異世界魔王城の日常
異世界に召喚されてから数週間が経った。
魔王さまのお側でその仕事振りを見守りながら、使役する元勇者さんの従者達の仕事も観察して過ごすわたしは黒兼白子。今日は魔王城内の清掃状況を見回っています。
ノートを清掃員として使役してから魔王城の廊下はどこも清掃が行き届いており、少し前まで埃まみれクモの巣まみれだった廊下の床は元の色を取り戻すほど綺麗に掃除されており、どこを通ってもピカピカと反射するほど磨かれている。
埃で透明化を破られたのがそうとう効いてるのか、窓枠をお局のようにツツーっと指でなぞっても欠片ほどの汚れも付かない。
使われていない部屋も含めて掃除してもらっているため、たまに部屋を開けては中の状況を確認し、テーブルや棚の家具や寝具の状態を見てノートが微塵も手を抜かずに掃除しているのがわかる。
何かしら理由があって声が出せないようだか、寡黙に淡々と仕事をこなすその勤勉な姿勢はわたし的レビューで非常に高評価。仕事を任せた甲斐がありましたので星5としたい・・・ところだが、少し問題があるので星3で。
というのも、彼女の勤務以外の行動がかなり問題。
わたしは見回りもそこそこに、厨房へと向かった。
★厨房☆
リタの管理する厨房に向かったところ、厨房の中から騒ぐような声が聞こえた。
わたしはソロリと中を覗くとそこにはノートを引っ張ろうと必死になるリタと、それを意に介すことなく食料をパクパクと食べるノートの姿があった。
「はーなーれーろ!」
リタの全体重をかけて引っ張るもののノートを食料庫から引き剥がすことが出来ず、その感にも未調理の食材をどんどん口に運ぶ。
そう。この清掃員は食材まで掃除してしまうのである。
リタからはノートの分の食事まで作ってもらっているのだがそれでは腹が満たされないのか、度々こうして厨房を強襲してつまみ食いをしているのだ。
その都度リタはノートを食料から引き剥がそうとするが、体格の差か魔法使いと戦士のフィジカルの差かリタが手も足も出ず泣きを見るのは毎度のこと。
わたしとしてもリタを困らせないよう注意をしてきたのだが一向に更正出来そうにない。
なのでわたしはたまに厨房を覗いては食料のつまみ食いをしていないか見て回り、発見次第彼女をその場から離している。
「ノートまたやってるの?ダメでしょ、リタを困らせたら」
「あ、お姉ちゃん!またコイツ食べ物漁ってんだけど!!オラっ、離れろバカメイド!」
わたしが来たのがわかるとノートは離さず掴んでいた食料達からパッと手を離すとその場で霧散して消えてしまった。
いつもわたしの言うことを聞いてすぐやめてくれるのはありがたい。出来れば食べ物を漁るのをやめてくれるのが一番なんだけれどね。
「やっと離れてくれた!
あーもう。歯形ついたの捨てなきゃだ」
被害をうけた食材の選別を始めたリタはひとつひとつ丁寧に分けて、噛られていない物だけを箱の中に入れていく。
この食料庫の箱には不思議な力があり、入れた食材が痛まないようになるらしい。
「ごめんねリタ。わたしからも言っておくから」
「う~、おねがいします。
まったく、何でこんなに食べないと気がすまないんだか・・・」
「もしかしたらリタにもっとご飯作ってほしいのかもね。リタの作る料理は美味しいって、魔王さまも言ってるから」
「ほ、本当ですか?それは、なんて言うか・・・ちょっと、嬉しい・・・ですね」
頬を染めて照れながら小さな手でちょこちょこと仕分けするリタ。かわいいお手々で仕事するその後ろ姿。
まるで幼妻を彷彿とさせるその佇まいは、後ろから抱き付いてイタズラしたくなってしまいたくなる。裸エプロンでご奉仕してくれないかな。
日々魔王さまへのお食事を作り開いた時間もティータイムの用意したりと大忙しなのに、ノートのつまみ食いを阻止しなければいけないのはあまりにも過酷だ。
どうにか一生懸命働く彼女に心休まる時間をあげたいものだ。
わたしはその場をリタに任せると厨房を出てまた城内の巡回を続けた。
少し歩くと背後から熱い視線を感じてわたしは足を止めて振り返ろうとした。
しかし後ろから手を回され密着されてしまい、わたしは硬直してしまう。
「・・・ノート?もしかしてずっと後ろに居たの?」
背後に居たのは姿を隠していたノート。
彼女は少し荒い息で体をわたしに擦るように密着させるが・・・こ、この感触は・・・!!
わたしが背後をチラリと振り向くと物欲しそうな目で訴えてくるノート。
あーこれは、アレか。ドキドキしちゃってるんだねノートは。
わたしが付けた烙印も相まって熱く昂っちゃってるんだね。これはわたしが悪いんだね?わたしが責任持たないと、だね?
そっとそれに手を添えて彼女の視線に応えるようにわたしは振り向いて彼女の耳元で囁いた。
「・・・ちょっとだけ、だからね」
★暗転、時は進み☆
部屋を出てお手洗いで手を洗い終えると、そろそろ昼食かと言う頃だった。
わたしは魔王さまのところに行くと彼女は既にお腹を空かせて待ちわびていた。
「魔王さま、戻りました。もうそろそろお昼ですね」
「うむ、我の楽しみである。
美味い食事はそれだけで日々を豊かにするものだ。故に我は朝も昼も夜も楽しみでしかたがない」
「それはなによりです。
ま、そうなれたのも?このわたしのおかげなワケなんですけれどもね、魔王さま。ホラホラ褒めてくださいよ~」
「ええいすり寄るな!わかっているから、そう気安くスリスリするでない!我は魔王であるぞ!」
「ウヒャー魔王さまかわいいー」
こうして魔王さまや従者達とイチャつきながら過ごす魔王城の日々が、今のわたしにとってなによりも楽しく満たされている。
久しく忘れていた日常の中の幸福を思い出すように、甘えるように。わたしはこの異世界で出会った彼女達との時間を楽しんでいた。
「魔王さま、お食事をご用意しました・・・あれ?お姉ちゃん、なんだか薄くなってない?」
今の自分の体質を考えることを忘れ、この体がどうなっているのか。行使する力の源がどこからきているのかも考えずに過ごしていたわたしに、昼食の配膳が済んだリタが何気なく発した一言でわたしは自身の現実に直面するのであった。
「ハゲてないし!?」