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魔王守護者のハーレム★ちょっとまってね勇者さん☆  作者: マルポ02
魔王さまに呼ばれて
9/12

 目の前の光景が、音が遠のくような、意識が後ろに引っ張られていく感覚に陥る。

 本降りの雨の中ですら雨の雫一つ一つが視界の中に留まって、まるで目の前の風景をそのまま切り取ったかのような刹那の永遠。彼女の名の後に続いた言葉が何度も頭の中を煩わしいほどにこだまする。



 脳さえいまいちうまく働いていないのか、どうにも彼女の言葉を飲み込み理解することができないでいる。

 水の中に意識が突き落とされて溺れてしまったかのように深く沈み、もがくことなく水面の向こうをぼんやりと力なく眺めているよう。



 いったいどれだけの時間をわたしは呆けていたのだろう。わたしの意識が現実に引き戻されたとき、それまで止まっていた雨水がザっと重力に逆らうことなく地面に落ちて辺りを濡らす。

 耳に戻ってきた雨音をかいくぐるように目の前の女が放った言葉を頭の中で反復する。



 ――――もう一度あなたの命を奪うものです。



 やはり、何を言っているのだろうか。わたしは既に死んでいて、この世界では一度もまだ死んでいないではないか。

 それとも何か。まさかこの女がわたしを。向こうの世界で生きていたわたしを殺した、とでもいうのか?それこそ悪い冗談だ。そんな理不尽なことが許されるはずないだろう。そんなことをされる道理があるはずないだろう。


 それでも目の前の女はニタリと笑った口を開く。



「―――ああ、もしかしなくても言葉の意味を理解できていない、みたいなところですかね。

 まあ無理もないでしょうね。なんせこちらに来てからロクに頭を使わずに只のうのうと、大好きなぁ?魔王さまと、過ごせる時間に浸っていただけですもんねぇ。

 ・・・本当に、どうしようもないほどのバカ女ですねあなたは」



 わたしを侮蔑するような言葉を羅列されたのはわかった。



「なにを言ってるんですか・・・魔王さまとの時間を楽しんで何が悪いんですか。人の趣味趣向を馬鹿にする時間があったら少しは自分の人生を豊かにすることでも考えてたらいいんじゃないですか?」


「ええ、だったら続けますよあなたをなじることを。・・・これがわたしの人生の幸福でもあるんです、悪く思わないでくださいね」



 なんて不毛な幸福なのだろう。他人を攻撃して他人からも疎まれることを好むだなんて。そんなことしても相手から疎まれるだけだというのに。



「まあ、これもまたわたしの人生に意味を持たせる行いでもあるんですから、しかたのないことですよね。

 罪なき命に断罪のいかずちを降らせ、今度は本物の罪人つみびとの命を裁くわけですから、きっとだれも咎めたりすることなどありませんよね。魔王に与するあなたの命を奪うことを、誰が、責めたりできるのでしょうか」


「・・・勝手に自分の行いに酔いしれる前にちゃんと話してくれないかなぁ。イライラする。

 結局あなたは何なんですか。向こうでわたしを殺した張本人だとでも?」


「ええそうですが?」



 あっけらかんと答えるテレサに、わたしは静かに怒りを覚えた。



「・・・なんで?」


「なんで?なんでと言われましても、ハハハ・・・そりゃあ、あなたが魔王に召喚されるのがわかったから、呼び出される前に殺して召喚を失敗させようとしたんですよ。わかりませんかそれくらい。

 魔王殺せよ勇者たちと天啓を受けた我々選ばれし勇者が、魔王を討伐するのに障害となる存在を排除しようとするのは当然のことでしょう?至極まっとうな理由があるんですよわたしには。

