(好奇心は猫を殺す、のかな)2
《転移》を起動した黒猫ヤマトは頭上の石板の振動に気付いた。
それは微力とも言えるような、ささやかなものだった。
石板に施された術式がヤマトの起動に感応し、連動した様子。
するとその証か、光が生まれた。
それは一つではなかった。
まず赤色、青色、緑色の光が生まれた。
さらに紫色、黄色、橙色、水色と増えて行く。
光の形状は有っても無きが如く、判然とはしない。
無数の光が生まれた。
それらが混ざりあうようにしてヤマトを包み込む。
光の眩しさにヤマトは思わず目を閉じた。
閉じはしたが、全身で光の存在を感じた。
光に包み込まれた黒猫ヤマト。
苦しさも痛みもなく、普通に呼吸が出来た。
安心したのも束の間、やがて身体が溶解するように感じた。
拙い拙い、これは拙い。
思わずヤマトは逃れようと、辺りを見回した。
絶望した。
見渡す限り、遠くまで一面が光の世界。
その広がりはどこまでも続いていた。
それでも最後の力を振り絞って足掻いた。
が、肝心の足の感触を失った。
続けてヒゲ、耳と、溶解し、光と一体化して行く。
時間の経過も方向も分からない。
気付けば黒猫ヤマトは光に同化していた。
光そのものと言っても間違いないだろう。
ただ一つ、それでも自我だけは失っていなかった。
疑問も抱けば、怯えも生じる。
突然、激しい衝撃が来た。
黒猫ヤマトの光体だけでなく、周りの光も揺れ動いた。
それは台風で荒れ狂う海を思わせた。
こちらの光の集合体に別の何かが衝突した様子。
有るのかどうかは知らないが、黒猫ヤマトの脳内で音がした。
ピロロ~ン、ピロロ~ン。
続いて声がした。
「こちらの《転移》術式に《召喚》術式が接触しました」
ヤマトは思わず疑問を抱いた。
接触にしては激しすぎないか。
疑問は疑問として置いて、ルーチンとして《サーチ》を起動した。
《転移》起動中だが、問題ないと思った。
またもやヤマトの脳内で音がした。
ピロロ~ン、ピロロ~ン。
続いて声がした。
「《並列処理》を習得しました」
おお、にゃん。
ヤマトは《サーチ》を起動した。
接触して来た別の何か、《召喚》の在りかを探した。
四方八方を見回して、ようやく発見した。
それはこちらに喰い込む形で、《転移》の動きを阻止していた。
視た。
こちらとは真反対の闇の集合体であった。
闇の色は大半が漆黒であったが、一部に、
どす黒い赤色、蘇芳色が混じり合う箇所もあった。
視た視た、視た。
《召喚》は大掛かりで、複雑な術式であった。
一見すると、《転移》よりも大掛かりに見えた。
そこでヤマトは終わらない。
暇と手持ち無沙汰もあった。
詳細に視た。
書き手が複数いた。
ところどころの文字からそれが察せられた。
修正されていたのだ。
おお、ヤマトの脳内で音がした。
ピロロ~ン、ピロロ~ン。
続いて声がした。
「《召喚》を取得しました。
【始祖龍の加護】の下に置きます」
ヤマトは《転移》とこの《召喚》に違和感を覚えた。
洞窟でも視たが、《転移》は一人の術者の手に為るもの。
高位の、さらに上の高位の術者、ソロであろうと思われた。
比べて《召喚》は、中心なってるのは高位ではあろうが、
人手不足なのか、中位の術者複数も関わっている模様。
修正されてる箇所からそう推測できた。
それを、複数の魔力を集めて、ごり押しで起動した。
《転移》に接触したのは、そこらに原因があるのではなかろうか。
ヤマトは《召喚》が鬱陶しくてならない。
そこで反撃することにした。
《転移》の再起動を図った。
ヤマトはまだ自分のМPは知らないが、《転移》術式に力を注いだ。
ところが、複数の魔力ごり押しの《召喚》は手強い。
まるで巨大な漬物石。
ジリジリとしか戻せない。
このままではМPが尽きる。
ヤマトは困った。
苦境に陥った。
最後の一手。
《並列処理》《電撃》。
威力は今一番の、ジザース。
《召喚》の先頭部分を押しとどめ、押し返すイメージ。
ロックオン、それを起動した。
ジザースが《召喚》を押しとどめた。
今以上の喰い込みを防いだ。
逆に少しずつ押し返して行く。
とっ、辺りの光体が振動を始めた。
これが全体に広がって行く。
光の連動。
赤色、青色、緑色、紫色、黄色、橙色、水色。
全ての色が出揃った時にそれが起こった。
見間違いではなかろうが、大きく膨れ上がった。
そして、《召喚》の術式を一挙に吐き出した。
まるで酔っ払いの仕草。
吐き出された《召喚》はシーザスにより方向は定められていた。
元の場所へ戻って行く。
セイシェル大陸、ダイキン王国。
王都王宮内に教会があった。
それは離宮並みの大きさ。
王宮内にあることと、その大きさで権威が分かるというもの。
国においては絶対的存在。
真夜中。
《召喚》の術式が真上から教会を直撃した。
闇の集合体の直撃。
建物を破壊し、衝撃と爆発音が辺り一帯を揺らした。
深いクレーターが生まれた。
その影響は敷地内の王宮や離宮にも及んだ。
黒猫ヤマトは力尽きた。
でも、死んだ訳ではない。
光と一体化しているので、姿形は判然としないが、寝入った格好だ。
ヤマトとは関係なく、《転移》の再起動は成っていた。
《召喚》を吐き出したので、黙々と進む。
ただ、本来の目的地である転移元へは届かない。
《召喚》のお陰で消耗著しく、途中で不時着を余儀なくされたのだ。
同じセイシェル大陸に寝入ったヤマトを降ろした。
大樹海の、大樹の洞に。