薬剤師の私は「毒を盛った」と悪役令嬢に陥れられそうになりました。でも陥ったのは悪役令嬢の方だったようです
どこにでもいそうな普通の娘だと、皆口を揃えて言います。
実際その通りです。
特別な才能もなければ、誰もが振り返るような美しい容姿でもありません。
茶色い髪に茶色い瞳。どこにでもいる十六歳の娘です。
そんな私は、現在、皇太子殿下の薬剤師兼専属医として常に彼の側で仕えております。
──きっかけは単純なもの。
幼い頃、病を患った母のためにと王都一の薬屋に入り浸り、薬の勉強をしていました。
ずっと続けていくうちに知識も豊富になり、「やけに薬に詳しい若い女がいる」と巷で少し噂にもなりました。
転機は半年前。
その噂を聞きつけた王宮の人が薬屋にやってきて、そのまま私は王宮へと招かれたのです。
皇太子殿下……アーノルド殿下の健康がすぐれず、薬の調合をしてほしかったようでした。
すぐに薬を調合し服用させたところ、あっという間に症状が和らいだこと、その後も完治するまで付きっきりで対応したのが良かったと、彼の薬剤師としてお側にいるようになりました。
常にお側にいなくても良いのではないかと思ったのですが、「万が一の緊急時、即座に対応してもらうために側にいてほしい」とアーノルド殿下直々に頼まれましたので、断るわけにもいきません。
とても緊張しましたが、それが少し嬉しくもありました──。
この日も粉末状の常備薬を水に溶かし、そのグラスを彼に渡します。
「シエル、いつもありがとう」
そう言って笑う顔は、彼に持ってはいけない感情を抱いてしまいそうなほど優しいものでした。
シルクのような銀髪に黄金色に輝く瞳、切れ長な目に端正な顔立ち。
全てが普通の私には刺激が強すぎて直視なんて出来ません。
「どうしてこっちを見てくれないの?」
また優しく笑っていました。
どうしてと言われてしまうと困ってしまいます。
だって、あなたには婚約者が──。
一見は平和そうに思える生活。
しかし、ここに来てからずっと奇妙な視線を感じ続けていたのです。
それはアーノルド殿下の婚約者であるフランソア様のもの。彼女の視線はとても冷たくて、憎しみすら感じられました。
〜〜〜〜〜
この日は王宮で舞踏会が開かれるとのことで、朝から大変な賑わいを見せています。
舞踏会なんて縁の遠い、それこそ貴族や王族の方のための催しだと、自分には関係のないものだと思っていました。
なので、舞踏会に招待をされたことにとても驚いてしまったのです。それもあのフランソア様からのご招待。
アーノルド殿下のお側で仕えている自分を快く思っていないことは重々承知でしたし、気持ちの良いものではないのも理解できます。
それでも満面の笑みでお誘いしてくれたので、「これを機に少し仲良くなれるのかもしれない」と期待していたりしました。
舞踏会が始まりました。
常備薬と、今日はお酒もたくさん飲まれるだろうと酔い止めを配合した粉末の薬を溶かした水を殿下にお渡ししようとした、その時でした。
「シエルが殿下に毒を盛りましたわ! 私見ておりましたの! 彼女がこのグラスに怪しい粉末を溶かしているところを!」
会場に響き渡るような高い声を張り上げたのは、なんとフランソア様だったのです。
と同時に、なぜ私をこの舞踏会に招待したのか理解できました。
私を、陥れるため──。
「待ってください! 私は毒なんで盛っておりません! いつものお薬を……!」
「何をおっしゃっているのか分かりませんわ! いつも殿下に色目を使っているのは知っているのですよ!? 毒を盛って、殿下を独り占めしようとしたのではなくて!?」
そんなことするはずがありません、考えすら浮かびません。
必死に弁解しました。
しかし、しがない薬剤師の真実よりも、高貴で美しいフランソア様の狂言の方が真実味が高く感じてしまうのでしょう。
会場に集まっている人たちの視線がとても痛く、それは恐怖すら感じてまうほどです。
その恐怖から解き放ってくれたのが、アーノルド殿下でした。
「もう終わりだ、フランソア。君は俺の婚約者としてふさわしくない。この場を持って婚約を破棄する」
とても鋭い声で言い放ち、人々は更にざわつき始めます。
「シエルが混ぜたのは俺がいつも飲んでいる常備薬だ。それを君は毒だと。狂言にもほどがある!」
「……違いますわ! 彼女が配合を間違えていて毒になっているかもしれないと……、そういう危機感ですわ!」
フランソア様は苦し紛れに、誰がどう聞いても言い訳としか聞こえない言葉を並べました。
それをまた殿下が否定してくれます。
「彼女がそんなミスをするはずがない。彼女……シエルの薬に俺がどれだけ救われてきたか。俺が体調を崩した時、そばにいてくれたのは君ではない! ここにいるシエルだ!」
──彼の言葉が胸いっぱいに響きました。
嬉しさのあまり目頭が熱くなり、今にも涙が溢れてしまいそうです。
そしてフランソア様はその場で崩れ落ち動けなくなってしまい、騎士たちに運ばれて会場から姿を消しました。
〜〜〜〜〜
あの日からも変わらずに、私は殿下に薬を用意しています。
「殿下、今日の分のお薬です」
「ああ、ありがとう」
この日も優しい笑顔をしてくれます。
以前よりも彼の顔を見れるようになりました。彼に恋をするのは、いけないことではなくなったのです。
「ねえ、シエル」
手渡そうとしたグラスに、殿下はそっと手を重ねてきました。
その触れ方、名前を呼ぶ真剣な顔つき。
──いつもと違いました。
「……殿下!? どうされました!?」
驚きと緊張で急激に顔が熱くなったのがわかります。
彼はそのまま優しい声で囁いてくれました。
「シエルが俺を助けてくれる分、これからは俺もシエルを助けていきたいんだ。……シエル、いつもありがとう。大好きだよ」
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