(東の辺境伯領へ)5
デストリシアンに正々堂々という言葉はない。
その一匹、ポールがオークの右耳へ忍び寄った。
耳の外の穴、外耳道から中へ《ウィンドスピア》を放った。
デストリシアンの小さな身体に似てウィンドスピアも小さい。
しかし、威力までは小さくない。
オークの外皮だとどうなるかわからないが、元々開いていた外耳道。
易々と入った。
中耳の曲がった箇所に届き、簡単に貫いた。
オークの耳から血肉が噴き出し、悲鳴が上がった。
「ギャーッーッーッ」
思いがけぬ痛みにオークは膝をついた。
聴覚と平衡感覚を失った。
泣き喚き、倒れ伏してジタバタ、ジタバタ、バタッ。
仲間の異変に気付いて周辺を警戒するオークは二体のみ。
他は呆然と突っ立っていた。
その突っ立っていた五体にポーラとポーリンが忍び寄った。
《ウィンドスピア》。
鬱蒼とした森はデストリシアンにとっては絶好の狩場。
陰陽の中を自在に飛んで、五体を耳内部の欠損に追い込んだ。
耳は部位としては小さいが、大事な箇所。
脳に近い。
そしてオークには治療魔法が存在しない。
残ったオーク二体は背中合わせになり、周囲を見回した。
必死の形相で警戒を続けた。
ポーラが冷静に言う。
『さあ、警護に戻るよ』
ポールが尋ねた。
『こいつら放置か』
ポーリンが言う。
『問題ない、問題ない』
ニコールとイリアは然したる問題にも遭遇せずに旅を続けた。
この日の宿で思わずイリアが零した。
「世の中、平和だな」
二人にとってこの旅は物見遊山ではない。
ニコールの実家へ急ぎ戻る旅。
その実家、東の辺境伯家は隣国からの侵攻に苦しめられていた。
そこで二人は少しでも力になりたいと、駆け付ける事にした。
「所詮は他人事だから」
ニコールは淡々と言うが、宿に泊まる度に情報収集に励んだ。
宿代を度外視し、情報が集まる宿を選んだ。
その食堂で聞き耳を立てた。
富裕層は財産を持つが為、情報とは無関係ではいられない。
貴族は恒久的資産である領地を持つが、富裕層は所詮は平民。
ほとんどが金融資産のみなのだ。
平時であればそれは力の根源であるが、
有事となればその限りではない。
王家から、矢銭を拠出しろ、と徴税を喰らう。
金額を指定されると拒否は出来ない。
そんな訳で彼等は情報で貪欲であった。
実際、そうで、彼等はやけに東の戦況に詳しかった。
食堂で親しい者を見つけると、情報を交換し、分析を行った。
彼等は危機感を抱いていた。
王都から国軍が派遣されないことに。
【身体強化特級】のイリアの耳は、
彼等の言葉を一つ残らず掬い上げた。
二人は昼間は轡を並べた。
イリアが零した。
「ここまで盗賊にも魔物にも襲われていない。
全くおかしな話だ」
「そうね、盗賊や魔物の気配はあったけど、襲って来なかったわね。
ところで、もう直ぐ王都が近付いてくるけど、どうしようかしら。
素通り、それとも立ち寄る、どうするの」
「君はどうしたい」
「タウンハウスに立ち寄りたいわ。
立ち寄って詳しい話を聞きた。
当事者の話に勝るものはないものね」
イリアが大袈裟に会釈した。
「仰せのままに」
「うむ、くるしゅうない」
二人は商売柄、商業ギルドのカードを持っていたが、
足跡を残さない為に冒険者ギルドのカードを使って王都へ入った。
勿論、イリアが用意した偽造カードであった。
それはある意味、本物でもあった。
イリアがとあるルートから入手した冒険者ギルドの未使用カード。
本物のカードに偽名を書き入れた。
真贋の見分けがつく者は皆無だろう。
ルルーシェ辺境伯家のタウンハウスは貴族街にあったが、
別名義で平民街にもタウンハウスを構えていた。
商会で、領地の特産品を扱っていた。
ニコールはその商会の裏手に回った。
裏口は商品搬入搬出口兼使用人出入口でもあった。
当然、門番がいた。
馬を牽いて訪れたニコールとイリアを不審気に見た。
「ここはお店の裏口で、関係者以外は入れません」
その物言いに、ニコールは苦笑い。
商会の会長親子の名前を出し、連れて来るように頼む。
門番は胡乱な表情ながら、頷いた。
幸い、遠くに商会の店員を見つけた。
声を掛けて手招きし、事情を説明した。
使用人はニコールを振り向いて驚いた。
「お嬢様」
古くからの店員でニコールを見知っていた。
驚くが、大騒ぎはしない。
節度を持って二人を奥へ案内した。
店舗ではなく、会長の屋敷へ。
出迎えたメイドに指示した。
「ご本家の方です、粗相のないように。
私は会長へ伝えて参ります」
会長の屋敷は、貴族屋敷とは別物であった。
来客向けではなく、機能を優先して建てられていた。
二人が風呂から上がった頃合いにメイドが来た。
「皆様、お揃いです」
応接室ではなく、会議室に案内された。
六人いた。
会長親子と古手の幹部が四名。
ニコールは全員とは顔馴染みであった。
会長が進み出た、
「お久しぶりです、お嬢様」
「ご無沙汰しているわね。
でもうちの子供達や、季節折々の贈り物には感謝しているわよ。
どうも有難うね」
久方ぶりであったが、直ぐに昔のような話し方になった。
金庫番が尋ねた。
「お嬢、事情はご存知なんでしょう」
「ベイカー王国からの侵攻を受けてるそうね。
兵力は十万と聞いているわ」
「そうなんですがね、これが質が悪いんですわ」
「どうしたの」
番頭が割って入った。
「王都からの援軍が来ぬように考えているのか、
毎回二万ほどで侵攻して来ます」
「ええっ、それって」
「実に姑息です。
ですが、有効でもあります。
実際、援軍が来ません」
「しかしね」
「質が悪いというか、悪賢いというか。
敵は、月毎に部隊を入れ替えています」
月毎に入れ替わって侵攻して来る敵に対し、
味方は少ない兵力で奮闘を余儀なくさせられていた。
が、疑問も。
援軍が来ないのは、それだけが理由か。
もしかして、敵の手が王都へ延びているのでは、と考えてしまった。




