(転生しました)7
ジョニーは見物客の会話が気になった。
「東の辺境伯家」「隣国が侵犯」・・・が。
この騒ぎはトムが生まれる前にはなかった。
生まれた後の出来事。
母や父、執事夫妻の様子がおかしくなったのも、
トムが生まれた後のこと。
もしかして、この侵犯騒ぎが原因か。
そう言えば、トムにポーションを飲ませたとか、医師を呼んだとか、
そういう事もなかった。
お付きのメイド、ヒラリーは普通に働いていた。
愚痴一つ零さなかった。
やはり原因はトム以外にあったのだ。
ジョニーは仮父、アレックスの微妙な態度に気付いた。
ジョニーとソフィアに目を配りながら、噂話に耳を傾けていた。
屋敷の警備隊の副隊長としての関心だろうと思ったが、
彼の別の立場に気付いた。
アレックスを含めた警備員数名は屋敷の古株で、
執事夫妻と同じように父を「イリア様」呼びしていた。
決して旦那様として敬う事はなかった。
対して母を「お嬢様」「奥様」として敬っていた。
面と向かって尋ねた事は無かったが、
屋敷内の噂では母は貴族の縁者。
この縁者が曖昧過ぎた。
もしかして、母はお貴族様の生まれではないのか。
そして理由は分からないが、成人とともに平民になった。
その際、古株達を連れて工房を開いた。
であれば納得できた。
父との馴れ初めだけは想像できないが。
心ここにあらずのアレックスに鎌をかけた。
「おかあさまのごじっかは、だいじょうぶかな」
「それは大丈夫です。
ご実家の辺境伯軍は強いですよ」
ええっ、ご実家の東の辺境伯軍・・・、ですか。
アレックスは鎌をかけられた事に気付いていない。
ジョニーは追い打ちはしない。
ここで打ち止め。
ソフィアを見遣ったが、彼女の関心は他に向けられていた。
大樹海を睨む【魔導砲】を食い入るように見ていた。
側に衛士が居なければ手で触れていたかも知れない。
「ソフィア、【まどうほう】がすきだったの」
「違うわよ。
見ていたのは【魔導砲】のエンブレムよ。
遠いけど、あれはどう見てもラブラス工房のよね。
そうよね、お父さん」
母の店、ラブラス工房。
それにアレックスが反応した。
視線を【魔導砲】に転じた。
エンブレムを確認したのか、笑顔になった。
「うちのだね。
今年からうちの工房も辺境伯軍へ納入してるんだよ。
まだ六門だけどね。
評判が良いそうだから、もう少し増えるんじゃないのかな」
突然、吠える声が聞こえた。
「ワンワンワン」
さんだな、そう思った。
犬猫の仲。
ジョニーは猫だった頃の癖で身を竦ませながら、声のする方を見た。
小型の金色の犬がこちらに向かって駆けて来た。
そういえばこの世界で初めての犬との遭遇であった。
猫との遭遇もないのに、犬とは。
それも毛色が金色。
どうすべきなのか正解が分からない。
アレックスが犬との間に立ち塞がった。
慣れた感じで腰を落とし、犬の突進をやんわり受け止めた。
彼と比べると犬はもっと小さく見えた。
「ワンワンワン」
一つ覚えのように父に向かって抗議するが、噛み付く様子はない。
ソフィアの関心も犬に移った。
犬に駆け寄った。
「わあー、綺麗な毛並み」
怖がりもせず、嬉しそうに撫で回す。
犬の声音が変わった。
「クウーン、クウーン」
この甘えん坊。
甘えん坊はソフィアに懐く一方で、ジョニーを時折睨む。
ジョニーはコテッと首を傾げた。
何か恨みを買ったのだろうか。
「チェルシー、チェルシー」
新たな声が聞こえた。
もしかして・・・。
ジョニーはそちらを向いた。
女児が駆けて来た。
背丈から判断するにジョニーと同じくらい。
衣服は全く違った。
ジョニーが金満家の小倅であるのに対し、相手はお貴族様の子女。
彼女を追いかけて来る者達もお貴族様の家来で相違ないだろう。
「マリアンヌ様、マリアンヌ様、お待ちくださいませ」
メイド服の少女が必死になっていた。
女性騎士二名が少女を左右から追い越した。
侍女らしき女性も。
少し遅れて高齢の男性、服装から察するに執事か。
「協力を感謝する」
女性騎士がアレックスに述べ、もう一人が犬を引き取った。
それでもソフィアは犬の側から離れない。
しきりに撫で回し、女性騎士に尋ねた。
「この犬がチェルシーなのですか」
「そうよ、貴女は犬が怖くないの」
「いいえ全く、こんなに可愛いのですもの。
お金を払ってでも撫で回したいですわ」
それでも礼儀を弁えていた。
女児が近づくとその場を譲った。
女児がソフィアを見て言う。
「驚かせてしまいましたね」
ソフィアは平民女子としての礼をした。
「いいえ、とんでもございません。
撫で回す機会を与えて頂き感謝しております」
その答えに女児が微笑んだ。
視線をアレックスに転じた。
「止めて頂き、貴男にも感謝しますね」
アレックスも平民男子としての礼をした。
「いいえいいえ、乱暴な犬ではなかったので問題はございません」
女児をお付きの者達が囲んだ。
侍女らしき女性が女児を窘めた。
「マリアンヌ様、走られた訳は分かります。
チェルシーが他人様に迷惑をかけないか、ご心配だったのでしょう。
だからといって、真っ先に駆けてはなりません。
このような場合は共の者にお任せ下さいな」
マリアンヌ様が萎んだ。
「みんな、ごめんなさい」
高齢者が執事らしき口調で言う。
「お説教は屋敷に戻ってからにしましょう」
侍女がアレックスとソフィアにお礼の言葉を述べた。
「お騒がせしてしまいましたね。
ありがとうごさいます」
マリアンヌ様がアレックスとソフィアの様子から、ジョニーに気付いた。
ソフィァに尋ねた。
「あの子は弟なの」
「ええ、自慢の弟です」
「でも犬を怖がっているみたい」




