幽霊のようなわたし
若くしてこの世を去り死後異世界で魔王さまの側近として働くわたしが、まさか。まさか、薄くなってしまっているなどと言われるとは。
だが思い当たる節はいくつかある。
勇者さんとの戦いで過度なストレスを感じてしまったのか。はたまた、そんなに働いたつもりはないが日頃の人事の管理に身心を疲弊させてしまったのか。
平和な日本に産まれ育った現代人にとって命のやりとりなんて人生でそうそう起こり得ることではなく、免疫がない故に唐突な命の危機に際して強い忌避感を抱きながらも戦わなくてはいけない、そういった理性と使命感の板挟みから生じるストレスで薄くなってしまったのか。
まあわたし自身、魔王さま可愛さで自ら戦いに赴いてる感じありますし、既に死んでいるのでそこまで恐怖感は無いんですが。
魔王さまとリタやノートの間を取り持ったり仕事の管理に気を遣う事も多々ある。
元勇者さんと魔王さまの間柄、どうしても拭いきれない緊張感だって存在するし、それを取り持つこともわたしの役割り。険悪な空気にならないよう仲介としてコントロールするのは大切なこと。
さらに先ほどのように従者のトラブルに対応するのもまたわたしの務め。自分で釣った魚であるが故にエサやりも粗相の後始末もわたしの仕事。
だがそれもわたしが好きでやっていること。彼女達が可愛いからこそ自分から彼女達の世話を焼きたくなるものだ。
それらの事象にストレスで髪が薄くなるようなことは、それこそ理由が薄いのだ。わたしはわたしの好きな人と過ごしているわけだから。
まさか薄いとは、影が薄いとでも?!こんなにもコミュニティの潤滑油となっているわたし黒兼白子が?!
「やっぱりそうです。体が薄く半透明みたいになってますよ!」
しかしそんな杞憂は勘違いであった。
わたしの手を握って心配そうに見上げてくるリタのなんと可愛いことか。この手を握ってくれる小さな彼女の手が柔らかくてフニフニで、わたしの手も汗ばんでしま、う?ん?
わたしはリタが握る自身の手を今一度しっかりと見直した。
わたしの手は彼女の言うようにうっすらと透明になっているような。言われなければ気付かないくらいには薄く、体の向こう側の景色を映していた。
な、なんなんだこれは!?何でわたしの体が薄く透明になっているんだ?!もしかして幽霊みたいなものだから?それなら最初からそうであるハズだ。
リタが驚くようにわたしの変化を指摘したように、最初からこうではなかった。
これはもしやアレかな?異世界召喚のギフトとして、倒した勇者さんの能力を使えるようになるみたいな、所謂チート能力みたいなやつだったりして?
レベルとかの概念が無い代わりに倒した相手の能力を得て強くなる異世界転生作品みたいなこと出来ちゃったりしちゃうの?
