(徳川家の伏見屋敷にソッとお邪魔しました)3
焦れたのか、ナマズが極め技を出して来た。
ピリピリ、そう電撃。
生意気にも小っちゃな小っちゃな、チープな発電所だった。
そんなの黒猫ヤマトに効く訳が訳がない。
何故ならヤマトは【始祖龍の加護】持ち。
その始祖龍の極め技の一つが《電撃》。
それももっと強力で、普通の発電所を超える威力。
もっとも、今は使用できない。
ヤマトの脳内で音がした。
ピロロ~ン、ピロロ~ン。
続いて声がした。
「《電撃》を解放します」
ヤマトはその電撃を理解した。
即座に《電撃》を起動した。
池の鯉や鮒などに配慮して威力を絞った。
軽めにした。
喰らい付かれた左前足からナマズの口内に放った。
ビリビリ。
威力軽めの筈が、ナマスが大袈裟に仰け反った。
長目の海老反り、海老反りを二度、三度、忙しない。
ナマズには刺激が強過ぎたのだろう。
遂には口を大きく開けたまま、沈んで行く。
その目色は死んだ色。
それを見送りながら、ヤマトは自由になった左前足を確認した。
どこも欠けていない。
ナマズ如きには喰い付くだけで精一杯だったのだろう。
一息いれてヤマトは池面から顔を覗かせた。
周囲を見回した。
人の気配はない。
ソッと池から上がった。
全身をブルブル、身震いブルンブルン。
濡れた毛から水気を振り払った。
ついでに《電撃》起動。
極小のピリピリ、ピリンピリン。
染み付いた池の臭いの消臭、ついでに消毒。
腹減った。
これだけは【始祖龍の加護】でもどうしようもない。
嗅覚を強化した。
おおっ、これは・・・、朝飯の仕度をしてるんだろう。
厨はいずこ。
嗅覚で方向を掴んだ。
そちらに足を向けた。
空腹にとらわれ過ぎていた。
警戒感が気薄だった。
庭の藪の一つから人影が飛び出して来た。
もろ肌脱いで槍を手にしていた。
肌から立ち上がる湯気が朝練中を知らしめていた。
その男の目力の凄いこと、凄いこと。
目力で射殺す、そんな人外に初めて遭遇した。
ヤマトはその男を見覚えていた。
忍犬に立ち向かった武人だ。
気を失ったからほん短時間だったが、それでも忘れてはいない。
感謝を伝えたいが、この状況からすると・・・。
本多忠勝は朝練中に強烈な殺気を感じた。
思わず手を止め、その方向へ視線を走らせた。
池の方からだった。
藪に身を寄せて様子を窺った。
なんと、黒猫が池から上がって来た。
泳いでいたのか、それとも潜っていたのか。
それはともかく、化け猫、・・・猫又。
愛槍の蜻蛉切を手に、藪から飛び出した。
出現に驚いたのか、黒猫が足を止めた。
ジッと忠勝を見遣る。
推し量る色。
猫と視線が絡んだ。
忠勝は黒猫の左右の目の色が違う事に気付いた。
左が黒で、右は赤。
尾は一つだが、猫又と判断した。
忠勝は相手が猫なので誰何はしない。
代わりに愛槍、蜻蛉切を繰り出した。
躱された。
僅かに左に動いただけ。
黒猫は驚いているようだが、余裕がありそう。
視線を忠勝から外さない。
忠勝は蜻蛉切を手元に戻すのではなく、そのまま横に薙いだ。
突きから薙ぎ、当初からの想定ではないが、動作に遅滞なし。
黒猫は視線を外さないまま、後方へ跳び退った。
そこでようやく抗議の声を上げた。
「にゃーご」
色違いの双眼で忠勝を睨んだ。
忠勝は返事代わりに蜻蛉切を繰り出した。
突いて、突いて、薙いで、突いて、柄を回転させて石突で打つ。
悉く躱された。
それで余計に楽しくなってきた。
戦場での命の遣り取りとは違う楽しさ。
思わず笑い声を上げそうになった。
黒猫もそうらしい。
抗議の声は一度きり。
以後は飄々たる風情、遊んでいるのかも知れない。
忠勝に接近を許さない。
蜻蛉切が、黒猫が飛び乗った低木の枝を一閃。
スッと斬り落とした。
逃れた黒猫は隣の松を駆け上がろうとした。
透かさず蜻蛉切の追撃。
黒猫ごと松の太い幹を一閃。
手応え。
黒猫の姿が消え、松がドッと倒れた。
半分ほどが池に浸かった。
忠勝は失敗に蒼褪めた。
この松は・・・。
立ち竦んだ。
黒猫が松の切り株に姿を表した。
「にゃーご」
これまでとは態度を一変させていた。
怒りを滲ませ、睨み付いてきた。
各所から駆け付けて来る足音。
松を切り倒した音に気付いたのは巡回の者達だけでない。
通常の仕事に就こうとした者達も、異常事態と察した。
わらわらと、おっとり刀で駆け付けた。
忠勝と蜻蛉切、切り倒された松を見比べた。
「忠勝殿、如何された」
忠勝は切り株に目を転じた。
黒猫はすでに姿を消していた。
後の祭り、説明に窮した。
重役達までが姿を表した。
その重役達が割れて、主が前に出て来た。
徳川家康。
「忠勝、これは」
忠勝は即座に両膝を折った。
蜻蛉切を脇に置いて、土下座の恰好。
「申し訳ございません。
槍の操練に夢中になってしまいました」
「松はその為か」
「申し開きもござません」
「この松は太閤殿下から贈られてきたものだ」