(マリアンヌ)4
一瞬の間を置いて町中で歓声が上がった。
勝利の歓声だ。
「「「勝った勝ったぞ」」」
「「「ワイバーンを追い払った」」」
「「「建物から出て来ても大丈夫だ」」」
ワイバーンが突然消えた事には誰も言及しない。
理解できないので、敢えて口にしないのだろう。
街中に被害が及んだのに、人々が表に飛び出して喜び騒ぐ。
これに大樹海から出現した鳥類の群れ飛来も、
殲滅したとの知らせが輪を掛けた。
もうお祭り騒ぎ。
ジョニー達も表に出た。
マリアンヌ様が上を見回す。
「ワイバーンがいないわね。
本当に退治したのかしら。
それらしい死骸が落ちてないけど」
その足下でチェルシーが小躍り。
「ワンワンワン」
シンシンコ川でのワイバーン争奪戦に出遅れたアリカビルがいた。
きままな日光浴のつもりが、睡魔には適わなかった。
居眠りしていた。
とっ、水中の狂乱に気付いた。
慌てて川に飛び込んだ。
すでに五体無事なワイバーンはいない。
食い散らかされていた。
奴は川底に沈もうとした内蔵を見つけた。
必死で追い掛けて喰らい付いた。
柔らかい内蔵の筈が固い。
奴は魔卵であるのに気付いた。
それは卵のように形状から魔卵と形容された。
魔石とも魔核とも言われる代物。
魔物の体内で消費し切れぬ魔力を貯蔵する器官。
その外殻を割ると、中身には三つのタイプがあった。
水晶の塊のような物は、魔導士等が魔水晶の材料とした。
砂状のような物は、鍛冶師等が武具の材料とした。
卵液のような物は、薬師等がポーションの材料とした。
魔卵は外殻が固く、とても噛み砕ける物ではない。
大抵の魔物は吐き捨てた。
ところがそのアリカビルは違った。
腹が減っていた。
噛み砕こうとした。
それも思い切って。
すると、なんと外殻に罅が走った。
歯の当たった角度が良かったのだろう。
途端、アリカビル自身が待つ魔卵と、
噛み砕こうとした魔卵が共鳴した。
奴の体内を衝撃波が走った。
その影響でアルカビルは意識を手放した。
川底へ沈んで行く。
が、けっして溺れた訳ではない。
アリカビルの魔卵に貯蔵されていたのは水魔法属性に染まった物。
ワイバーンの魔卵に貯蔵されていたのは風魔法属性に染まった物。
水と風は相性が良いのか、悪いのか、それは知らない。
ただ、噛み砕かれた魔卵から漏れ出した卵液が、
アリカビルの体内にゆっくりと拡散し、
副作用を及ぼしながら馴染んで行った。
街角散歩を終えて屋敷に戻ったアレックスは、
ジョニーをソフィアに任せ、女主人ニコールの執務室に向かった。
執務室の外で立哨をしていた部下の一人がアレックスを認め、
ドアをノックして少し開け、室内に声を掛けた。
「アレックス副隊長が戻りました」
するとドアが中から大きく開けられた。
執事ダミアンが顔を覗かせ、入室を促した。
執務室はいつものように書類が山積みであった。
屋敷だけでなく、ラブラス工房の執務室も半分兼ねていたからだ。
ニコールと秘書三人が書類と格闘していた。
そのニコールがアレックスに気付いた。
「お帰りなさい」
「戻りました」
「大変だったでしょう」
「あの警報ですね」
「ええ、あの時どこに居たの」
「その現場です」
アレックスは経緯を手短に説明した。
聞いて驚くニコール。
たぶん彼女は、警備員を走らせて警報の情報収集を行ったのだろう。
それでも市井の警備員が入手できるのは概要だけ。
アレックス達の事までは分からなかったに違いない。
ニコールは執務机から腰を上げた。
「さあ、お茶にしましょう」
背筋を伸ばしながら窓際のソファに歩み寄った。
それを見て、侍女アマリアがメイドに細かい指示を出した。
ニコールは一方のソファーに腰を降ろし、
アレックスにその向かいに腰を降ろすように促した。
ダミアンが窓を開けた。
カーテンがゆらりと揺れた。
さっきのメイドが同僚と一緒にワゴンを押して戻って来た。
各員に珈琲とお茶請けを配った。
ダミアンとアマリアの二人は当然のようにニコールの後ろに控え、
アレックスに早く喋れと目で促した。
それを見てニコールは苦笑い。
「お茶くらい飲ませてあげて」
ニコールはアレックスが珈琲を飲み終わるのを待って尋ねた。
「その場にマリアンヌ様がいたのね」
この地を治めるアミン辺境伯の三女、末っ子だ。
長男長女次男次女三女。
正室が生んだのが長男長女。
正室が亡くなった後の継室が次男次女三女。
「いらっしゃいました。
あの方のペットがジョニー様にえらく吠えまして・・・、
そのお陰でというべきか、親しくなりました」
「ペット・・・、ゴールデンブルスのことね」
「ええそうです。
マリアンヌ様はジョニー様をまるで弟扱いです」
「えっ弟、そうなのね」
ニコールは商売の事を尋ねた。
「うちの【魔導砲】が少しは役に立ったのかしら」
アレックスはドーナッツを飲み込んで答えた。
「そこははっきりしません。
鳥類の群れ殲滅には役立ったようですが、
ワイバーンについては不明です」
「当たらなかったの」
「某が見た所、うちのだけでなく、全ての【魔導砲】が外れました。
・・・。
ワイバーンは風壁ウィンドウォールで身を守り、
同時にそれを武器にしています。
その攻守の切り替え時を狙えば、と思うのですが、
これがなかなか難しいようです」
「魔道具うんぬんより、運用法なのね」
「ええ、それにもう一つ。
察知能力だけでなく、攻撃回避能力にも優れています。
こちらの射手の能力を疑う訳ではありませんが、
もう少し練度を上げるべきかと存じます」
「そうね、練度よね。
・・・。
ところで、そのワイバーンはどうなったの」
アレックスは目を泳がせて答えた。
「某が気付いた時には姿が消えていました。
ある者の話では、風壁ウィンドウォールを放った後、反転したそうです。
ところが、それっきりです。
誰も目で追えなかったそうです」




