第52話 霊幻道士VSエルフ教師①
《クーデルカ・リリヤーノ視点》
「このっ――逃がしませんよ!」
私はグレガーの後を追って、バルコニーから外へと飛び出します。
そして上空へと飛び上がり、屋敷の屋根へと着地。
グレガーも薄気味悪いくらい身軽な足取りで、トンッと屋根の上に立った。
「やれやれ、しつこいですなぁ。男に執着する女は嫌われますよ?」
「嫌われて結構。私は私にとって魅力ある人以外に好かれる気はありませんから」
「ほう。魅力ある人というのは――例えばあの【呪言使い】とか?」
微笑を浮べて聞いてくるグレガー。
……本っ当に気に入りませんねぇ。
この人をおちょくるような態度といい発言といい……。
「……そうですね、リッドは魅力的な少年――いえ、魅力的で立派な〝貴族〟です。成長すれば、きっと偉大な人物になれるでしょう」
「ふぅむ……本当にそうですかな?」
クスクスと笑うグレガー。
そんな彼の笑い声に、私の神経は少しずつ逆撫でされていきます。
「ああ、そうだそうだ。こんな言葉をご存知ですかねぇ――〝昔神童・今畜生〟」
――ピキッ
「崇高な志を持てば持つほど、いずれ手段と目的が、権益と倫理が逆転する。聖人君主はいとも簡単に道を踏み外し、ゴミクズとなる……。いつかは彼も――」
「黙りなさい」
カツンッ!と私は杖尻で屋根を叩く。
「リッドは、あの子はそんな風になったりしません。私は彼を信じます」
ああ――割と久しぶりかもしれませんね、この感覚。
私、今かなり怒ってます。
こういう感情に晒された時のことを、人間はこんな風に表現するんでしたっけ?
〝腸が煮えくり返る〟って。
「零点です。人様の大事な教え子を言い腐すなんて、零点も零点。不愉快です、最悪です、反吐が出ます」
そう言って杖を構え直し――切っ先をグレガーへと向ける。
「貴方のような下衆は、徹底的に教育し直して差し上げます。覚悟なさい」
「ククク……それはそれは、楽しそうだ」
「容赦なんてする気はありませんから――口が利ける内に、もう一度だけ聞いておいてあげます。貴方の目的はなんですか?」
「……」
私が尋ねると、彼は口の両端を吊り上げたまま沈黙する。
「グレガー、貴方〝霊幻道士〟の術を使っていますよね。『グラスヘイム王国』の中でそんな特殊な魔術を扱える人物なんて、そうそういるモノじゃありません」
「……流石は【呪言使い】の教育係、〝霊幻道士〟のことをご存知とは」
「素直に『魔術協会』へ登録すれば、一定以上の地位や名声は容易に手に入るはず。それなのに、ボリヴィオ伯爵のくだらない野望に加担した意味がわからない」
「……聞きたいですか? どうして彼に協力したのか」
「ええ、できれば」
「それは――――教えません♪」
プツンッ
そんな音が頭の中で木霊する。
グレガーの舐め切った発言を聞いた瞬間、私の堪忍袋の緒はプッツリと切れた。
「へ……へぇ……そうですか……。では――とっととやられてください!」
人を舐めるのも大概にしろ!
と私は激怒し、杖をグレガーへと向ける。
「魔力を意思ある風に、その身に刃をまとう旋風となりて、我が呼び声に応えたまえ――出でよ〔ピクシー〕!」
詠唱、そして同時に羽の生えた小さな妖精〔ピクシー〕が現れる。
「ほう――召喚術ですか」
「〔ピクシー〕! 殺さない程度に痛めつけてあげて!」
『♪』
風をまとい、ヒラリと舞いながらグレガーへ向かっていく〔ピクシー〕。
――なにを企んでいるのかを吐かせるためには、死なせちゃいけませんよね。
だから適度に痛めつけて捕縛しないと。
でも――この男は危険だ。
私の予想が正しければ、かなり厄介な魔術師のはず。
おまけに【呪物】まであるワケですからね。
長丁場になればなるほど、こちらが不利になる可能性は濃厚。
だから、速攻でカタを付けます――!
「……テレジア、【〝出ろ〟】」
グレガーが呟く。
すると――〔ピクシー〕が彼へと接近した瞬間、指輪の宝石から〝呪詛〟が飛び出る。
それは腕の形となって、〔ピクシー〕を弾き飛ばした。
『……!』
「! 〔ピクシー〕!?」
風の妖精たる〔ピクシー〕の速さが見切られた……!?
そんな……!
私が驚きで目を見開いたのも束の間――続けて、指輪からズルリと紫色の影が這い出くる。
『……ウフ……フ……』
――【呪霊】。
恐るべき〝呪詛〟の塊。
禍々しき怨嗟が具現化した存在。
それもこの膨大な魔力――間違いない、特級だ。
「如何ですか、私の醜く可愛いペットは? 実におぞましい姿をした化物でしょう?」
「……なるほど、それが〝霊幻道士〟の術というワケですね」
「まさしく! これこそ【呪霊】を完全に支配して操る、極東の秘術! こんな化物を意のままに操れるなんて、素敵だとは思いませんか!?」
アハハハハ!と高笑いを上げるグレガー。
ええ……本当に悪趣味な魔術ですね。
……いざこうして【呪霊】と立ち会うと、私でも冷や汗が出ますよ。
本当に凄まじいプレッシャーです。
恐ろしい、なんてモノじゃない。
けれど……リッドは三年前にこれほどの脅威と相対し、そして自分一人の力で乗り越えて見せた。
ならば師匠として、先生として、臆して退くワケにはいきません。
「今からこの【呪霊】に貴女を襲わせます。精々抗ってくださいね」
「……いいでしょう。ならばこちらも、とっておきを出させてもらいます」





