2話 手がかり
イタイ、イタイ、イタイ、イタイ…
「助けて」
どれだけ叫んでも、声は届かない。あ、そうね、私、声出てないのね。これは心の叫び。意味のない、心の涙。流しても流しても、誰の耳にも入らない。
そういえば、どうして痛いのかしら。数ヶ月前は、内履きに画鋲が入ってた。あれを踏んじゃった時は痛かったな。踏んだ瞬間、画鋲の向きが横に倒れたおかげで、傷は深くなく、血はすぐに止まったけど。
この前の体育の授業で、越野くんが投げたボールが当たった時も、痛かったな。越野くん、すごく謝ってた。越野くんは睫毛が長くて、お鼻が高くて、歯並びもすごく綺麗。いつも笑顔で、周りに人が集まってて、すごくすごく羨ましい。
でもね。知ってるの。
…ボール当てたのは、わざとでしょう。いつも貴方を見てるからわかる。あの日の貴方は、やけに私と目が合った。ボールを投げたタイミングも、場所も、向きも、角度も、全て、仕組まれていたのでしょう。そして授業後、貴方はサワノさんと顔を見合わせて、笑った。私は保健室に運ばれ、すぐに氷水で顔を冷やしてもらった。腫れた部分と内出血した部分、赤緑のコントラストがやけに綺麗で、清々しかった。
最近は身体的に痛い出来事はなかった。画鋲が入っていないかは靴を履き替える前にきちんと確認するようになったし、机の引き出しやロッカー、着席する前の椅子の上でさえも神経質に見るようになった。それなのに、いまだ、体中がきしむように痛い。声を出そうとすると、まるで接着剤で貼り付けた声帯を無理やり引き剥がすかのように喉がつっかえて痛むし、食事中も給食に何か棘が入っているのではないかと考えると、急に口の中を針で縫われたかのように痛くてたまらなくなる。
どうして。どうしてこんなに痛いのかしら。お母さんが、心の負荷は身体の負荷に関わると話していたけど、やっぱり私って疲れているのね。これって、やはり「いじめ」なのかしら。いや、まだ、これくらいでいじめとは言わないでしょう、まだ。大丈夫よ。みんな、私の成績に嫉妬しているだけ。でも、私、みんなに嫌われたくないの。本当は、一緒に笑い合いたい…………っって、弱音吐いてちゃダメです。せっかくお母さんが女手一つで夜勤しながら働いて、こうして私立に通わせてくれているんだよ。私はいい高校に入って、いい大学に入って、いい仕事を得ればいい。そうだよね、お母さん。
あぁ、でもやっぱりイタイ。意識すればするほどイタイ。
イタイ、イタイ、イタイ。
目も鼻も口も耳も脳も腕も足も指先も心臓も肺も喉も食道も胃も何もかも痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…。
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金曜日
ミホが行方不明になって4日目、私はミホの手がかりを探すべく、クラスメイトに話を聞いているが、未だ糸口は掴めない。クラスメイト達も、ミホの詳しいところを知るものはおらず、いつもは洗脳されたようにミホを取り囲んでいたが、実際のところ努力して一緒にいたようだ。ミホのいないクラスはやけに静かで、でも、錘のようにのしかかっていたプレッシャーから解放されたのか、授業中の生徒の表情は穏やかだ。今のところ、ミホの欠席は、事実上体調不良でなんとか通っているが、いいかげん連れ戻さないと私が危ない。理事長は自分の孫のことを心配していないのだろうか、あんなにも甘々だったのに世間体を気にしてか警察に相談するそぶりもない。きっと、家でもミホはあんな感じの態度だったのだろう。だから、理事長も自分の孫が不良なのをよくわかっていて、家出して不良仲間のところで遊んでいる、くらいとしか考えていないのだ。
そういえば、隣のクラス(3年1組)の担任から、ある情報を入手した。1組には、越野 シンという男子生徒がおり、ちょうどミホが姿を消した4日前から彼もまた、学校にきていないという。彼には父がおらず、母は夜職をしており日中は他の男と出かけているのか家におらず、懇談会にもなかなか顔を見せないらしい。越野 シンは、表面上は成績優秀で優しくクラスの中心人物なのだが、家庭環境の悪さもあってか黒い噂もあり、「こことは遠く離れた、夜の店が連なる繁華街で、夜、黒いスーツを着ているのを見た」という目撃情報が幾度かあり、「中学生にして出来上がった端正なルックスと高身長を生かして、ホストクラブや女性用風俗店でバイトしているのではないか」と1組の担任は懸念していた。一度、懇談時に母親に話をした際には、まともに取り合ってくれなかったと言っていた。
この話を聞き、真っ先に考えたのは、「越野 シンと澤野 ミホは、不良グループ関連のつながりがあって、今頃は2人で学校をサボり、遊んでいるのではないか」ということだ。越野が夜の繁華街を彷徨く不良だとしたら、その背後には裏社会が絡んでいる可能性は高い。ましてや、片親で肝心の母親も1日中家を空けているのならば、家出しようが、学校を数日サボろうが、それを邪魔するものはない。
間違いない。今頃、越野とミホは同じ空間で、楽しいひと時を過ごしている。そう考えると、一気に肩の荷が降りた。とりあえず、越野の友達から話を聞いてみよう。今、2人がどこにいるのか、それさえわかれば、あとは理事長に報告するだけだ。