(転生しました)1
黒猫ヤマトは目覚めた。
何かの中に閉じ込められていた。
水のような、蜂蜜のような、変な感触の物の中にいた。
それはヤマトの動きを阻害しない。
呼吸も阻害しない。
自由に泳ぎ回れた。
ただ、外へは出られない。
外縁が固くて破れないのだ。
ヤマトは《サーチ》を起動して、何に閉じ込められているのかを視た。
「培養液」
知らにゃー。
ヤマトの脳内で音がした。
ピー、ピー、ピー、ピー、ピー。
いつもとは違う音がした。
続いていつもの声がした。
「《召喚》との戦いにより身体が大きく破損しました。
特に膨大なМP使用により、内蔵を中心にしてズタズタです。
骨は無論、外皮や脳髄もです。
修復も復元も不可能です。
よってこの世界での転生をお薦めします」
はああ、なんにゃってー。
「それでは新たな生をお楽しみ下さい」
ヤマトは再び意識を失った。
セイシェル大陸の東にあるダイキン王国は、
大陸に数多有る国の中では中堅国家であった。
そのダイキン王国は南方でランバート大樹海と接していた。
熱帯の広大な未開の地で、未だ走破した者がいないので、
その全容は判明していない。
ただ分かっているの一つ。
獰猛な魔物が棲んでいること。
ダイキン王国はランバート大樹海と接する地に辺境伯を置き、
越境して来る魔物への対処を委ねていた。
その辺境伯家の足下、領都で一人の赤子が生まれた。
玉のような男子であった。
産声を上げた。
「ニャー」
黒猫ヤマトは人族に転生した。
赤子はオッドアイを引き継いでいた。
左が黒で、右は赤。
子沢山であった為か、それとも獣人族の存在もあってか、
全く問題にならなかった。
困惑していると、お馴染みの音がした。
脳内でピロロ~ン、ピロロ~ン。
続いて声がした。
「猫の前は人だったので直ぐに慣れる筈です」
人から猫に転生し、今度は猫から人へと。
喜んで良いのか、悲しんで良いのか、
それとも疑問を持つべきなのか。
「奥様、元気な赤ちゃんですよ。
抱かれますか」
「ええ、お願い」
誰かに抱き上げられ、奥様なる人の手に渡された。
「初めまして、私があなたのお母さんですよ。
私の名前はニコール。
あなたのお父様は、今日はお仕事でお留守なの。
そのお父様のお名前はイリアというの。
でも安心して。
名前は二人で前もって決めていたから。
女の子だったらリリー。
男の子だったらジョニー。
だからあなたはジョニーよ、覚えてね」
名付けられた。
ジョニー、ジョニー。
母はニコール、父はイリア、そしてジョニー。
家族ができた。
途端、泣きたくなった。
名前が不満なのではない。
ただ、泣きたくなった。
無性に泣きたくなった。
赤子の身体に引き摺られているのか、我慢できない。
決壊した。
涙とお小水。
母が困ったようにジョニーをあやした。
「あらあらどうしたのかしら」
もう一人の声。
「ずっとお腹の中にいたんです。
お外に出て来て驚いているんでしょう」
最初の声の主の紹介はなかった。
おそらく産婆だったのだろう。
代わりにもう一人が紹介された。
「ジョニー、この子が貴男のお世話をするソフィアよ」
「ジョニー様、私が貴男様のメイドのソフィアです。
これからよろしくお願いしますね」
赤ちゃんの視力なので、物がしっかり見える訳ではない。
そこに誰かいる、ていど。
しかし聴力は普通。
聞き分けも出来た。
母の代わりにソフィアが甲斐甲斐しく世話してくれた。
赤ちゃんは基本、暇。
全て母とソフィアまかせ。
母乳を飲んで、ウンチして、しっこして、その度に身体を拭かれて、
クズって、グズって泣いて、寝て寝て、寝る度に熟睡した。
でも暇にも飽きてきた。
そこで内なる声に話し掛けることにした。
脳内にいるものに。
「にゃー、いるんだろう」
暇にあかせて何度も何度も。
甲斐あって翌日、応えてくれた。
「赤ん坊のくせにしつこいねえ」
「暇だにゃん、暇だにゃん」
「暇だからって何の用かな」
「君の名前はにゃーに、にゃーに」
「はあ、本当に暇なんだねえ」
「にゃー、名前にゃーに。
【始祖龍の加護】様のお代理の声様かにゃ」」
「もういい加減に猫真似は止めろ」
「分かった、それでどう呼べば」
「基本、名前はない、好きに呼べ」
「お師匠様」
「お師匠様か、言い響きだ。
それで、本当の用事は」
「この世界について教えて欲しい」
「分かった、分かった。
始祖龍の叡智からの抜粋になるが、この世界の常識を教えよう」
五日目に父、イリアが戻って来た。
「どれどれ、これがジョニーか」
思っていたよりも重厚な声がした。
ソフィアが優しく抱き上げてジョニーに手渡した。
「ジョニー様、お父様がお戻りですよ」
「おお、思っていたよりも重いな」
ジョニーは思わずイリアを《サーチ》しようとした。
それを制止するかのように脳内で音がした。
ピロロ~ン、ピロロ~ン。
お師匠様の声がした。
「暫くの間、【始祖龍の加護】は使用できんよ。
使用に耐えられる体力を得るまで、封印するからな」
砕けた物言い。
それは良い。
でも、封印なんて、そんなあー。