 あなたを殺した理由も、これから消し去る理由も」


「まだなんの罪もない命でさえ・・・?」


「いやですねぇ・・・罪なら犯したじゃないですか。忘れてしまいましたか。

 討伐に来た勇者を殺し。凌辱し。隷属し。あまつさえ勇者としての尊厳すらを踏みにじるように魔王の下僕にしたこと。これを罪と言わずなんと言うんですか」


「正当防衛です。あなたたちが来なければそんなことにもならずに済んだのでは?」


「そう言ってあなたは自分の罪を正当化させてこれからも罪を重ねていく。ほうら、立派な理由になる。

 やっぱりわたしは間違ってなんてないんですよ。あなたを裁くことは、勇者であるわたしに許された権利なんだ」



 テレサはニィィ、と頬を吊り上がらせて気味悪く笑う。

 彼女に罪の意識などは欠片もない。むしろ自分の行いにを正当化して陶酔しているまである。


 自らが奪った命の尊さも、自分のした残酷な仕打ちも。この女にとって命を奪うことは勇者である自分を肯定するための行いでしかなく、殺された相手の将来を踏みにじることも躊躇わない、本物の悪。


 どうしてこんな女が勇者という肩書を掲げることが許されてしまうのだ。魔王さまは何も悪いことをしてないじゃないか。

 朝起きて髪をとかして、朝食を食べて本を読んで、昼食を食べて昼寝したりティータイムを楽しんで夕食の献立をワクワクさせながら談笑して、とりとめのない会話に頬をほころばせ、夜寝るときも明日を楽しみにしながら眠りにつく、そんな魔王さまが。普通の女の子と変わらない日常を生きる彼女の何が罪だというのか。

 どうしてただ一介の女子高生の命を奪えてしまえるのか。



「許す許さないは、わたしが決めること・・・あなたの罪も、わたしが決めることです・・・!」


「魔王の手先風情が罪を語るなよ。罪深いですね」


「その傲慢な態度も、自信過剰なその精神性も」



 もはや言葉を交えることさえ煩わしい。交わす言葉に意味なんてない。


 コイツはわたしを殺し、魔王さまを悲しませる存在。理由なんてそれだけでいい。

 わたしが戦う理由は、それだけで十分だ。



「わたしがへし折ってやる」



 即座にテレサの胸にわたしは手を伸ばし、この女の心臓を握りつぶしてやろうと詰め寄った。



「そうなりますよねぇ・・・出来るなら、の話しですがっ」



 ガッ



 伸ばした手が不意に止まる。わたしは突然のことに体が止まり、自分の手首のそれをみた。



 ・・・テレサが私の手首を掴んでいる。

 なぜ?どうやって?わたしは困惑して思考を巡らせるが、わけがわからなかった。



 霊体であるわたしの体は、普段こそみんなと触れ合えるように意識して接触できるようにしているが、戦いのさなかは常に相手のすべてをすり抜けるように幽霊らしく実体のない体で戦っているというのに。それなのに、なぜ・・・?



 それの答えは他でもない、わたしの手首をシガッシリと掴んで離さないテレサ自身が答えた。



「驚きましたでしょうね。オバケなのにって。

 わたしは幽刻の勇者以外にも通り名がありまして・・・龍脈の魔導士、霊脈の魔女。つまるところこの世界の力、魔力そのものの恩恵を受けることが出来る特別な人間なんです。わたしを異名で呼ぶヤツラは、まるでわたしを異物みたいに呼ぶんですけどね。

 それでもこの強大な力はあなたのような本物の異物と相対するために、わたしに与えられた神さまからのギフテッド!わたしにだけ与えられた特権!ほかのどの勇者よりも特別で優れた存在!!」



