(マリアンヌ)5
ワイバーン騒ぎから五日後のこと。
ジョニーは母、ニコールから伝えられた。
「マリアンヌ様が遊びに来られるそうです」
はあ、なんで・・・。
ジョニーはマリアンヌ様の身元には薄々気付いていた。
「マリアンヌさまがここへ、あそびに」
「ええ、当日は貴男が相手なさいね」
「へいみんのぼくが、どうしろと」
「元執事のアーロン様のお孫様として来られるそうだから、
礼儀は気にしなくても大丈夫ですって」
アーロン様、あの執事風高齢者の事であろう。
マリアンヌ様もそう呼んでいたし。
つまり、アーロン様は仮爺。
そしてマリアンヌ様は仮孫。
当日、表門から見慣れぬ箱馬車が入って来た。
紋章はないが、格上と分かり易い箱馬車。
冒険者を装った騎士が前後に配されていた。
佇まいから只者でないのは明らか。
街中で誰何も、乱暴狼藉もないだろう。
屋敷の使用人達が総出で、今か今かと待っていた。
その前列には母とジョニー。
玄関前に箱馬車が寄せられると、護衛の冒険者二名が素早く下馬し、
馬車のドアの左右に立った。
うちの一人がドアをノックした。
「到着しました」
ドアが開けられた。
ステップに執事風高齢者、アーロンが足をかけて辺りを見回した。
そして、満足そうに母とジョニーに頷き、
年齢を思わせぬ体捌きで車外に降り立った。
入れ替わるように当家の侍女、アマリアがドア前に進み出た。
それに合わせてマリアンヌ様が出て来られた。
アマリアがマリアンヌ様に手を差し出してエスコート。
車内から声。
「ワンワンワン」
降り立たれたマリアンヌ様がジョニーに笑み。
「ジョニー、チェルシーのエスコートをして」
断れない。
ジョニーはステップ前に足を運んだ。
すると、チェルシーが飛び出して来た。
ジョニーの胸元目掛けて。
「キャンキャンキャン」
抗議の声か、でも犬語は分からない。
ああ、違った。
チェルシーの姿形は犬そのものだが、魔物。
犬の種から枝わかれしたゴールデンブルス。
軽量だが、突進力は侮れない。
これが成長したら、おお怖い。
申し訳なさそうな表情で残り二名が降りて来た。
あの時の侍女とメイドだ。
二名はチェメシーを抱くジョニーに軽く頭を下げた。
ジョニーは頷き返した。
あっ、そういえばとばかり、ジョニーは護衛の冒険者達を見回した。
いたいた。
あの時の女性騎士二名を見つけた。
如何にもな女性冒険者。
互いに自己紹介し合った。
どこぞの貴族に仕える執事と街の工房主。
そしてその孫と子供。
慣れ合いの場でマリアンヌ様が休憩を断った。
「同じ街中ですもの、移動の疲れも、着替えも必要ありません」
母は、彼女をそのままテラス席に案内した。
予期してテラス席は整えられていた。
テープルは二つ。
子供用と大人用。
母とアーロンが大人のテーブル。
ジョニーとマリアンヌ様は子供のテーブル。
チェルシーはマリアンヌ様の足下。
マリアンヌ様の語り口は滑らかだった。
あの日のワイバーンの事から始められた。
内容からすると、女児にしてはちょっと濃い。
おそらく衛士達から聞き取ったのだろう。
結局は、誰もワイバーンの飛行先を特定出来ていない、と。
「ジョニー、貴男はどう思う」
「たてもののかげに、かくれたのでわからない」
マリアンヌ様がお化粧直しで中座した。
たぶん、トイレだな。
それを利用してジョニーは大人達の会話に耳を傾けた。
やはりだった。
アーロンの口調がやけに柔らかい。
察するに、母の身元を知っての言葉遣いだろう。
そして会話の端々に、「東の辺境伯家」「隣国が侵犯」に繋がる言葉。
母がアーロンに尋ねた。
「東の辺境伯家の兵力では足りないのではないですか。
相手は仮にも一国の軍です」
「ええ、足止めが精一杯でしょう。
王都から騎士団が増援として送られると宜しいのですが」
「その増援はまだ決定してないのかしら」
「難しいですね。
何やら揉めているようです」
「何に揉めているのかしら」
「それは・・・」
アーロンが言葉に詰まった。
母は苛立った様子。
「辺境伯家が抜かれれば、王都まで軍団で一月。
騎馬のみであればもっと短い。
その辺りは子供でも分かるでしょうに。
・・・。
ごめんなさいね。
貴男に怒っても仕方ないのに」
「いいえ、とんでもございません。
同じ辺境伯家の臣として、こちらも苛立たしい限りです」
突然、笑い声が乱入して来た。
戻って来たマリアンヌ様がリリーを抱いていた。
可愛い妹のリリーがマリアンヌ様の囁きに笑いで答えていた。
なんか、盗られた気分。
マリアンヌ様とリリーの後ろにはお付のメイドが二人。
その二人は困り顔。
マリアンヌ様はリリーを抱いたまま、椅子に腰を下ろされた。
「ジョニー、妹がいたのなら紹介なさいよ」
「まだちいさいから」
「大丈夫よ、私は寛大なの。
小さな子のする事に目くじらは立てないわ」
隣のテーブルからアーロンの声が飛んで来た。
「マリアンヌの上には兄二人と姉二人。
だからずっと弟と妹が欲しかったんだ。
そうだろう」
「ええ、お父様やお母様にお願いしてるの。
弟と妹を下さいって」
周りにいた大人達が顔を背けた。
その肩が、全員大きく震えていた。
マリアンヌ様は大人達の様子には気付かない。
リリーを抱き上げて言う。
「ねえリリー、私をお姉さまと呼んでくれない」
「おねえ、さま」
「ジョニーもよ」
「はあ、どうして」




