第44話 刺客
「うへぇ~……もう飲めましぇ~ん……」
「あ~もう……。クーちゃん先生ってば、ほら、宿に着いたよ」
ベロベロに酔っぱらったクーデルカを背負い、僕たち一行は宿へと入る。
本来であればこういう手配は引率の先生がやるべきであろうが、この状態ではどうしようもない。
なので仕方なく僕が宿を見つけ、部屋を取った。
流石に正真正銘の六歳児であるピサロやカティアに任せるワケにもいかないし、僕の中身はいい歳の大人だからさ。
消去法で僕がなんとかするしかないよねっていう。
宿のおばちゃんもお子様一行な僕たちを見て最初は怪しんだけど、魔術学校の生徒ってことを説明したら快く部屋を貸してくれた。
あゞ、素晴らしきかな『ウィレムフット魔術学校』。
生徒手帳一つあれば六歳児でも宿を借りられるなんて、『グラスヘイム王国』が誇る場所なだけはある。
「うん、しょっと……」
部屋へと入った僕は、兎にも角にもクーデルカをベッドへと寝かせる。
いくら三年前より身体が成長したとはいえ、自分より体の大きい人を背負うのはしんどいな……。
あ、いや、女性を背負ってしんどいなんて言っちゃ失礼か……。
〝呪言〟で【〝浮かべ〟】と命令してフワフワ浮かせながら連れてくることも考えたんだけど、クーちゃん先生の許可なく〝呪言〟を使うのは禁止されてるからさ、一応。
だから彼女の足をズルズルと引きずりながら、仕方なく背負ってきたんだけど。
……別に、下心はないよ?
直に背負ってクーちゃんの身体の柔らかさを感じたかったなんて下心はないから、全然!
本当だからね!
「んあぁ~! 本当だってば!」
「わひゃあ!? い、いきなりどうしたの、リッドくん……!?」
頭を抱えて唐突に叫ぶ僕を見て、ビクッと怯えるカティア。
ああゴメン、驚かせちゃったね……。
「う、ううん、なんでもない……。それじゃあ僕とピサロは隣の部屋で寝るから……」
「え? い、一緒の部屋で寝ないの……?」
「流石に男女一緒は気まずいからね。なにかあったらすぐに呼んでよ」
「う……うん……」
不安気なカティアにクーデルカを任せ、部屋から廊下に出る。
廊下ではピサロが待っていたのだが――
「ふあぁ……僕たちも休もうか、ピサロ」
「……」
「ピサロ?」
「ずっと尾行してたのは気付いてるぞ。いい加減、姿を現したらどうだ?」
――廊下の曲がり角に向かって彼は言う。
すると、
「――」
曲がり角の奥から、一人の人間が無言のまま姿を現した。
全身をマントで覆い隠し、頭にもフードを被っているため人相は把握できない。
そのため男性か女性かも不明だが――フードの奥で不気味に光る二つの眼差しだけは、はっきりと認識できた。
「尾行、って……!」
「酒場を出た時からずっと後を追ってきていたな。何者だ?」
「――」
マントの人物は答えない。
だがその代わり、マントの隙間からスッと右腕を突き出して――
『――【〝吹き飛ばせ〟】』
一言呟いた。
それも、聞いたことのない男の声で。
「「ッ!」」
直後、強烈な突風の如き〝圧〟によって吹っ飛ばされる僕とピサロ。
二人共そのまま廊下の端まで吹き飛ばされ、ドンッ!と壁に背中を強打する。
「うあッ! い、痛た……!」
「よ……ようやく尻尾を見せたというワケか……上等だ……!」
ピサロはヨロヨロと立ち上がり、
「……魔力を電に、轟く雷鳴となりて――」
〝詠唱〟を始める。
「っ! ピサロ、待つんだ!」
「我が手より撃ち放て――〔サンダー・ボルト〕ッ!」
眩い閃光を放つ雷撃が、ピサロの手からマントの人物目掛けて放たれる。
生身の人間など、直撃すればひとたまりもないであろうが――
『――【〝消せ〟】』
マントの人物が一言呟くと、弾き飛ばされるように雷撃は消失。
何事もなかったかのように、彼はその場に佇む。
「! なんだと……!?」
『――【〝斬り裂け〟】』
三度、マントの人物が呟く。
刹那――ピサロの身体が、突如〝見えない刃〟によって切り裂かれた。
「ぐ――あ――ッ!」
「ピサロッ!!!」
小さな身体から噴き出る鮮血。
あまりにも呆気なく、彼は床へと崩れ落ちた。
「ピサロ、しっかり……!」
ピサロは失神し、真っ赤な血ドクドクと流れ続ける。
このままじゃマズい。
傷はかなり深そうだ。
なんとかしなきゃ……!
『――【〝止まれ〟】』
ピサロを抱きかかえ、傷口から溢れる血に向かって〝呪言〟を発動。
すると流れていた血がピタリと止まる。
よし――傷口へ〝呪言〟を使うのなんて初めてだけど、上手くいった。
それなら、
『――【〝塞がれ〟】』
続けて傷口そのものに〝呪言〟を使う。
直後、僕の想像した通りにスゥッと癒着するように切創が塞がった。
ふう……これで応急処置はOKだろう。
なんて一息吐いたのも束の間、
『――【〝斬り裂――』
追い打ちをかけるように、マントの人物が呟こうとする。
『――【〝黙れ〟】』
「――! ……!?」
だが、僕の方が速かった。
僕が〝呪言〟で声を奪うと、彼は手で喉を押さえて一瞬慌てふためく。
どうやら声を奪われるのは予想していなかったようだ。
当然、魔力反射も起きていない。
それすなわち――彼の魔力よりも、僕の魔力の方が大きいことを意味する。
「……よくもピサロを傷付けたな。絶対に許さないよ……ッ!」





