りにならないのなら、辺境伯家単体で対処するしかない。
ニコールは轡を並べたイリアに軽く頭を下げた。
「申し訳ないわね」
「なんのなんの、気にするな、夫婦ではないか」
王都を出る前に、王宮を眺めようと、馬を牽いて遠回りした。
王宮は王都のど真ん中、水堀と外壁で囲われた内郭にあった。
外から全容は見えない作りになっていた。
辛うじて見えるのは屋根のみ。
でも、それは過去の話。
六年前に事情が変わった。
内郭の中で大事故が発生した。
魔法の暴走、と公表された。
被害甚大で、内郭の一角が破壊された。
それだけでは終わらなかった。
被災した一角が魔水晶で覆われたのだ。
魔水晶化したとも言えた。
水堀沿いの道を行くと、その一角が見えた。
撤去されていない。
魔水晶化したまま。
噂では、どんな鉱物より難敵らしい。
腕に覚えのある採掘師を呼び寄せたものの、相次いで失敗した。
次に鍛冶師達、こちらも失敗。
最後に呼び寄せた攻撃魔法の使い手達、こちらも失敗。
以来、お手上げ状態。
イリアが言う。
「噂ではあの日、教会の真上で光魔法と闇魔法が衝突したようだな」
「ええ、私もそれは聞いたわ。
召喚に失敗したという噂もね」
「ああ、中心地が教会があった場所だったから、
そんな噂になったんだろうな」
「ええ、そうよ。
あの時の、今は先代か、その国王陛下が召喚を依頼したという噂ね」
「流石に教会も、あの方の依頼は断り切れなかったか」
「あくまでも噂よ、噂」
「ああ、噂、噂だな」
王都から東辺境伯領へ至る街道は距離はあるが、
平坦地を選んで拓かれていた。
お陰で馬には優しい。
拓かれていても魔物や盗賊は出没した。
生憎、二人は何故か遭遇しなかった。
不思議がりながら二人は馬を東へ進めた。
急ぎ旅ではあるが夜営はしなかった。
常に宿に泊まり、情報収集に努めた。
ニコールは、心は急いても頭は冷静であった。
そんな彼女をイリアは優しい愛しんだ。
年上の経験を活かし、スムーズな旅を心掛けた。
ルルーシェ辺境伯領が近付くにしたがい、
反対方向の王都へ向かう人々が増えてきた。
大方、敗戦間近いとみて避難するのだろう。
貴族らしい姿はない。
荷物を担いだ家族連れの平民が多い。
幌馬車や荷馬車は商人だろう。
辺境伯領の領境の関所も当然、人々で溢れかえっていた。
ここも入るよりも出る方が多かった。
二人はその関所でも冒険者を装った。
偽造したカードで易々と通った。
関所の先の町に泊まった。
宿だけでなく、飲み屋にも入って情報を収集した。
現場が近いだけあり、戦況にも詳しかった。
お陰で、辺境伯の居場所が分かった。
フリューゲル要塞。
イリアが言う。
「向かうんだな」
「それしか無いでしょう。
あそこは最後の関門。
抜かれたら、後は平野続きで抗戦する地形が一切ないの」
侵攻して来たベイカー王国との間には山地が広がっていた。
辺境伯家軍はその地形を活かし、遅滞戦術を駆使し、
足止めに専念した。
辺境伯家軍は如何ともし難い兵力差にも関わらず、
大崩れすることなく、敵の侵攻を遅らせた。
それでも旗色が悪いのは事実。
援軍が望めないからだ。
遂に山地最後の関門である要塞に籠ることになった。
ルルーシェ辺境伯は要塞から敵を見下ろしていた。
ブルータス・カーズ・ルルーシェ、五十才。
まだまだ働き盛り。
ジッと敵の布陣を観察し、誰にともなく言う。
「これまでとは違うな。
どうやら増援が来るようだ」
後ろに控えていた将官が応じた。
「この要塞を抜くには二万では足りませんからな」
「そうだ、儂なら六万は連れて来るな」




