(河原の刑場)2
五右衛門はヤマトに怒鳴った。
「来るな、戻れ、帰れ」
足軽の槍の餌食にはしたくない。
ところがヤマトは五右衛門の声に目を輝かせた。
更に速度を速めた。
そして跳ぶ。
真正面の兵を襲った。
的確に片目に爪を突き立て、容赦なく引き裂いた。
二人目も同様。
鮮やかな手並みに驚いている暇はない。
五右衛門は腰を上げた。
踵を返し、兵数の薄い方向に駆けた。
ヤマトも追いかけて来ると確信した。
駆けながら警戒手薄な方向の竹矢来を確かめ、
全力で砂利の上を駆けた。
慌てて阻止しようとする兵の槍先を、巧みに躱し、駆けた。
殴り倒すのは簡単だが、その手間が惜しい。
逃げるのに全力を注いだ。
ヤマトは五右衛門の後ろ姿に目をやった。
その一瞬だった。
三人目の兵の槍が回転した。
穂先ではなく、柄が下から来た。
思いもかけぬ動きに戸惑った。
腹部をしたたか打たれた。
痛撃。
小骨が折れた感触。
勢いのまま、軽いヤマトは宙に打ち上げられた。
宙で態勢を立て直したものの、落下地点だけはどうしようもない。
自然、落ちるところへ落ちて行く。
待ち構える兵の顔が歪む。
同僚二人の片目を潰した報復なのだろう。
落ちて来たヤマトの腹部を再び狙い、より激しく回転させ、
より高く弾き飛ばした。
ヤマトは気を失った。
命を糸に例えると、か細い糸が今にも途切れそう。
天空を悠然と泳ぐ始祖龍は下界の騒ぎには気付かない。
関心もない。
ただの有象無象。
疲れた目をソッと閉じた。
と、片目から涙が一滴、零れた。
ゆったりと落ちて行く。
風に舞うかの様に落ちて行く。
龍の涙が落ちた箇所には泉が湧き、枯れた大地を潤す。
砂丘すらも緑に覆われる、と言われていた。
龍にとっては、たいした事ではないが、下界にとっては豊潤の塊。
それが、さも意志があるかのような動き。
空を飛んでいる鳥達を避けながら落ちて行く。
三条の河原を目指して落ちて行く。
多次元を自由自在に渡り歩く龍。
それから零れ落ちた涙は人ほどの大きさで無色透明。
下界の者の目では捉えられない。
涙は真っ直ぐではなく斜め後方へ、
空飛ぶ鳥達を避けながらフラフラッと流れ落ちて行き、
宙に弾き飛ばされたヤマトを捕えた。
涙の大部分は水分だが、
核の部分には下界にとっては豊潤な塊がある。
涙はヤマトを捕らえると、その核の中に引き込んだ。
命のゆりかご。
薄い黄色の光でヤマトの全身を包む。
時を置かず、核の養分がヤマトの体内に浸透を開始した。
血との相性が良かった。
張り巡らされた血の道を通じてヤマトの全身に、くまなく供給された。
途切れそうだった命の糸が、みるみる持ち直して蘇生。
より太い命として再生された。
回復したのは命だけではない。
背骨から小骨、傷めた皮膚までが、再生された。
遺伝子にも手が加えられた。
螺旋が二重構造から三重構造に増えた。
一見すると元のヤマトだが、ようく見ると微妙に変わった箇所があった。
それは二つ。
一つは毛色。
ただの黒毛だっのが、艶々の漆黒になっていた。
それが日の光を浴びて鮮やかに映えた。
もう一つは目の色。
オッドアイ。
左が黒で、右は赤。
ヤマトの脳内で音がした。
ピロロ~ン、ピロロ~ン。
続いて声がした。
「【始祖龍の加護】を得ました」
この時、ヤマトの姿は人の目から消えていた。
でもそれは、ほんの一瞬。
次の瞬間にはヤマトが涙から躍り出た。
同時に涙が雲散霧消した。
ヤマトのオッドアイが怒りに染められていた。
宙で態勢を整え、ヤマトを槍で傷付けた兵を狙った。
鋭利な爪を光らせた。
「おみゃー」軽く吼えた。
槍の穂先にチョンと片足で乗り、跳んだ。
兵の顔面を襲う。
容赦がない。
爪で片目を抉りだした。
身体を翻し、四人目に跳んだ。
今度は喉元を爪で切り裂いた。
続けて五人目の喉元も切り裂いた。
たちどころに五名を戦闘不能にした。
彼等は流血箇所を手で押さえ、
悲鳴を漏らしながら地をのたうち回った。
ヤマトの口から人の言葉の様なものが小さく漏れた。
「これにゃー、なににゃー、どうしてにゃー」猫の発音なので聞き難い。
ヤマトの脳内には五右衛門の言葉が蓄積されていた。
それが今、開花した。
ヤマトは今の自分に戸惑った。
身体の切れ、爪の切れが異常なのだ。
自問自答している暇はなかった。
野次馬達の歓声が河原に木霊した。
彼等は騒ぎを大歓迎していた。
所司代の兵が二手に分かれた。
「吉野隊は五右衛門を捕らえろ。
手向かいすれば半殺しにしても構わん。
そのまま釜に投げ込む。
野口隊はあの黒猫だ。
殺せ、ぶち殺せ」
ヤマトは考えるより先に身体を動かした。
自分に向かって来る兵の一団を無視し、
五右衛門を捕らえようとしている一団を襲った。
横合いから跳び、肩から肩へ飛び移りながら、
無防備な箇所に爪を立てた。
並みの爪ではない。
槍よりも鋭く硬い。
それでもって深々と突き立て、引き裂く。
兵は何れも本格的な防具ではなかった。
所司代の足軽なので動き易い軽装。
胴丸に籠手、脛当、額当。
具足に甲冑などは望めない身分でもあった。
無防備な箇所を狙われたから堪らない。
後頭部、顔、首。
連続する悲鳴。
次々に槍を落とし、首筋を押さえて蹲った。
押さえる指と指の隙間から血が流れ出た。




