(河原の刑場)3
五右衛門に後方の騒ぎは分からない。
野次馬達の歓声が激しく、怒号も叫びも悲鳴も聞こえない。
ただ一心不乱で駆けた。
竹矢来に手をかけた。
竹を組み合わせただけなのだが、弾力に優れ、
ちょっとやそっとでは壊れない作りになっていた。
見ると、要所が木材で補強されているではないか。
願ったり叶ったり。
足をかけ、するする昇った。
所司代がよりをかけて作っただけに揺れはするが壊れる気配はない。
所司代様に感謝感謝。
五御門が外に降り立つのは容易であった。
難無く飛び降りて逃げる方向を探した。
途端、野次馬達の歓声が消えた。
悲鳴。
一斉に潮が引くように後退りした。
極悪非道の盗賊として知られているだけに、致し方ないこと。
ちょっとだけ背後を振り返った。
気懸かりはヤマトの安否だけ。
直ぐに姿が確かめられた。
黒猫は繰り出される槍を掻い潜り、兵達を翻弄していた。
五右衛門は安堵した。
小さな身体で俊敏に動くヤマトを槍で突き刺すのは至難の業、
そう確信した。
五右衛門のさしあたっての心配は、
野次馬に紛れ込んでいる所司代の忍者群。
いない分けがない。
なにしろ五右衛門の配下は全員が捕縛された分けではない。
手練れ数人が逃れていた。
彼等が奪還に動く、そう想定するのが定石だ。
五右衛門は敵の気配の有無を探った。
立て続けに射撃音。
ヤマト目掛けてではなかった。
五右衛門の後ろで野次馬数人が悲鳴を上げて倒れた。
差配を任されている者が逆上したとしか思えない。
野次馬達が悲鳴を上げて逃散した。
機を逃さない。
五右衛門もそれに乗じた。
鉄砲の斉射が止まらない。
幾人もが犠牲になった。
五右衛門は逃げ惑う人波みに紛れて堤を駆け上がった。
目の前には三条大橋。
橋を渡らずに右へ走れば南禅寺や粟田口から山中に逃げ込める。
ところが彼は橋を渡った。
先には二条城が見えた。
都大路を駆ける五右衛門の姿は誰が見ても怪しいの一言。
おまけに、その背後から射撃音が聞こえて来た。
行き交う人々が難から逃れようと、慌てて道を譲った。
行く手に障害なし。
気懸かりは後方のみ。
追っ手の存在。
見失っていなければ直ぐに来るはず。
一番手は忍者群か、それとも騎馬か。
とにかく所司代は全力を挙げて、生死に関わらず捕らえようと、
雲霞の如き捕り手を送り出して来るに違いない。
偉丈夫が都大路の茶店に腰を下ろしていた。
のんびり空を見上げながら、縁台でお茶を喫していた。
手元には団子もあるのだが、それには手をつけていない。
その姿はどこにいても目につく。
大柄な体軀を傾奇者特有の派手な物で着飾っていた。
そこいらの女顔負けの色合い。
しかし笑う者はいない。
似合っていた。
役者にしたいような男振り。
おまけに腕が立つ。
戦場での手柄は数知れず。
ただ、上の者や同僚との折り合いが悪く、諍いが絶えない。
ついには当主・前田利家と衝突し、出奔することとあいなった。
名を前田慶次。
慶次は待ち人の気配を感じた。
そちらに顔を向けた。
予想したように相手は都大路のど真ん中を駆けて来た。
先方もこちらに気付いたようで、慌てて手前で足を緩め、
とっとと歩み寄って来た。
荒い鼻息でこちらを不思議そうに見詰めた。
石川五右衛門。
慶次は早朝、知人の屋敷を訪れた。
豊臣政権の高位にある人物の屋敷で、
前もって日時を指定して招かれていた。
知人は人払いすると、挨拶もそこそこに用件に入った。
「三条の河原で五右衛門の刑が執行されるのは知ってるな。
ところが、それが無くなった。
みんなの見守る前で刑場から逃走するからな」当然な口振り。
何を考えているのか分からぬ人物だが、信頼は置けた。
所司代の官吏等は如何様にも転がせる地位にもあった。
得意の裏工作を施したと理解した。
それに五右衛門の件で慶次に嘘をつく理由がない。
「五右衛門は南禅寺から山中に逃げるだろう。
山中には寺社や小さな集落が多く、身を隠すには都合が良い。
それでだ、途中で奴に太刀と金子を手渡してくれないか。
山中でも何かと役に立つはずだ」太刀と巾着袋を差し出した。
その人物が五右衛門を逃がす理由が分からない。
そこまで親しくなかった筈だ。
が、慶次にとって五右衛門は気心の知れた飲み仲間。
一も二もなく引き受けた。
だが、五右衛門の気性からすると、
一目散に山中に逃げるとは思えなかった。
慶次は己の勘を信じ、都大路で待ち受けることにした。
五右衛門は慶次を見つけた。
慶次は縁台の上の右にはお団子、左には太刀と巾着袋、
背後には自分の野太刀を置いていた。
五右衛門は慶次の様子を見て、それと察した。
片頬を緩めた。
都大路を行き交う者達は足を止めないが、
誰もが物珍し気な視線を送って来た。
如何にも怪しい者と傾奇者。
衆目に晒された。
それを意識して五右衛門は無言を貫いた。
刑場から逃亡した者と途中で親しく言葉を交わせば、
いらぬ嫌疑がかかる。
慶次を毛嫌いしている連中を小躍りさせるだけ。
こちらの身を案じていると分かったので、慶次も付き合うことにした。
一言も発しない。
素知らぬ顔で湯飲みを置いた。
五右衛門は手を伸ばした。
お団子を取り上げて口に放る。
そのついでにとばかりに太刀と巾着袋をも取り上げた。
下緒を緩めて太刀を背負った。
巾着袋は懐に入れた。
言葉は交わさない。
目色で感謝を告げると、何事も無かったかのように踵を返した。
都大路を堂々と二条城方向へ歩んで行く。