もしそうならノートの能力で透明になれる、みたいなことになるのだが、いかんせん意識せずにこうなっているので楽観的にはなれない。
「そうか?我にはそうは見えんが」
「よく見てください!ホラ!向こうが見えちゃってる!」
ん~?と魔王さまは首を傾げてわたしの体を下から上に舐めるように見る。それでも納得いかなかったのか肩をすくめた。
「うーむ・・・二人とも、我をからかっているのか?我にはクッキリと見えているぞ」
「魔王さまにわたしの存在をしっかりくっきり認識してもらえてるのは嬉しいのですが、冗談とかではなく本当に薄くなってるんですよ。
もしかしてなんですけれども。魔王さまがわたしに、何か特別な力を与えてくださってこうなってたりしないかな~、なんて思ったんですけど」
「えっ・・・我そんなの知らない・・・怖っ」
どうやら魔王さまのくれた力ってわけでもなさそうだ。
その後もあれこれと考えてはみたものの、結局はわからず終いでそのまま魔王さまの昼食へと入ってしまいこの話も一旦そこで止まってしまった。
廊下で擦れ違ったノートも同じようにわたしの姿は透けて見えていたようで、これでこの問題がわたしとリタだけにそう見えている、という状態ではなくなった。
自分の体が透ける経験をしたことのない不安感を募らせながらわたしは、この行き場の無いモヤモヤとした気分のまま数日の時を過ごした。
★数日後☆
わたしの体が透けはじめてから何日か経ち、魔王城の仕事をしながら体の様子をみていたのだが、どうにも少しずつこの体は透明になっていってるようだった。
少しずつ。だが確実に、わたしの体は段々と自分の手で目を隠しても、足元を見ても、自分の背後も見えるようになっていっていた。
この頃のわたしは不安が焦燥に変わり、もしこのまま放っておけば、そのうち自分の体は見えなくなってしまい、輪郭を失ったこの体はこの世界から消えてしまうのではないか。
もしかしたら、本当の意味で死を迎えてしまうのではないかと焦るばかりの日々が続き、それでも自分でそれをどうにか解決出来ないことに苛立ちを覚えていた。
その日は曇り空で分厚い雨雲に覆われて今にも雨がぱらぱらと降り始めそうな空模様で、城の中に居ても薄れ行く焦りで見回りの巡回も手に付かなくなっていたので、気分転換にとはじめて魔王城から外に出てみたのだ。
魔王城の外は漫画などで出てくるような断崖絶壁に建てられていたり、山の頂に建てられてるものではなく、ごく普通の平野に建てられていた。
魔王城の外は城壁などはなく、広い敷地の中にレンガで舗装された通路とその両脇には植木や花壇があり、西洋の庭園を思わせる造りになっていた。
やはり中庭と同じで花壇は雑草が好き勝手に生えており、植木も手入れされていないせいで地面に枝や葉が落ち放題。
かつては立派であったであろう魔王城の庭園は荒れ放題。外から見れば廃墟と間違われてもおかしくなさそうな景観になってしまっていた。
わたしはその風景を眺めながら、ここもどうにかした方がいいな。でも、それを出来るようになる頃には自分の体はどうなってしまっているのだろう、とボーッと考えながら歩いていた。
少し歩いて立ち止まり、外から見る魔王城の外観を見上げる。
(魔王さまはそれでも、わたしのこと見えていてくれるかな)
ポツリ、ポツリと雨が振りだす。その中でわたしは静かにと涙を流した。
もしもわたしを見えなくなっても、雨の中ならわたしを見付けてくれるだろうか、なんて考えたら喉の奥が震えてきてしまった。
何で。何で幸せな時は続かないのだろう。
何で目の前の幸福な時間には終わりがあってわたしを絶望させてくれるのだろう。
降り始めた雨はその勢いを増し、ざあざあと本降りとなりわたしは生前の癖で雨から逃げなければと城の中へ帰ろうとした、その時不意に背後から声をかけられた。
「ちょっかい出しに来てみたら、なぁんだ案の定じゃないですか。体が消えかかって今にも消滅しそう」
はいごからかけらてたその声に振り向き声の主を見る。
いつの間に近付かれていたのだろう。まったく気付かなかった。
わたしと同じ背格好、ウェーブのかかった肩にかかる程の深い青髪の女性が黒いマントに身を包みツバの深い帽子を被り、マントの内には明るいにも関わらずランタンを手に持ちゆらゆらと揺らす。
深い帽子の奥からはニタニタと笑う口元とそれとは真逆にじっとりとした光の無い目がわたしをとらえていた。
「だれ、ですか・・・・・・勇者さん・・・?」
その目に捕らわれたように目が離せなくなり言葉がうまく出ない。
うまく声が出せないわたしをねっとりとした吐息を吐くように笑い、わたしの問いに答えた。
「龍脈の・・・霊脈の・・・・・・まあどっちでもいいですね。ですがあなたにはこちらの名前で名乗りましょう。
当方は幽刻の勇者テレサ。もう一度、あなたの命を奪う者です」