(マリアンヌ)1
ジョニーはマリアンヌ様の言葉に傷付いた。
犬を怖がっているみたい、と言われた。
そうではない、そうではない。
前世の猫であった時の記憶から、警戒心が前面に出ただけ。
怖がった訳ではけっしてない。
だけど言い訳はしない。
そんなジョニーにソフィアが尋ねた。
「ねえジョニー、子犬が怖いの」
こんな時でもソフィアの口調は姉そのもの。
皆の視線がジョニーに集まった。
居合わせた者達の関心も惹いていた。
ジョニーはちょっと焦った。
「いぬははじめてだから、ちょっとおどろいただけ」
マリアンヌ様が目を光らせた。
「怖い訳じゃないのね」
「こわくないよ」
「本当に」
「ほんとうだよ」
マリアンヌ様はにこりと微笑み、女性騎士に一言。
「チェルシーを渡して頂戴」
女性騎士は侍女に確認してからチェルシーを手渡した。
マリアンヌ様は抱き抱えたチェルシーに一声。
「チェルシー、新しい友達よ。
紹介するから仲良くするのよ」
「キュ~ン」
マリアンヌ様がそんなチェルシーに頬擦りしながら、
こちらへ歩いて来た。
アレックスとソフィアが心配そうな顔をした。
これから起こる事を想像しているのだろう。
ジョニーは二人に笑顔を見せた。
安心して、と意を込めた。
ついでチェルシーを観察した。
立派な金色の毛並み、それは高貴な身分を表す色。
比して顔は不細工、全体的に角ばっていた。
目鼻は真ん中あたりに集中し、両の耳はとんがり。
口でハアハア息をしていた。
《サーチ》を起動した訳ではないが、
近付いて来るチェルシーから異質な感じを受けた。
これは・・・、魔力が微量だが漏れている様子。
慌てて《サーチ》起動。
幸い、水堀と大樹海のお陰で、辺りの大気には水蒸気が多い。
所謂、湿度たかし。
足裏から地面を通し、その水蒸気に乗っかってチェルシーに触れた。
名前、チェルシー。
種族、犬の種から枝分かれした魔物、ゴールデンブルス。
年齢、六才。
職業、マリアンヌのペット。
HP、75。
MP、60。
得意技、噛み付き、引っ掻き。
色々と突っ込みたいところ満載。
しかし、黙っているのが正しい選択だろう。
おっと、チェルシーが不快そうな表情。
視線を周囲に巡らし、小さく唸った。
「グオーン」
《サーチ》の感触に勘付いたのだろう。
だが、残念、そこまで。
僕までは辿れない。
マリアンヌ様がそんなチェルシーの頭を優しく撫でた。
「はいはい、大人しくしてね」
手前でマリアンヌ様が足を止めた。
僕にニコリ。
「ところで弟君、名前は」
「ジョニーです」
「そう、ジョニーなのね。
ではジョニー、後ろを向いて頂戴」
「はあ」
「早く後ろを向いて。
チェルシーに匂いを嗅がせるから」
逆らうの得策ではないだろう。
言われた通り、背中を向けた。
マリアンヌ様の気配が近付いた。
お尻に何かが触れた。
「キュ~ン、キュ~ン」
えええっ、くすぐったい。
どうやら犬を僕のお尻に押し付けているようだ。
たぶん、押し付けたのは鼻先だろう。
次に背中、後頭部にも。
マリアンヌ様の声。
「チェルシー、仲良くするのよ」
足首にふさふさな感触。
下ろしたらしい。
「ジョニー、前を向いても良いわよ」
見下ろすと、チェルシーが僕を見上げていた。
これはっ。
どうやら期待されてる気配。
たぶん、チェルシー以外の皆に。
そこで僕はチェルシーに手を差し出した。
「チェルシー、よろしくね」
「ウー、ワンワン」
歯が剥き出しでないのが救い。
ちょっと安心し、再度呼びかけた。
「チェルシー、よろしくね」
「ウー、ワンワン」
尻尾は微動だにしない。
マリアンヌ様の声。
「これを食べさせてみて」
腰の小さなポシェットから干し肉一切れを取り出し、僕に差し出した。
僕はそれを受け取り、チェルシーに見せた。
途端にチェルシーの態度が変わった。
「キュ~ン」
干し肉を差し出すと凄い勢いで喰い付いた。
それを見てマリアンヌ様が得意気に言う。
「チェルシーの大好きな、人肉のジャーキーよ」
「えっ」
人肉のジャーキーと聞いて、思わず息を飲んだ。
「嘘よ、オークの干し肉よ」
だよね。
人肉のジャーキはないよね。
しかし、このご令嬢、言うに事欠いて。
僕だけではなかった。
侍女からの声が飛んで来た。
「お嬢様、言っていい冗談と、言っていけない冗談がありますよ」
「はい、ごめんなさい」
「キュ~ン」
チェルシーも一緒になって謝った。
「警戒警戒、鳥類の群れが旋廻中」
近くで立哨していた衛士が声を発した。
大樹海から鳥類が群れ成して飛び立ち、大きく旋廻している、と。
巡回中の衛士達が【魔導砲】に駆け寄った。
大樹海に面した外壁には八門置かれていた。
うちの三門がラブラス工房で製造したもの。
待機中の衛士達も呼び集められた。
ジョニーは矢狭間に駆け寄り、大樹海の上空を見た。
確かに。
様々な形状の鳥類が群れ成し、旋廻していた。
隣に誰かが並んだ。
「わあ、凄いわね」
マリアンヌ様だ。
その胸元でチェルシーが吠えた。
「ワンワンワン」




