寝物語より、夜を呼ぶ者
雪原のような長い白髪から覗く漆黒の肌の勇者さん。その肌は褐色よりも黒く艶やかな肌の表皮には特殊な膜のような層があり、平時はそれが光を反射して光沢が出来るほど。
どうやらその膜こそが特殊な能力を有しており、先ほどのように周囲に霧のように放出して光を屈折させて完全に透けて見えるほどの透明化を可能にしているようだ。
だがそれはこの勇者さんの出身種族によるものではないそうで。彼女のことを話してくれたのは彼女自身ではなく夕飯の仕込みから一旦戻ってきたリタからであった。
「戻りました。少し遅いですが間食に・・・って、ヴァァ?!
や、ややヤヨ族?!なんでここに居るのよー!!?」
戻ってきたリタは皿に乗ったおやつを落とさないよう慎重に持ってきたのだが、わたしの隣に立っている勇者さんを見て天敵にでも会ったかのような驚きっぷりをみせて、おもわず皿を落としてしまった。
幸い皿が割れることはなかったがお菓子は地面に落ちて散らばってしまった。
「おい小娘!我のおやつを落とすとは何事だ!そんなにこの黒い種族が怖いかっ」
「ご存じでないのですか?!あのヤヨ族を!魔王さまなのに?!」
「リタ、ステイ。知識マウント取らなくていいから、知ってることを教えてほしいな。わたしも実は知らないのだ」
リタは毛虫でも見るような目で勇者さんを牽制しながらわたしの後ろに回り込み、盾にするように隠れてから話し始めた。わたしを盾にするんだ???
「ヤヨ族というのは分類上ダークエルフと同じエルフ系の亜人種に属する種族で、エルフ系特有の長い耳を有していて『夜を呼ぶ者』って言われてるようで、普段は集落のあるという深い森の中に住んでいると聞きます。
・・・アタシも寝物語に聞かされていただけなので、実物は初めて見るんですけど、実在したなんて・・・」
「エルフがそんなに珍しいの?」
「いえ、エルフも街で暮らしたりしているので珍しいことはないです。ただ・・・」
リタの見る視線は勇者の下半身、というか股間に止まり、唸るような声をあげながら続けた。
「・・・ヤヨ族って、どっちも付いてるんですよ・・・」
知ってる。さっき触って知った。
「エルフ特有の長寿種で発情期もスパンが長くて、その時に発情期が重なった同種間で交配してお互いに子供を作るみたいなんですけど、問題はここからで」
お互いに子供を作るって時点でだいぶ衝撃なんだけれど、ナメクジと同じ生態系してるんだこのエルフさん・・・。
「発情期に番となるヤヨ族が居ないと森を出て、捕まえやすい幼い人間の男女を連れ去って生殖するって言われてるんです」
うわぁ、思ったよりヤバイ習性持った種族じゃん。エロファンタジーのゴブリン並みにエロい種族じゃん。
一定の条件下でロリとショタを連れ去ってエロいことするとか、人間社会で生き辛そうな生態してるな。
「そういうこともあって、小さいころから"夜遅くまで起きてるとヤヨ族が来るぞ"。"良い子にしてないとヤヨ族が来て連れてかれるぞ"って刷り込まれ、おかげさまでお菓子落としてしまいましたよクソがー!!!」
やや自棄になりながらリタはわたしの後ろから勇者さんにイカリの丈をぶつけるのだが、もしかしてそれ知っててわたしを盾にしてる?
しかし勇者さんはリタの説明を聞くと首を必死に横にブンブンと振って否定した。
「もしかして、何か違うのかな?」
わたしが彼女に訊ねると、彼女は今度は縦にブンブンと頭を振る。
しかし彼女は一向に口を開いて否定しようとはしなかった。
「もしや、声が出せぬのでは?」
魔王さまのアシストで勇者さんはそれー!と言いたげに指差した。
わたしはなるほどそう言うことかと思い紙と筆を持ってきて彼女に手渡した。
筆を持つと勇者さんは紙にサラサラと文字を書き上げて私たちに見せた。
ミミズみたいな文字を。
「こっ、これは・・・」
「何と読むべきか・・・」
「え、ええと・・・
"違う。我々は、相性で選んでいる"?」
余計たちが悪いわ!!相性で人間選んで拐ってるとかもはやモンスター側の存在じゃん!!
「"静謐の勇者、名はノート。故あって声が無い"」
ノートと名乗った彼女はそれだけ簡潔に書くと紙と筆を返し、静かにわたしをジッと見つめてきた。
その視線の意味をこれまでの情報から照らし合わせたところ、わたしは背中に大粒の汗が出るような気分になった。
もしやこの人、わたしを自分の子供を産んでくれる人だと思ってない!?その熱を帯びた情熱的な視線は明らかにそう言う意味の込められた視線だよね!?コワイ!!
たしかに精神を操って服従させたのはわたし黒兼白子ですが!主従関係の烙印を刻んだハズなのに、わたしを伴侶として見てるって言うんですか!?ダメですー!わたしには魔王さまっていう最高に可愛くて顔の良い心に決めた人が居るんですからね!!
「って、透明になって近付かれたら気付けないし・・・!わたしの体は魔王さまのなんですからねっ」
「貴様は何を・・・と言うかこの者は姿を消せるのか」
「えっ、ヤヨ族って姿も消せるんですか!?やっぱり子供を拐うことに特化した種族なんだ、悪い子を連れてっちゃうんだ・・・お姉ちゃんアタシあいつ怖いぃ・・・」
ふむ?と魔王さまは顎に手を添えてなにか考え事をしている様子。
その横でわたしは貞操の危機を覚え、リタは寝物語の中のヤヨ族の驚異度を更新させたようで怯えていた。
ノートは一人騒ぐことなくわたしをジッと見詰めるばかり。
「ふむ、ノートといったな。ちょうど清掃員が必要だと思っていた。この先も生きていたかったら、ここで働くことだ」
今回は魔王さまが指示を出して役割を伝えたが、ノートはそれを聞くと魔王さまを見たあとにわたしの方に何かを訴えかけるような視線を向けた。
「ノートには城のお掃除係りしてもらえると助かるんだよね。ほら、さっきも埃で負けるくらい凄かったでしょ。
だからノートにこのお城をキレイにしてほしいんだよね。頼めるかな?」
わたしからノートにそう頼んでみると、彼女はゆっくりと頷くと服の中に隠していたナイフをわたしに手渡してきた。
これはどういうことなのだろう、と疑問に思っていたら魔王さまが答えた。
「得物を預けて忠誠を誓っているのだろう。
我にではなく貴様になのが気に食わぬが、まあ許そう。受け取ってやれ」
自分の武器を主人に預けることで自分の忠義を見せていたのか、なるほど、そういうのもあるのか。
わたしはノートのナイフを受け取り彼女を改めて主従を結んだのだった。
2人目の元勇者さんのわたしの僕。想像していなかった白子ハーレムの着々と出来上がっていく感じに少し心を弾ませつつ、心の片隅にある小さな疑問を抱きつつ、また一段と賑やかになるであろう魔王城の生活を想像してその疑問をさらに心の奥に追いやった。
後日、彼女の衣服を屋敷の従者にふさわしいようにメイド服を着せてみたのだが、露出が少ないと透明になりにくいらしかったので彼女のメイド服はミニスカートにして袖も短く胸元も開いたものに替えた。
わたしを見て時折スカートの一部を盛り上がらせているのが目立つようになったが、目を逸らして気付かないように努めるようにしている。