 ギリギリと手首を締め上げられて、わたしは久しぶりに『痛い』という感覚を覚えて顔をしかめた。

 手首だけにとどまらず、腕を駆け上がる圧迫感が久しく苦痛を忘れていた体に悲鳴をあげさせる。



「こんなんでそんな顔しないでくださいよ。メインディッシュは、これなんですか、らァ!!」



 テレサの体が怪しく光ったように見えた、次の瞬間。



「・・・・ッ!!?」



 掴まれた手首から突き刺すような鋭い痛みが走ったと思ったのも一瞬。次の瞬間にはわたしの全身を駆け回る激しい痛みが襲った。

 電流のような光がわたしの体を覆い、悲鳴をあげることさえ許さない。

 腕は痙攣し足はピンと張り、これでもかというほど背筋が反り返り歯が砕けるかと思うほどくいしばる。

 視界さえ真っ白になり、自分が今どうなっているのか。どこにいるのかさえ判断できなくなる。しかしそれどもわたしの意識は気を失うことを許してはくれなかった。

 霊体の弊害なのだろうか、わたしはひとしきりこの世に生きて味わうことのないであろう程の痛みを与えられてしばらくして痛みから解放された。


 光が体から抜けても尚わたしの体は痙攣して指先ひとつさえ動かすことができない。全身をひどい脱力感にみまわれて意識さえ混濁し、雨の降りしきる曇天の空を虚ろに見上げる。



「ここまでしてまだ消えませんか・・・ま、すぐ消えてもらってもつまらないと思っていましたからね。

 そんなあなたに、最後にとっておきのモノを見せてあげますよ」



 テレサの言っている言葉がまるで耳に入ってこない。もはや何も考えられない状態のわたしの両目を塞ぐように手を添える。

 視界が暗くなったことだけは辛うじて認識できたわたしだが、暗くなった視界はすぐに光を取り戻し、そこにはわたしがよく知っている見覚えのある景色が広がった。






 そこはわたしの住んでいた町。住んでいた家。わたしが元居た世界。


 夕闇に染まったわたしの生きていた世界を、わたしは空から見下ろしていた。


 なんだ、これは。なんでわたしはこんな景色を見ているのだ。



『これはあなたの世界。あなたが死んだ後の世界。もう戻れない、かつて日常のあった場所。

 そして、あなたがすべてを失ったあとの世界』



 突如世界に響くテレサの声。

 なるほど、これは悪趣味な。


 わたしの家の前には人だかりが出来ていた。皆一様に黒い服・・・喪服に身を包んでいた。


 外にはかつてのクラスメイトや教員、親戚の人々。泣きながら肩を抱きよせながら出てくる友人たち。玄関先には白い立て看板で黒兼白子くろがねしろこの文字。

 誰も彼もが暗く陰鬱とした雰囲気に包まれて悲しみに暮れていた。


 視界がガラリと変わり、よく見知った間取りの家の中に移った。


 居間には祭壇が作られ、白い木棺が安置されていた。

 祭壇の中央には生前のわたしのはにかんで笑う遺影。


 棺に抱き着くようにうずくまって肩を震わせながら泣く二人の影。見覚えのある後ろ姿。


 わたしが死んだすぐあとの光景か、これは。



『あなたがもう二度と戻れない世界、あなたが失った全て。あなたを取り巻くあなたを愛した人たち。

 ・・・どうです。これがあなたがこちらの世界でのうのうと生きていたあいだの出来事です。

 あなただけが笑い、彼らだけが悲しみ伏せる、あなたが目を逸らしていた現実。あなたの罪。贖うべき最後の罪。

 魔王に与したあなたが、懺悔しながら向き合うべき最後の光景です』


「・・・これが、わたしの死んだあとの世界・・・」


『さあ、終わりです。ゆっくりと目を閉じて世界へ溶けていきなさい。すべての命の終わりがそうであるように、あなたも・・・』



 わたしの死に涙するふたり。わたしのために泣いてくれる親友たち。わたしのためなんかに参列してくれるクラスメイトたち。


 わたしは、ああ・・・と小さく息を吐いた。









「・・・やっぱあなたは紛い物だ―――」



 間の抜けたテレサの声が世界に響いた。


 よくもまあこんなくだらないものを見せてくれたよ、この勇者さまは。


 わたしは空にむかって、ありったけの怒りのこもった顔を向けた。

 



「―――泣くわけないだろ、継母あのひとが・・・!!」



 

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